出会い
「ご主人、起きてくださいよ?」
早朝5時半、僕を起こそうとしている何者かの声が聞こえる。
誰だ。大学生でバイトにうつつを抜かしている僕のことをご主人と呼ぶ何者かなんて……、
そこまで考えて、昨晩の記憶を辿ろうとして……ハタチの誕生日を迎えて友人の奢りで酒を飲みに行き、そこから記憶がないことに気付く。
もしかして、やってしまったのだろうか。おそるおそる自分の身体を動かすが、別に脱いだままではなく、寝巻きになっていた。安心、だろうか?
「起きましたね? てやっ」
可愛らしい女の子の声と共に、掛け布団が剥がされる。やめろ、この時期の早朝はまだ寒いんだ!
「というか、君は誰だ」
昨晩の記憶がないのだから当然の疑問ではあるが。記憶がないことが良いのか悪いのか。
目の前にいた少女は……少女か? 身長としては150程度だろう。黒髪ショートでヒラヒラしたミニスカのメイド服、それに何かの動物のツノが付いたようなカチューシャをつけている。
メイド服の袖やスカートの裾から見える白い肌もだが、何より目を引くのはとても大きな胸。メロンだとかスイカだとか、そういった大きな果実を容易に想像させる。
「あ、これですかー? 頭より大きいんですよ?」
恥じらいのない言葉で現実に引き戻された。
「いや、だから君は誰だ……?」
ため息と共に質問する。
「忘れちゃったんですか、ご主人。昨晩のお酒の力で私の事押さえ込んじゃって」
「主人として命令する。君のことと昨晩の事、全て話せ」
半ばやけくそのような感じでそう言った。主人だと何度か言われたので、それを理由付けにすれば話してくれるという希望にかけたからだ。
「はい。まずは私のことから。私は斑牛の……名前はありません。年齢は17、誕生日は2月23日。性別は見ての通りメス。身長は152、体重は540ですが、謀術を使い56キロまで抑え込んでいます。昨晩よりご主人の使役獣帯として改め使役バカシとしてお仕えすることに決まりました」
個人情報や、よくわからない単語を交えて説明してくれた。義務感で話しているようなやさぐれた表情だが、話すことを拒んでいるような様子ではない。
「次に昨晩の事ですが……」
「あぁ、待ってくれ、聞きたいことが増えた。名前がないというのは?」
「ご主人は、たとえば飼われていない、見た目も似たノラ猫を2匹見つけて、それを区別できますか? 人間はそれを区別できないかもしれませんが、私達は区別がつきます。匂いや声、あらゆる情報で区別します。そこに、『名前』という人間由来の情報は介入しません。私達獣帯は、人間からしてみればただの動物と同じにしか見れません。なので、名前という概念は知っていても、使う必要がありませんでした」
斑牛は種族区分なので必要でしたね、と彼女は呟く。
「よくわからないが……人間由来のモノだから使っていない、ということか?」
「そういうことです。他に質問はありますか?」
「獣帯、というのは?」
うまく発音ができないが、通じただろうか。
「人間の対偶の存在です。光と影、裏と表、魔神と妖精……そして、人間と獣帯。どちらが光で影かは、主観によるものですが。普通なら、人間は獣帯をただの動物と同じにしか見れず、獣帯は人間を「理解」できない。そういうものなはずでした」
「はず、というのは?」
まるで、僕がもう人間でないと言わんばかりの態度である。なにも変わっていない、はずなんだが。
「このあたりは、昨晩の状況も交えて説明します。が、その前に。ご主人はオカルトの儀式やそういったものの知識はありますか?」
ない、とアピールするために首を横に振る。
「では、とりあえず。不確定要素を含みますが、分かる範囲で説明します。ご主人は昨日の夜、何かしらの『理不尽』に遭遇しました。そのせいで、ただの獣にしか見えないはずの私を『視る』ことができるようになりました。酔っ払いの勢いで、自分でもなにか分からない力を行使し、私を『バカシ』の『ハグレ』として仕えさせることになりました」
