王候補の庭で1
「私たちが教わっておかなきゃいけなかったのは礼儀作法よりも敬う姿勢だったかもね」
「言えてるわ」
「偉い人にキレてるんじゃないわよ」
「だってつい」
維緒とサラはどちらもエトガルに白い目で見られながら、廊下をしばし案内された。
「依代の方には、陛下から従者を一名下賜される決まりがございます。候補はこちらで見繕わせていただきましたので、これより待機部屋にご案内し紹介いたします」
「依代にっていうことは、私に? 私はサラのおまけなんだと思っていたのだけど」
維緒がそう首を傾げると、サラがころころと笑って言った。
「やだ、維緒ったら。私に従者がいても仕方ないじゃない」
「それを言ったら私こそ従者なんていてもらったこともないんだけど」
そんなご立派なもの与えられてもな、と難色を示す維緒に、すかさずエトガルが口を挟んだ。
「従者は依代の方に付き従ってアストライアの案内や調整を行ったり、万が一のことのないよう護衛をお務めしたり、過ごされるお部屋を整えたりさせていただく者です。このように私が随行させていただけるのも今日限りですので、お気に召す者をお選びいただくことをお勧めいたします」
「そっか。エトガルさんがいないと私たちじゃ右も左もわからないんだから、詳しい人が側に付いていてくれると安心だね」
「ご理解いただけて幸いでございます」
「でも気になったのですが、護衛という意味でも必要なんですね?」
廊下を歩くこの間にも要所要所で警備中の兵を見るので察するところはあるが、日本では人気のない夜道を歩くときくらいにしか気にしてこなかった安全について、このアストライアでは少し気を引き締めなければならないようだ。
エトガルは維緒の目を見てはっきりと頷いた。
「依代の皆様が護衛と縁のない世界からお越しのことは伺っておりますが、こちらではお立場上、さまざまな思惑が御身に降り掛かる可能性がございます。そういった意味でも必ずご自身の従者を側に付けていてください」
「そうね。私も誰かが維緒を守っていてくれると安心だわ」
サラも肯定したのを見て、疑問が首をもたげる。
「安心だわじゃなくて。サラの方が護衛が必要なんじゃないの?」
「どうして?」
「どうして、って」
案内される部屋は既に目の前のようで、エトガルが扉の前で止まり、こちらを振り返る。
「依代様はお気づきではないのですね。依代は実体としてこちらにお越しですが、王候補はあくまでアストライアにおいては依代によって具現化された存在です。アストライアの物に触れることもできなければ、害されることもありません。ですから王候補を排除したいと考える者は依代に危害を加え間接的に邪魔立てすることになります」
サラは知っていたのだろう。心配そうな顔をしている。
「エトガルはサラに触れないっていうこと?」
「ご覧に入れましょうか」
エトガルが握手の形で片手を出すと、サラが意を汲んでそれを握ろうとした。
見事に空振った。
サラの指先が何度もエトガルの腕を突き抜けシェイクする。
「じゃあ私とサラも……?」
「それは違うわ。自分の依代には触ることができるの」
すすっと寄ってきたサラがふわっとハグしてきた。
しっかりと重みがあって温かい。いい匂いもする。
「ほんとね」
「私は維緒がいるときしかアストライアにいられないし、アストライアでは維緒の傍から離れられないの。だからいつも一緒だけど、誰かが維緒に悪いことをしようとしても、私では助けられないのよ。えっと、そうよねエトガルさん?」
知識としてしか知らないサラがエトガルを窺うと、エトガルは「そのとおりです」と肯定した。
「わかった。私、従者を選ぶよ」
そういうことになった。
「こちらが従者の候補でございます」
その扉の先の小部屋には、ざっと10名程度の候補が集められていた。
