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維緒と身長RPG1


「サラ!」


 先程までそこにあった少女の姿は光と一緒に掻き消えた。


 空を掴んだエトガルの腕ががっくりと下がり、すぐに維緒に顔を向ける。



「サラ様の声は聞こえますか?」


 問われるが、そんなものは聞こえていない。


 言葉にならず首を横に振ると、維緒の隣に立ち周囲の警戒に当たっていたヨルンがそっと指摘した。



「依代様、石版にお手を」


 ヨルンの声に、自分の手をまじまじと見る。


 びっくりして離してしまったのだ。もう一度石版に触れると、サラが懸命に喋っているところだった。


『――――みたい。寒くないわ、大丈夫。魔物はどこかしら? 辺りには見えないみたいよ』


 少なくとも不安がっている声ではない。

 弾むように、楽しげだ。


 維緒はエトガルと目を合わせて頷くことで無事を伝えた。



「サラ、ごめんなさい。聞こえていなかったの。そっちは大丈夫?」


『平気よ。勝手に祝詞を口に出しちゃってごめんなさいってエトガルさんに伝えてね』


「うん」


 維緒の左に歩み寄ってきたエトガルにその通り伝える。


 エトガルは仕方なさそうに眉を下げた。



「お伝えできていない内容があるのが心配ですが、安全な場所に顕現できたようでしたらさほのまま体験していただきましょう。そうお伝えを」


「エトガルさんの言葉は石版に触れてもサラには届かないんですか?」


「庭に降りた王候補と会話できるのは依代だけです。ですが、共に石版に触れると我々にも王候補のお姿と庭の光景は見ることができるのですよ」



 言ってエトガルが石版に手を寄せた。


 そのまま庭を見回し、一点を指差す。


「サラ様はあちらにいらっしゃいます」


 エトガルの指差す先を辿ると、維緒の立ち位置から程近い庭の中に、サラが立っている。



「サラ見つけた! 手を振ってみてよ」


『えー? 私からは維緒は見えないのよ?』


 不満げに言いながらもサラは素直に空に向かって大きく手を振ってくれる。

 すごくかわいい。



「ふふふ。サラ、そこが危なくないならそのまま体験していいですって、エトガルさんの許可が出たよ」


『危なくないわ。見えてる? 森の中だけど人の手が入ってるみたいでちゃんと道があるわ。進んでみてもいい?』


「いいよ。気をつけてね」



 こちらとしてはハラハラしながら見守っているのだが、庭の中のサラは顔までは見えないものの、妙に楽しそうだ。


 その上『ピクニックみたーい』なんて声まで届いてくる。


 サラの動きに従って庭の中の見える範囲も移動しているようで、維緒も面白くなってきた。



「サラ、何が見える?」


『ずーっと続く木と、道と、遠くの山と、あ、きのこ!』

「きのこ!?」


『白いきのこよ。ほしい? 維緒』

「いやきのこはちょっとね。毒きのこだと困るし」



『そもそもお持ち帰りはできるのかしら?』


 エトガルに聞くと、なんとできるとのことだ。



「庭から持ってきたものをこっちで売ってお金稼ぎしていいんだって」


『じゃあ売れそうなものたくさん探さなきゃよね!』


「森の中で探すのは難しそうじゃない? 木を1本切り倒してきた方がまだ稼げそう」


『それは重いわ〜』



 笑いながら金策について話す少女たちの横で、エトガルは黙々と仕事をしていたらしい。


 一点に目を留めると話に割って入った。



「維緒様、あちらにいるのが今回の魔物です」


「どこですか? エトガルさん」


「サラ様の右手前方に池のほとりへ下る坂道がありますね。そこからまっすぐ池に向かう途中にいます」


 エトガルの誘導に従い視点をずらすと、灰色の大きな獣が木々の影に見えた。


 何が気に入らないのか木に何度も体当たりしている巨体で、額に大きな角まである。



「よく見ると光を纏って見えるのが魔物の特徴です。獣型の魔物で、この森には馬車が頻繁に通っている形跡があることから考えますと、その際に獣害があるのでしょう。大きな被害が出ているために魔物として対処するよう陛下が指定なさったのだと思われます」


「倒すとどうなるの?」


「獣害の原因となっていた獣たちがいなくなることで、近辺を通る商人や旅人が助かることになります」



 そう聞くとなんとなく魔物についてわかったような気がしてくる。


(国王が国土中の訴えに対して移動時間なしに対処できる、ってとこかな)