「あー、つまり?」
嫌な予感しかしないが、一応聞いておく。
「酔った勢いで自分でも無意識のまま、私のことを下僕にしちゃったんですよ、ご主人?」
先程までの態度から最初に布団をめくったときのような表情になり、僕の事をからかうような口調でそう言ってくれやがった。
「もう酒を飲むのはやめよう……」
酔った勢いで人外娘を奴隷にしたっていう事だからな。
いや、どういう事だそれは。混乱が大きくて、まともに考えがまとまらない。
「ちなみに、どんなふうにお前の事を奴隷にしたんだ?」
「えぇー、聞きたいんですか、ご主人?」
わざとらしい態度で、そんな風に宣告をしてくる。
「いや、いい。きっととんでもないことなんだろうから」
まあ、怪我がないなら気にすることはないか。
「あ、そうだ、ご主人。私に名前を与えてくださいよ。そうすれば、私達の主従の結びつきは強くなって、ご主人のために力を十全に振るうことができますよ?」
「名前、か……あんまりセンスがあるわけではないから、期待しないでくれよ?」
「私は日本産まれ日本育ちなので、日本人のような名前だと助かりますよ」
うーむ、ペットに付けるような名前は良くないか?
「うーん、メロン……?」
「いやどこ見て言ってるんですか、訂正を求めます」
「冗談だ。そうだなぁ、マツリ、でどうだ?」
「悪くないですね。しかし、どうしてマツリと?」
「昔なついていた親戚の女の子の名前だよ」
顔も思い出せないくらいの昔ではあるが、一応そういう事はあった。小学生の頃はモテてたんだがな?
「うわ、ご主人キモいです。ロリコンという奴ですか?」
「断じて違う。というか随分人間の文化に詳しいんだな?」
「『バカシ』になったので。いくらか知識を自動的にですよ」
「じゃあ、その格好は?」
「色合いが、獣帯の時の姿に似ていたので。まあ単純に趣味ですね」
それはちょっと危ないような。主に僕の自制心的な意味合いでだが。
「そういえば、獣帯は人間には獣にしか見えないんだろ? 僕は牛にメイド服を着せてる狂人に見られるんじゃないか?」
さすがに社会的死は回避したいのだが。
「そのあたりは大丈夫ですよー、だってもう厳密には獣帯じゃあありませんから。私が謀術を解除しない限りは、ご主人の今見ている見た目です」
「それは助かる。可能な限りずっと変化したままでいてくれ」
「わかりました。ご主人ももう普通の人じゃありませんから、エネルギーを供給してくれれば問題ありませんよ?」
「……え?」
僕が、普通の人間ではない?
「ご主人は、私を使役する少し前に、変位を起こしていますから。妖間となっています。ああ、とくに姿かたちがかわるということは、そういう術を覚えたりしない限りはありませんよ。何かしらに関して絶望する必要はないです」
「ああ、そうなのか……」
よかった、のだろうか。
「とりあえず、そうだな……僕が今まで通りの平穏な生活を送れるように、協力してくれ。術の為のエネルギー供給は、どうやればいい?」
簡単なことだといいのだが。例えば、食事とか睡眠とか。
「体のどこでもいいので、撫でてください。おすすめはずーっと目が向いてるここですよ?」
「明らかに揶揄っているのはわかるぞ、この野郎」
まあ撫でるというのはウソではないのだろう。頭を撫でてやる。
「ああーいいですねぇ……これで半日は戦えます」
「半日なのか」
サークルはさぼりがちだったからあまり気にしなくていいのだが、僕のいない間に牛が下宿先にいるという状況になってしまうのはさすがに困る。
「あ、そういえばご主人。学校の方は大丈夫ですか?」
遅刻寸前だった。
世界観としては、『ゾンビパニックが起こらなかったIF』の狐さんの世界線と同一です
面白かったと思ってくださったなら、画面下から【ポイント】評価や【ブックマーク】などを貰えると嬉しくなってやる気が出ます。