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第222話 「聖女と偽りの魔女」

「リーシア? アッハッハッハッ! まだ私が優しい姉だと思っているのか? バカな奴らだ! いいだろう、私の糧として生きたお前たちに私の正体を教えてやる。私は災厄の魔女リーシア、この世に最大の災厄を招く魔女なのさ! さあ、私を恐れよ! 人よ、震え上がるがいい! あっはっはっはっはっ!」


「リーシアお姉ちゃん……」



 リーシアは子どもたちを見ながら愉快そうに笑い、その姿を見た子どもたちは震え出す。


 震えの原因……それはリーシアから放たれた、真冬に汲んだ井戸水よりも冷たく、夜の闇よりも暗い殺気によるものだった。


 無作為に周囲へ放たれた殺気が、子どもたちのみならず、周りにいた者すべてを恐怖で震え上がらせる。



「いいぞ、その恐怖……力が満ちてきた。魔女にとって人の悲しみや恐怖は力となる。ありがとう。お前たちが私に恐怖すればするほど、魔女である私に力を与えてくれる」


「リイ姉……」


 急変したリーシアに抱きつき子どもが、体を震わせながら姉と慕った少女の顔を見ると……。



「あら、どうしたの? なんで泣きわめかないの? ほら、私のために泣きわめきなさい。お前たちに優しくしてやったのは、こんな時のためだったのだからね。ほら、早く泣きなさい!」



 冷たい目をした魔女が、邪悪な笑みを浮かべていた。



「まさか、こんな手枷ひとつで力を封じられるなんて、私も想定外だったわ。本当ならお前たちを使って、このアルムの町に最大級の災厄を振りまいてやろうとしていたのに、予定が狂った」


「リーシアお姉ちゃん、なにをいって……」



 リゲルは、魔女の殺気に体を震わせながらも口を開く。



「なにを? まだわからないのか? なら、バカなお前にもわかるように教えてやる」



 リゲルと子どもたちを見回し、とびっきりの笑みを浮かべるリーシア……だが、その笑顔は普段の優しさに満ちたものではなく、見たこともないような邪悪なものだった。




「お前たちは私がこのアルムの町に災いをもたらすための(にえ)だったのよ。私は災厄の魔女、他人が感じた恐怖や悲しみを集め、災厄を振り撒く者なのさ」



「そんなの嘘だ! リーシアお姉ちゃんがそんなことするわけないよ」



「リゲル、ありがとう。こんな私を信じてくれて、でも少し優しくしすぎたかしら? まさか真実を聞いてまだ偽りの私を信じるなんて……本当にバカで困ったものね。はあ〜」



 魔女はアゴに手を当て、心底困った様子でため息を吐いていた。



「まあそうなるように優しく接してきたのだから仕方ないか。とくにお前はとびっきりの贄になるよう、世話していたからな。毎日大変だったよ。『リーシアお姉ちゃん〜』と鬱陶しく寄ってくる、お前の世話を焼くのはな」


「リーシアお姉ちゃん……」


「まったく……魔女とバレないよう、孤児院に潜りこみ、女神教のシスターとして町に災厄を振りまこうと力を蓄えていたのに、憤怒のせいで計画が台無しだ」



 殺気を振り撒きながら、魔女は悔しそうに親指の爪を噛む。怒りで顔を歪ませながら、強く噛み締める歯が爪を砕き指から血を流す。


 長い時を共にしたリゲルですら、見たことのない仕草と光景に、子どもたちは得体の知れないものを感じてしまう。すると――



「ほう、つまり貴様は、この町に災いを振り撒こうとしていたのか?」



――異端審問官は、衛士に目を配りながらリーシアに質問する。すると周りにいた衛士たちは、子どもたちを庇うかのように壁を作り、リーシアに剣を構えながら取り囲んでいく。



「そうだな。孤児院や教会にいる奴らに絶望を与え、それを糧に、この町に災厄を招き、皆殺しにする予定だった」



 リーシアの顔が邪悪に歪む。それは誰も見たことがない、とびっきりの笑顔だった。



「だから……悲しめ。優しいと思っていた私が、実は魔女だったと知って悲しいだろう? その悲しみが私に力を与えてくれる。さあ、もう少しだ、もう少しでこのアルムの町に災厄を招ける。もっと悲しめ、もっと恐怖しろ!」


「うそだ……うそだよ。リーシアお姉ちゃんは魔女なんかじゃないよ」



 リゲルは信じる。ただ一人、目の前にいるリーシアが優しい姉であることを……しかし――



「まだわからないのか? あっはっはっはっ、なら見せてやる」



 するとリーシアは足元に転がる真実の水晶を手にすると頭上に掲げた。



「さあ、聞いてみろ。私が魔女なのかってね」



 リゲルはその言葉に聞き戸惑ってしまう。それは信じていたものが崩れ去るかもしれないと思うからだった。だが、リゲルは信じたかった。目の前のリーシアが、自分が知る優しい姉であることを信じたかったのだ。



「リ、リーシアお姉ちゃんは、本当に魔女なの」


「ええ、リゲル、私は魔女なんですよ。アナタと出会った時から……いいえ、この町に来た時からずっとね」



 リゲルはリーシアの手にした水晶球を凝視する。他の子どもたちと群衆も、皆が水晶球を見ていた。すると――手にした水晶球から青い光が放たれた。



「青い光……本当にリーシアお姉ちゃんが魔女なの?」


「魔女? リー姉が本当に魔女なの⁈」



 リゲルをはじめ、子どもたち全員がリーシアの言葉を否定するのだが――



「あっはっはっはっ。いいぞ、ドンドン力が溜まる。お前たちの悲しみが私に力を与えるんだ。さあ、もっとだ。もっと悲しめ。そのためにお前たちに何年も優しくしてやってきたんだ。この枷を外すために、もっと力を寄越せ!」