見たところ、向かって左側には男の人が多く、右手側は女の人ばかりだが、全員が年若い。
20代らしき人が中心で、中には10代も混ざっていそうである。
「左手側の5人は日頃武官として勤める者たちで、残り5人は侍女です。お仕えする者を一名お選びください」
「武官か侍女を選ぶの? 全然違う役割に思えるけど」
「ですがどちらもお役に立てるかと。追加で従者を入用の場合は後ほどお雇いいただくことも可能でございます」
どちらにも馴染みのない維緒には追加で雇いたいと思うかどうか想像がつかなかったが、両方甲乙付け難く必要だというのならそんな日も来るのかもしれない。
武官側は男性3名、女性2名で全員が直立し微動だにせず維緒を見ているのに対し、侍女たちは目を伏せ気味にしながら楚々と手をスカートの上に添えている。
違いが大きいことだけは間違いなさそうだ。
「エトガルさん、武官の方たちはどういった基準でこの5人を揃えてくれたのですか?」
「若く優秀で、比較的真面目な人格の、よく仕えることのできる者たちを選出いたしました」
全員がそうなら誰を選んでも何の問題も起こりそうにない。
「エトガルさんのすることには隙がありませんね」
感心したような呆れたような気持ちで言うと、恐れ入ります、と返された。
「私は武官がいいなと思うんだけど、サラ、誰がいい?」
にこにこと黙って話を聞いていたサラに問いかけると、サラの目がきらきらした。
「私が選んでいいの? 私、この方がいいわ」
少しも考える様子なく、サラが左から3番目に立つ男性の前までささっと移動して腕をそっと取った。すり抜けたが。
「こちらにいらして。あなたお名前は?」
自身の右腕をすり抜けるサラの手にギョッとした顔をしながらも、男性はサラに従った。
「第二護衛隊所属 ヨルン・アッカです」
「ヨルンでどうかしら、維緒。ヨルンが一番維緒を守ってくれると思うわ」
ヨルンは白い軍服を着た中背の20代男性で、際立って筋肉質には見えないが姿勢がよい。
ウェーブの強めな栗色の髪を首の後ろでひとつに束ねている。顎上まである左右に分けられた前髪が頬骨を隠す、落ち着いた雰囲気ながら見栄えのする青年だ。
選んだ基準は顔かな? と思いながらもサラに同意する。
「よさそうな人ね。サラがそう言うならヨルンさんにしましょう。よろしくお願いします、ヨルンさん」
「心よりお仕えいたします」
ヨルンが傅いて言った。
「ヨルンと同隊のコンスタンティンは上官にこの旨伝えておくように。追って私からも転属通知を出す。残りの者は解散せよ」
エトガルが指示を出すのを聞きながら、満足げなサラに耳打ちする。
「ヨルンのどこが気に入ったの?」
「エトガルさんが話しても私が動いても維緒から目を離さなかったから。それに誠実な目をしてる」
なるほど、サラはしっかり考えて選んでくれたらしい。
複数の人物の中から迷いなくひとりを選び取ることができるのは、ひとつの才能のような気がした。
「ヨルンさん、急な配置替えでご迷惑おかけします」
「滅相もありません。王選定が開始した時点でいずれはどなたかに着くことが内定しておりましたので」
低めのいい声だ。穏やかなイケメンとはよいものである。
維緒はヨルンを気に入った。
「普段はどんなお仕事をしてるんですか?」
「陛下や文官が円環の国へ行く際の警護を行なっております」
「護衛のプロですよサラさん」
「頼もしいですね維緒さん」
「頼もしくてカッコイイ。これは優良株じゃないでしょうか」
盛り上がる維緒たちをしょうがないなというようにヨルンが見ている。申し訳ない。
「依代様にご滞在中の部屋をご案内させていただいてよろしいでしょうか、お嬢さんたち」
空気の読めるエトガルが維緒たちへゆるい態度で声をかけてきたので、
「はーい」
「維緒に部屋が貰えるの? 客間かしら」
などといそいそと後に続いた。




