向かいのホームに
夏のホラー2020に参加してみました。数分で読める昔ながらの怪談です。
つきあってた彼女に振られた。
思い出したくもないのに、彼女の声が耳の中でリピート再生される。
「圭君のこと、そういう風に思えなくなって」
って。なんだよ“そういうふう”って。意味わかんないんですけど。
くやしさとか情けなさとかで涙がにじむ。
夜の電車。乗っている人はまばらだった。
それでも他人に顔を見られたくなくて、俺はドアに寄りかかって外を見ていた。
途中駅に着いて、反対側のドアが開く。乗客といっしょに、夏の夜の濃厚な草の匂いが車内に乗り込んできた。
俺は反対側のホームを見ながら駅名を確かめる。
一度だけ降りたことがあったな。
確か小さなケーキ屋があって、イートインで食いたくもないケーキ一緒に食べたんだよなあ……。
むかつく。またあいつ関連の思い出だ。
もうガリガリ頭を掻きむしりたい。
ドアが閉まって電車が走り出す。
向かい側のホームが流れていく。
そのホームの先端に。
若い女性が立っていた。
電車に向かって手を振っている。
白いノースリーブのワンピース。白いサンダル。
いかにもデート帰りという感じだよな。この電車に乗っている彼氏に手を振っているんだろうな。
こんななにもないところでデートしてたのかな。
俺たちみたいに、イートインでケーキ食ったのかな。
うまく恋愛してるやつらもいるっていうのに。
俺と、何が違うんだろう……
電車がスピードを上げて、ホームとホームの上の女性が遠ざかって行った。
それから10年。
夜の電車に乗っていた。
就職先の東京から、実家に帰省する途中だった。
それなりに混んでいる車内で、俺は扉のそばに立っていた。
駅に着いてドアが開き、冷たい外気が車内に忍び込む。
この駅も変わらないな。
だけど商店街はシャッター通りになったと聞いている。
昔つきあってた子と入った、あのケーキ屋もなくなっているかもしれない。
不意に苦い思い出がよみがえる。
そういえばあの日。
あの子に振られてから。
涙をにじませながらこの電車に乗って、幸せそうな赤の他人を、心の底から妬んだものだったな。
ドアが閉まって電車が走り出す。
向かい側のホームが流れていく。
そのホームの先端に。
若い女性が立っていた。
あの日と同じように。
こっちの電車に向かって手を振っている。
その瞬間、背筋に寒いものが走った。
あれは、見てはいけない類のものだった。
なぜなら、
白いノースリーブのワンピース。白いサンダル。
いかにもデート帰りという服装は、
年末の、雪がちらつくこんな日にはありえないものだから。
電車が速度を上げた瞬間。
女はにやりと笑った。