 効率的なような、現地の人間に任せてしまった方が合理的なような、なんとも言えない感じだ。



 ともあれサラに伝えてそちらに向かってもらわなければいけないだろう。


「サラ、大きくて角のある魔物がいるよ。強そうだけど、見に行ってみる?」


『行くわ。角があるの? 鹿みたいな? それともサイみたいな?』


「サイみたいな方よ」


『ってことは一角獣ね。あまり興奮してないといいんだけど』



 残念ながら大変興奮しているように見える。


 どう伝えるか、とサイみたいな魔物を凝視すると、同じく魔物を観察していたエトガルが種族を特定した。


「あれはグラウドプウォーモです。物音と食料の臭いに敏感で興奮しやすく、頭を下げて角で獲物を攻撃します」


「グラウ?」



 言われるがままにサラに伝えるが、種族名が長くわかりにくい。


 維緒の中であれはサイのままになった。



『グラウドプウォーモね。わかったわ』


 平然と答えるサラは、もしかしてあんな魔物を倒すのなんてわけないのだろうか。


「倒したことあるの?」


『ないわ。普通女の子があんなのに立ち向かったりなんてすると思う?』


「思わないけど、その割に怖がってもいないから」



『だって逃げたら王様になれないじゃない』


 あっけらかんとサラが告げる。


『それに、王候補の庭で怪我をしても死んだりしないって聞いてるわ』

「そうなの?」


 そのままエトガルに聞くと、肯定が返った。



「ただし痛みはありますし、……きっと驚かれると思います。怪我をされない立ち回りをなさってください。ダメージを負ってしまった後は落ち着いて依代様の声に従うようお伝え願います」


「驚かれると――――ですか」



 死んだりしないと聞いてほっとしたが、同時に王の言葉が頭に浮かんだ。


『私の依代であった少年は身長RPGと呼んでいた』


「なるほど、RPGね」



 戦うけど死なないサラをここから見守っているのは、ゲームの勇者を画面越しに見ている感覚に似ているような気がして。


「胸糞悪いなあ」


 維緒の呟きにエトガルがギョッとして心配そうな目を向ける。


 維緒がそれに反応するよりもサラから声が掛かる方が先だった。



『維緒、見つけたわグラウさん。木倒しちゃってるじゃない。自然破壊っていうのよねこういうの』


 サラの中であのサイはグラウさんなんて呼び名に落ち着いたのか。



 暴れ回る魔物を目にしたにしては落ち着いた声のサラの肝の座り方は相変わらず維緒にはわからない。


 でもその声に維緒も落ち着かされて、ちょっと反省した。


(場に飲まれるなんてらしくない!)


 いつもマイペースが維緒の信条だ。



「グラウさん自然破壊はおいたが過ぎるんじゃない?」


『そうよね! グラウさんにお仕置きしちゃっていいわね? 維緒』


「やっちゃって、サラ!」


『よしきた!』



 どこまでも明るいサラが弾むように飛び出していく。


 身を屈めたと思うと低い姿勢から石を投げ放つ。



『当たったわ!』


 クロサイのような見た目の略称グラウに石は当たったらしいが、全く応えた様子はない。


 グラウは頭を下げ突き出した角を揺らして唸っている。



『あら? 予想外な反応』


 維緒にとっては少しも予想から外れていなかったが、サラの予定は狂わせたらしい。


 突進してくる巨大な角に、『きゃー』と可愛い声を上げて逃げ出した。



「サラ、大丈夫? 戻ってくる?」


『きゃー! まだまだいけるわ。きゃー!』


 悲鳴というには緊迫感のない叫び声を上げながら木々の間を走るサラを、どすとすと重い音を立てながらグラウが追ってくる。


 避けそびれた木は容赦なく倒していて、ぐらぐらと緑の塊が落下していく。



『ぎゃう!』


 サラの叫び声がいきなり濁って跳ねた。



 サラが倒れている。


 まだグラウから距離があったはずだが、倒木にやられた。避けきれなかったみたいだ。



「サラ!」


 倒木に跳ね飛ばされた身体が地面に転がっている。


『いたーい、ひどい!』


 サラが鈴の鳴るような声で詰るのと、跳ね起きるのは同時だった。



「え? サラ?」


 先程までと明らかに声が違う。ひどく幼く聞こえる。

 それに身体も。


「小さくなってる!?」


 頭ひとつ分は優に低くなっている。


 それどころか体付きもサラのものじゃない。バストとウエストに差がない!



『サラをいじめるなんて許さないんだから!』


 口調まで維緒の知るサラのそれではない。


 現状に気付いている風でもない。


 混乱する維緒を見てエトガルが口を開いた。



「庭では受けたダメージ分、王候補は低年齢化してしまうのです」


「低年齢化?」


 言われてみると、サラは小さくなったのではない。幼くなっている。



「子どもになるってことね」


 維緒は混乱しているが、サラも同じではないのは幸いだった。


 サラは小さい身体を活かしてグラウを翻弄して走り回っている。



「サラ!」


 維緒は子どもになったサラが維緒のことをわからなくなっているのではと危惧したが、杞憂だったようだ。


 すぐにサラから返答が返った。


『維緒! 私怪我してないわ、大丈夫。有利な場所で迎え撃つから!』


「無理しないで!」



 幼い声のサラは非常に勇敢だが、維緒の動悸は治まらない。


 維緒は面白いことは大好きだが、それは常識的な範囲に限る。



(怖いのは駄目なのよ! アクションとか目を開いて見ていられないのよ本当に!)


 突進してくるグラウに、サラは半ばで折り倒された木の根本を盾にして対峙する。


(迎え撃つ? そんなことできるわけ)



 隠れるサラに対し、グラウの巨体が身を低くして突進のスピードを上げる。


 必死にサラの危機から目を逸らさずにいる維緒の目には、勝つことなんて不可能に見えた。


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