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匂い

定期更新を目指したい(毎回そう言ってスランプになる)

「なあ、俺って何か変わったか?」


 学校での会話。先日に酒を奢ってくれた2人に聞いてみた。


「別行動の後に何かあったのか? 童貞捨てたくらいじゃあ何も変わらないぞ?」


「一人称がたまに『俺』になってたな、少なくとも今日話した範囲では」


 眼鏡だがガタイの良い方、久保田は性経験の有無云々と言ってきた。


「いや、酔っ払いに釣られるような人はいないだろうし、あんな酔っ払いは『そういう店』でも入店拒否されるだろ」


 実際には行ったことはないが、酒を飲む店でないならどこでもそうだろう。適当に言っておく。


「一人称は……ほら、本当は『僕』の方が作ってるんだよ。こっちは面接だったから」


 茶髪に染めた、スポーツで引き締まった体格の菅野には、部分的に正しい真実を伝えておく。


「あー、そういうもんか? まあそうか。じゃあ俺は分からんなぁ」


「別に俺らに合わせておく必要はないんだ、一人称なんて気にしなくていいんだが……」


 菅野は言いながら鼻を鳴らす。


「あのあと野良猫でも拾ったのか? 鴻巣、ずいぶんと獣クサいことになっているが」


 それはマズい。


***


「ということで、お前を洗う。返事は?」


「いやですよぅ! ご主人は私の柔肌を、まるで野菜か何かを洗うみたいに乱暴な手つきで洗おうと考えてるにきまってます! 女の子の体は丁寧に扱わないと嫌われるんですよ!」


 卑猥な描写のある漫画の一コマの様な、ベッドの壁にしなだれかかり拒否する様なポーズをとるマツリ。その要求は正しいのだが、


「じゃあ自分で洗ってくれという要求を拒否するのはやめてくれませんかね」


「え、嫌です。だってこっちの方が面白そうですし」


 マツリは、表情を朝の時と似た、揶揄うようなニヤニヤに変えてそう告げた。


「私はご主人の従者ですから? ご主人にある程度は気楽に生きて貰って、楽しい選択をしてもらう方が良いと考えているのですよ?」


 そんなことを言ってくれるが、その表情はニヤニヤのままだ。正直なところ、楽しみたいのはお前の方だろうと言っておきたい。


「とにかく、学校で獣臭いと言われたんだ。お前の匂いじゃないっていう保証もない」


「女の子に臭いなんて言っちゃうなんて、デリカシーがありませんねぇご主人は。まあ、人間ではないのでそのあたり私はあまり気にしないのですが。でも、ご主人が気にするというのなら、私はやるべきことをておくだけです」


 マツリはすっと立ち上がり、風呂の方へと向かっていった。


「あ、そうだ。ごはんは用意しておきましたので。食べた後は、交代でお風呂に入って寝ちゃってくださいね」


「あ、おいっ」


 呼び止めて何を言うつもりだったのかはわからないが、それでも呼び止めてしまった。マツリは振り返らずに風呂の方に向かってしまった。


 暫く自炊はしていなかったんだが……この量は、ちょっと捌ききれるか自信がない。数日分の食事になりそうだと考え、同時にあいつが買い物に行ったこと、それからその分の食費がいくらか分からないことに頭を悩ませることになった。


***


「さぁて、ご主人の平穏をまもるためにっ。メイドさんはひと働きするのですよっと」


 声が響く。


 その謡うような声には、近くを通る数人の人々は意識を向けない。その声と姿を認識できないわけではないが、身体がぶつかったりしない限りは意識が向くことはない。


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 獣帯からバカシに変位し理解を失ったとしても、性質や能力を失う訳ではない。


「わたしと、ご主人を傷つけて、匂いまでつけて追いかけようとしてるなんて、とんでもない奴ですねぇ」


 伸びをしながら、彼女は下宿先の屋根の上に飛び乗る。髪は輝くような印象を与え、陰になっている体躯も、女性らしいボディラインを際立たせる。


「さぁて。匂いが付いているっていう事は、その匂いを追ってきている奴らがいるんですよねぇ。魔神か妖精かは分かりませんが。でも」


 彼女は蹄を模したメリケンサックを装着する。


「これだけ目立てば、私からそちらの場所が分からなくても。ご主人様についた匂いが、さらに私について、勘違いして向かってきてくれるんですよね?」


 彼女に向かってくるのは、数匹の妖精。彼らにとって他愛のない行動であっても、善悪の区別なんて存在しないその行動によって、人間は容易く死んでしまうだろう。変位した主人も、変異した自分も、肉体の耐久面に関しては今のところ変化がない。


「朝は私が気付きませんでしたし、移動中か大学か。いつ匂いをつけられたんでしょうね? これは、私が丸1日護衛をする必要があるかもしれません」


 汗を払うように手を振ってから、拳を構える。


 一般人や魔神がそれを目撃すれば、ただ虚空に対して拳を振っているようにしか見えないだろう。しかし、その拳は、確実に妖精という現象を打ち砕いていた。


「さて、あとは匂いを落とすために……明日朝にミルクでも出してあげればいいですかね? 直接飲んでもらったほうが早いですが、まあまだそういうのは抵抗ありそうですし」


 一度部屋に戻ってから主人が風呂に入るのを確認したら、また外に戻る必要がある。


「まあ、平穏を守ってくれと言われちゃいましたからねぇ。このあたりのお仕事のこと、それから、出会った時の事。ご主人が自分から気付いたりしない限りは、言えませんね」


 当然、気付かせるつもりはない。関係を結ぶきっかけは本当に偶然だったが、その時の出来事は彼を主人とするには十分すぎる出来事だった。


「ああ、今夜は眠れそうにないですねぇ。でも、これもメイドの仕事ですし」


 彼女の働きに気付く人間は、だれもいなかった。


 夜はまだまだ長い。

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