――リーシアは子どもたちに追い討ちをかける。手にする水晶球は青い光を放ち続けていた。



「どうやら、教会や孤児院の子たちは、この娘を魔女と知らなかったようだな。子どもたちを下げろ。力を取り戻さぬ内に、その魔女の首をはねよ!」



 異端審問官が高らかに命令を下すと、リーシアは数名の衛士に抱えられ、広場に作られた壇上へと登らされた。



「クッ、離せ! クソ、まだ力が足りない。もっと私に恐怖しろ、早く悲しみを寄越せ! この役立たずどもめ!」



 衛士から逃れようと暴れる魔女……だが力を封じられた少女は、屈強な衛士から逃れられない。


 子どもたちは、別の衛士に連れられて広場から離れていく。リゲルもまた呆然としながら衛士に促され歩き出す。


 信じたくないリーシアの言葉が、頭の中で何度も繰り返されなか、リゲルはふと気づく……自分を見つめる目があることを。


 リゲルは足を止め、後ろを振り返る。するとそこには、壇上で頭と肩を押さえつけられ、土下座のように座らされた魔女の姿があった。


 そしてリゲルは見てしまった。呆然として歩く自分たちの後ろ姿を、ほほ笑みながら見送る優しい姉の顔を……。



「リーシアお姉ちゃん!」



 リゲルはリーシアの微笑みを見て理解してしまった。

 さっきのは、嘘の下手な姉が自分たちのために吐いた、一世一代の嘘だったことに……気づいてしまった。


 リゲルは昔と変わらず自分達を見守る姉の元へ駆け寄ろうとすると、一緒に歩いていた衛士に阻まれ、抱きかかえられてしまう。



「離して! 違うよ! やっぱりリーシアお姉ちゃんは魔女なんかじゃない! 嘘が下手くそな優しいお姉ちゃんなんだよ! だから、だから!」



 リゲルは泣き叫び、必死に抵抗しても……子どもの力では衛士の手から逃れられない。少年はただ、優しく微笑む姉の姿を眺めることしかできなかった。



 そんなリゲルを見て、リーシアは心の中で胸をなで下ろす。



「よかった。これで少なくとも、教会やあの子たちに危害を加えられる心配はなくなりました。我ながら名演技です。ヒロと二人でいると、こんなことばかりうまくなりますね。困ったものです」


 リーシアは抵抗することもなく、斬首台に頭を乗せられ、体を抑えられていた。壇上にはリーシアを抑える二人の衛士と、少女の首を斬る斬首人が大きな剣を持って立っていた。


 分厚く鋭利な大剣をリーシアの首筋に当て、二度三度と斬首人は剣を振り下ろし、切る位置を確かめる。



「なんとなく、母様が斬首台に登った時の気持ちがわかります。自分が死ねことより、あの子たちが無事である喜びの方が大きくて、死ぬことなんてこれっぽっちも怖くありません。きっと母様も、いまの私と同じだったんですね」



 斬首人の剣がついに止まり、リーシアの首筋に鋭利な剣先を添える。



「最後に言い残すことはないか?」


「そうですね……もし私が死んだあとに変態(ヒーロー)を名乗る男が町に現れたら伝えてください。アナタとの約束を守れなくて、ごめんなさいって……」


「承知した。覚悟はいいな?」


「はい」



 リーシアは軽い返事をすると目を閉じる。その顔はこれから死に行くとは思えないほどの安らかな微笑みを浮かべていた。



「では、いくぞ……」



 剣が首筋から離れていくのを感じたリーシアの脳裏にある言葉が浮かんだ。それは母カトレアと死に別れる前につぶやいた最後の言葉と()しくも同じものだった。



「願わくは、あの子たちとヒロに祝福があらんことを……」


「お願いだよ! だれかお姉ちゃんを助けてぇぇぇ!」


「さらばだ!」



 太陽の光を反射させながら勢いよく振り下ろされる大剣……その時、広間の時計塔の屋根から銀光が瞬き、一条の流星が空を駆け抜けた!


 空に銀色の軌跡を残し飛来した流星は、リーシアに向かって振り下ろされた剣に当たる。あまりの衝撃に斬首人は大剣を弾き飛ばされ、流星は放物線を描いて空を舞った。


 壇上を勢いよく転がる大剣の音に、リーシアは目を開けると、放物線を描きながら、上空を舞っていたダガーが壇上へと突き刺さる。


 突き刺さるダガーに残る微かな銀光を見て、少女は目を見開いた。この銀光を使える者は、リーシアの知り得る者の中で一人しか存在しない。



「まさか……これ……なんで……なんで!」



 リーシアは顔を上げ、いまだ空中に残る流星の描いた軌跡を辿る。リーシアの直感が告げていた。そこにいる者はあの人だと……。自分と一緒に歩んでくれると約束してくれた男だと……。リーシアの目に、時計塔の屋根に立つ人影が映った。


 その影を見てリーリアは男の名を叫んだ。


ヒーロー(変態)!」



 とつぜん顔を上げ変態と叫ぶ魔女につられて、広場の皆が一斉にリーシアの目線の先……時計塔の屋根の上に現れた人影を見る。するとそこには……頭に素晴らしい(つぼ)を被り、パンツ一枚のほぼ全裸でポーズを決める変態(ヒーロー)が立っていたのだった。



〈聖女の危機に、謎の変態(ヒーロー)が現れた。異世界ガイヤがバグりはじめる!〉

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