狭い
月水金に投稿出来る様に頑張ります
電車での通学中、肩の上かもしくは頭の上に、マツリの分身が……面倒なのでちびマツリで良いか。とにかくこいつがのっている。
本人達が言うには基本的に人間達からは見えないし、こちらからの会話は念じるだけで通じるそうだ。
「ご主人、想像の中で音楽を流すのはどうかと思います。私的にはクラシックが好きですね」
わりとなんでも垂れ流してしまうようなので、あんまり変な事は考えないようにするべきだった。
「フィルターみたいな機能はないんですよね。敢えて言うならご主人が力の使い方を把握できれば、それから本体の力がある程度戻れば制御できるかと」
「無茶なことを要求なさる」
うっかり声に出してしまったが、携帯の画面を見ていたので不審には思われにくい……はず。うるさい奴だとは思われたかもしれないが。満員電車の中で変な注目は浴びたくない。
それで、ちびマツリはなんでついて来てるんだ。そのあたりの説明は何も聞いていない筈なんだが。
「ご主人は思考の中だとずいぶん早口なんですねぇ。敢えて言うなら護衛ですよ、護衛。車とやらは危険な乗り物じゃないですか。あと、二輪の乗り物も。そういうのがぶつからないように仕向けます」
唐突な事故を回避できる。杞憂ではあるかもしれないが、あれば助かる。
「あとは……とと、この電車っていうのは狭いですねぇ。うっかり潰されてしまえばそのまま爆発してしまうかもしれません」
いやお前爆発するのか? さすがに冗談だよな?
「この私は、自爆できるようになっていますので」
ちびマツリはよじよじと服を這い登り、俺の頭髪にしがみついた。いや、冗談じゃなくて本当に爆発するのかよ。
「私が圧力で潰されたりすると、ホースに穴が開くような状態ですから。いろいろ噴き出しますよ。圧力をかけられると声が出るみたいに我慢できず、制御できずに爆発しますよ」
護衛とは言っていたが、お前の事は俺が守らないといけないようだな。
「ええ、よろしくお願いします」
最後の言葉は、向こうからも念で伝えて来たように聞こえた。
***
自宅からではご主人の様子は確認できないので、ちびマツリを渡しておくのはいい判断なんじゃないですかね? なんて自画自賛してみる。
あれは知識や思考は同じだけれども、情報交換はできませんからね。今の私だとその程度のものしか作れません。
「さて、お掃除をしませんと」
昨晩倒した妖精たちをそのままにしておくのも良くないですし。あのまま放っておいたら新しい『匂い』の源になります。そうすればまた倒さないといけなくなって、亡骸でこの下宿先が狭苦しいことになってしまいます。
まあ適当に、ゴミ用の袋に詰めてしまえば良いでしょう。つられて集まってこれないように、単純な臭いも、術的な匂いも隠せます。狐火を使えればそのまま燃やして良かったけれど、残念ながら私は攻撃的な術が使えないようで。
ご主人はまだ制御はうまくいっていないようで、妖精や魔神は見えていない様子。
ご主人の平穏を守るには見えていないほうがいいのですが、見えていないと不意の襲撃を回避できませんからね。
私がいる時点で日常とは違うかもしれませんが、せめて命じられた平穏は守っていきたいところ。
ああ、これは大事な仕事だけれども。
式神を送り出してしまうよりも、私が直接行きたかったなぁ、と考えてしまうのです。
***
満員電車の中は当然狭い。文句を言ったところで何も解決しないのだが、狭いものは狭い。
携帯をいじる事は当然諦めている。あとは隣のオッサンが新聞を読むことを諦めてくれたらいいのだが。肩にぶつかっているのでやめてほしい。
「てぃっ」
ちびマツリがオッサンの新聞をはたき落とした。いや、やめて欲しいとは言ったけど……まあいいか、ありがとう。
「どういたしましてー」
オッサンは揺れのせいか、それとも僕のせいか悩んでいるようだったが、この状況では屈むこともできない。諦めてもらおう。
「こんな狭い場所でプライベートスペースを確保しようとするのが間違いなんですよ」
とは言ってもな。少しとはいえこっちも携帯を弄っていた訳だし。
「あの時より人が増えてるので、一概にはいえませんし、人が増えてるからご主人は今携帯を見ていないのでしょう? 気にしてはいけません」
マツリ達はなんだかんだで8割くらい肯定してくれるよな。ちびマツリの方が若干甘い気がする。
「わたしは写身で、式神ですから。所謂理性というものが少ないので?」
頭の上に戻ってきたちびマツリに頬擦りされた。あーうん、そういう事ね。
「まあ、本体が接触するのだって、魔力に慣れるのは真実だけどあの子がやりたいからっていうのも大きいはず」
帰ったら撫でてやるか……まあ、まだ登校道中な訳だが。
「私も時間が空いた時に撫でてくださいよぅ?」
授業中になら撫でてやれると思うから、それまでは我慢してくれ。
目的の駅についた。もうしばらく歩けば、
「ご主人、あれ、見えます?」
ちびマツリが左側の方を指差す。なんで頭の上に乗っている奴の指す方向が分かったんだろうか?
疑問はさておき、指された方向を見る。
大して暑い気温でもないのに、古い家屋の見た目が蜃気楼のように歪んでいた。
「ふむ、じゃあ道を変えましょうか」
「迂回しろって? 時間は少しは余裕あるが、なぜ?」
電車の中ほど人は多くない。喋っても不審には思われないはずだ。
「ご主人の平穏を守る為、ですよ」
大した遠回りにはならないと判断して、迂回することにした。
「ご主人、えらいですね」
頭を撫でられた。
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