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王候補の庭で2


 維緒に与えられた部屋は最初に来た女性の依代を通すための部屋ということで、内装も赤やピンクを中心としたかわいらしいものだった。


 この部屋に似合うよう次からはもう少しいい服を着て来れるようにしようと維緒は決意した。



 維緒とサラが続きの間までしっかりと探検している間に、エトガルがお茶の手配を済ませていたようだ。


 ふたりは上機嫌でカウチにお上品に腰掛けた。


 ヨルンは維緒の後ろに直立した。



「この後ですが、『王の意志』を探すため、王候補には依代の力を借りて、王候補の庭に降りていただきます」


「あら、サラって呼んでくださる?」



 うふふふと笑いながらサラがカップに手を伸ばす。


 ヨルンが「あ、」と止めようとするが間に合わず、サラの手はカップを掴めないまま持ち上げられた。「がっかり~」と凹んでいる。


 エトガルはごほんと咳払いをし、話を続けた。



「王候補の庭でどのようなヒントが得られるのかは残念ながら存じ上げませんが、王候補の庭には魔物が潜んでおります。サラ様にはぜひ討伐していただきたい」


「魔物の討伐をしろというの? それこそ武官のお仕事なんじゃなくて?」


 様々な意味でしゅんとなったサラの頭を撫でてやりながら、維緒が追加で疑問を投げる。



「魔物を討伐するのにどんな意味があるんですか?」


「国王陛下は両国の各地で発生した問題、例えばハリケーンですとか害獣なんかを、王候補の庭に魔物として召喚することができます。それを倒していただくことで国王陛下のお手伝いをしていただきたいのです。通常時には庭は『統べる者の庭』と呼ばれ、王と王配のみが足を踏み入れ魔物を討伐していらっしゃいますが、王配殿下を亡くされおひとりでの庭での政務には支障がありますので、国王選定の儀の最中には王候補の皆様にご協力を賜っております」


「つまりこれは王になったらやらなきゃいけない政務のひとつなのね?」


「そうなります」


「じゃあやるわ。慣れておかなきゃいけないものね」


 サラが納得したところで、エトガルが飴を持ち出した。



「ちなみに魔物に応じて陛下から報酬が下されますので、バザールで物をお求めいただくことも可能になりますよ。新たに従者をお雇いいただく際にもこちらの報酬をお使いください」


「バザール!」


「収入源にもなるってことですね」



 要するに、どうあっても魔物退治は避けられないということだ。


 先程もバザールに目が釘付けになっていたサラは、維緒の手を取った。


 サラにとって実際触れるかどうかはあまり問題ではないらしい。



「アストライア風の服を買いましょう、維緒。早く馴染まなきゃ。絶対に可愛いわ」


「そうだね、楽しみ」



 こんなに好きそうなのにサラはその服を着れないというのはかわいそうだなと思った。


 その分着せ替え人形になるくらいは付き合ってあげるのも仕方がないだろう。


 しかし維緒はこの場では話の続きを優先した。



「王配殿下って王妃様のことですか?」


「左様でございます。国王陛下が男性であっても女性、即ち女王であってもご本人及びその配偶者の待遇が変わらないことを示すため、アストライアでは王妃、王婿どちらをも王配殿下とお呼びしております」


「随分と平等なんですね。私の世界では歴史的に、女王が立つときにはその夫が共同統治する王となるか、大きな権限のない立場として女王を盛り立てるかで、王妃と変わりないような配偶者の立場に立てることはあまりなかったはずです」


「平等というかは迷うところですが……国王陛下の持つ『王の意志』で果たされるご公務と、王によって渡される『王配の意志』で可能なご公務の範囲が明確に違いますので、その性別によって権限を増減させることに意味を見出せません」


「なるほど。制度的な事情もありそうですね」



 男女が平等な方がサラが王位に就きやすいかと思ったが、残念ながらそうとも言えないらしい。


 ともあれ意味がわかったところで、サラには申し訳ないがお茶をいただく。


 紅茶がとてもよい香りだ。



「でも王配様が亡くなったらすぐ王選定になる意味がわかったわ。魔物退治の手が足りなくなって困るからなのね」


 サラの言葉で王選定が今このタイミングで行われている意味がわかった。


「それに加えて、陛下も殿下も亡くなってから王選定を行っては、選定期間中統治が滞ってしまうからという理由もございます」



「次の王様が決まってないのなら両方亡くなってしまうとたしかに危機的ですね。王様が先に亡くなって王配様が残るパターンはよりややこしいことになりそう」


「時々あることですが、お察しのとおりですね。王選定が始まって最初の8月に王の意志が現れ新王が立ちますので、どんなに長くても一年以内には解消されますが」


「必ず8月に次の王様が決まるの?」


「はい。今は4月ですから、4か月間の王選定になります」



 知らなかったわ、とサラが呟いた。


 つまり維緒もこの夢に4か月は付き合うことになるということだ。



「4か月はみつからないことが確定してる王の意志を今から探すのってなんか釈ね」


 維緒がこぼすと、


「でもちょっと気が楽じゃない? すぐ見つからなくても落ち込まなくていいんだもの。王候補の庭にヒントがあるのは嘘じゃないんでしょうし、頑張りましょう」


 サラの方が前向きだ。



 いや、サラは今までのどの場面でも前向きだったような気がする。


「その考え方、見習うことにする」


 やりたいことのために頑張るのは、実入りに関係なく大事なことだ。



「王候補の庭への降り方は、庭の入り口に移動してご説明いたしましょう。まだお時間に余裕があるようでしたら私が案内いたしますが……」


 そう言ってエトガルが維緒の顔を覗き込む。



「時間に余裕、ってもしかして、私が起きるまでの時間のこと?」


「依代様が夢から去ってしまいますと、おふたりが次にアストライアにお越しなのは次の夜になりますから」


「あ、私のことも維緒でお願いします」


 すかさず訂正する維緒に、エトガルが出鼻を挫かれたようにがっくりした。



「はい、維緒様。現在の『日本』の時刻は午前6時の少し手前です。お目覚めいただくには最初にお会いした『円環』からアストライアを出ていただく必要がございます」


「日本の時間がわかるんですか」


「アストライアの日時とは異なりますが、暦から計算することは可能です。アストライアにおいてあまり一般的な知識ではありませんが」


 時計があるとかそういうことではないらしい。



「差し出口ですが、エトガル卿にしか計算できませんよ」


 ヨルンがおずおずと言い添えた。

 たったひとり日本の時刻計算ができるエトガル卿とは一体。



「エトガルさんは何者ですか」


 思わず口に出すと、ヨルンから答えが返ってきた。


「エトガル卿は先王殿下のご子息で、国王陛下のご即位にも尽力された立役者のため、異世界の事情に詳しくていらっしゃいます」


「ヨルン、余計なことは言わなくてよろしい」


 エトガルが鬱陶しそうに片手を払うのが、それを聞いた後では尊大な仕草に見える。



(ガチで偉くて有能なんだこの人)


「エトガルさんってすっごくご立派な人だったのね」


 サラの素直な感嘆に、エトガルが逃れられず肯定した。



「私が『日本』にやや親しみがあるのは、そういった理由からです」


「エトガルさんに案内してもらえて私はラッキーですね。でも6時ですか、うーん」


 昨日は木曜日だった。

 ということは今日は平日だ。起きないと確実に遅刻する。



(でもなあ)


「エトガルさんが案内してくれるのってもしかして今日だけだったりします?」


「そうですね。明日からはヨルンが付きますから」


 そうだろうな、とは思うが。エトガルがいてくれないのはやや不安な気がする。



「エトガルさんがいないとちゃんとできるか心配だわ」


「それなんだよね」


 サラも同じ気持ちのようだ。と思うと、


「私も見ていないところで貴方方が何をしでかすかと思うと心配になります」


 なんとエトガルさんも同じ意見のようだ。


 しかし私たちの評価はそんな感じか。

 さもありなん。



「よし。みんな心配なら仕方がないですね。やっぱり今日やりましょう」


「本当に大丈夫ですか?」


 飲み終えたカップを置いて立ち上がる維緒を、エトガルが懐疑的に見上げる。



「一度目覚めて休暇申請をして、10分で戻ります。それくらいなら待っていてもらえますよね?」


「それはもちろんですが」


 エトガルが日本に詳しいというのは間違いないだろう。


 一般的な起床時間や、出勤時間にさほど融通が利かないことを理解しているのだ。



(今週は仕事立て込んでないし、先輩にはこの前の休日に代わりに出勤してあげた貸しがあるし、しれっと三連休にしても問題はないな。うん)


 幸い維緒はそこそこうまく立ち回っているし、仕事人間でもない。そして維緒の会社はリフレッシュ休暇に理解がある。


 もちろん当日申請は褒められたことではないが、目こぼしをもらえる範囲でもある。



「あ、サラも起きるのが遅くなっても平気?」


「平気よ。念のため昨日のうちに朝ご飯を作ってから寝たの。叔父にもアストライアに来ることを伝えてあるから起こされることもないわ」


「じゃあ善は急げということで」


 エトガルにも立ち上がるよう促すと、苦笑をこぼされた。



「ふたりとも大変行動力が豊かでいらっしゃる」


「だから一番乗りなんじゃない?」


「私は難しいことを考えるのは苦手だから、なんでもまずやってみることにしてるのよ」


「一周回って深い気もする」


 潔すぎるサラの言葉には維緒は感心した。



「このお嬢さん方の護衛は大変ですよ、ヨルン」


「はは……」


 エトガルの指摘に、ヨルンは言及を避けた。

 賢明である。


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