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維緒と石畳の回廊

 夢だと気付かない夢を見ることは維緒にもある。


 そういうときには夢を自在にすることはできない。



 そうして起きたときに維緒はどうするか。


 夢の続きを考えながら、再び寝ればよい。


 十中八九、同じ夢を続きから、好きに動かすことができるようになっている。



 そうするうちに気付くのだ。

 夢を見ているのか、空想しているのか、わかったものじゃない。


 維緒にとっての夢とは自らの行動で未来を選び取るもので、誰かから与えられるものではないのだと。





「維緒! よかった。また会えた」


 そんな夢は掴み取る派の維緒が夢を見るのにちょうどよい眠りの深さになるなり、維緒の夢はサラに『引っ張られた』。



 いくら維緒でも、普段はこんなに夢の始まりからくっくりと意識があるものではないのだ。


 夢は大抵、どこから始まったのかよくわからない曖昧さを抱えて成り立つものなのに、その日、維緒にははっきりと、喜ぶサラの声と共に夢が始まったのがわかった。


 そして、この揺れる視界は目の前の少女に歓喜のあまり両方を揺さぶられているのだということも。



「サラ、待って引っ張らないで。揺らさないで」


 維緒がせめてもの抵抗に諸手を上げてつたえると、ごめんなさい、とサラが手を離した。


 恥ずかしそうにするのなら、やらないでほしいものである。



「ごめんなさい。でも、維緒がいるっていうことは、ここがアストライアなのね。本当にあるなんて。なんだか夢みたい」


 夢の中の少女が夢と言うのに維緒は笑いかけたが、ん? と衝動が止まった。


(待って。本当にあるとも思わないものに人を巻き込んだの?)


 維緒は賢明にも口を噤んだ。


 藪をつついて蛇を出すような真似はするまい。こうなったからにはサラとはいい関係を築いておくべきだ。



「ここがアストライア? なんだか中世の建物みたい」


 首をぐるぐると高く見回すが、感嘆の声しか出そうにない。



 立派な、石造りの建物の外に面した広い回廊部分のようだ。


 左手側の壁にはモザイクタイルで幾何学模様が描かれていて、いくつか内部に繋がる入口が見て取れるが、そのアーチ部分の石を細かく刻んだ装飾がまた見事だ。


 右手には重厚な螺旋の外階段と庭が見えるほか、目立つのは円形の厚みのある塀に囲まれたとてつもなく広い中庭だ。地面も石畳で覆われているので屋根のない建築という方が適切だろうか。


 ぱっと印象として浮かんだのが「コロッセオのようだ」なのは、塀の上から観覧できるような造りになっているからだろう。舞台のよう、とでも言おうか。



 受ける印象がヨーロッパ風なのは間違いないが、大昔のローマやギリシャの神殿にあるような太い柱の建築様式よりは明らかにもっと後世のもので、ドイツやフランスの城を思わせるゴシックのように高くそびえる尖塔や角ばった柱が見えるでもない。


 もっとまろみのある、ロマネスクか、いや、スペインのムデハル様式というべきかもしれない。


 もっとストレートに、アルハンブラ宮殿のようにイスラム様式に近いような気もする。



 維緒は、ほうほう、と静かに感動していたが、サラもまたその横で身を乗り出すようにして景色を眺めていた。


「きれいね、すてき……」


 うっとりと言うのを聞くに、サラにとってもこの光景は日常的なものではないのだろう。


 オレンジの木が辺りを彩っている。



「この建物を見れるだけでもここに来た甲斐があったかも」


 少なくとも、飛行機で十数時間もかけなければ見ることができないような建築物に、維緒の心は大層揺さぶられた。


 就職してまだ二年だが、その間もらえた長期休暇はすべて旅行に充てている維緒としては、知らない場所に赴けるというだけでもうご褒美のようだ。



 柱の石をそっと撫でてその艶やかさに鳥肌が立ち、いそいそとタイルに触れてその冷たさににまにまする。


 こういうの大好きだ。


「維緒が喜んでくれたみたいでよかった」


 サラがほほえましげに維緒を見ているのに気付いて、維緒はちょっと気まずく目を逸らした。



「ごめん、はしゃぎすぎた」


「いいのよ。だって私も同じ気持ち」


 サラがそっと寄ってきて、維緒の隣でタイルの継ぎ目をつーっと撫でた。


「ふふふふ」

「ふふふ」


 顔を見合わせふたりで肩で笑い合っていると、「ごほん」と咳払いの声がした。



「ご感動のところ大変申し訳ありませんが、ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか」


 声の主は維緒たちから3mは先、維緒たちのいる円環状のテラスを空間として区切る装飾柱の先に、かしこまって立っていた。


 サラとふたり、再び顔を見合ってから、頷き合ってそちらに向かう。



(まずい。なにしにきたか忘れるところだった)


 なにしにきたんだっけ、と昨夜の夢を思い返す。


(そう。サラが王になる手伝いをしにきたんだった)


 それでいそいそと建物綺麗さに浮かれていては駄目だろう。



「お待たせしてしまってごめんなさい」


 件の人物の目前で愛想のよいサラがにこっと笑いかけた。


 マントを身に着けた体格のよい男性が、肩を僅かに上がらせてから再度胸を張り立ち姿を整えた。


(今、サラのかわいさにびくっとしただろ)


 維緒には手に取るようにわかった。



「新王選定の儀『クアアウグスト』の一の王候補とその依代のご来邦を心より歓迎いたします」


 張りのよい声で高らかに申し述べると、左足を心持ち引き、右手をやや広げてからゆっくり堂々と右手を胸に当て腰を折って頭を下げた。見ると左手は腰に回っている。


 男性が腰に剣を佩いているので、なんとも安全そうなお辞儀の仕方でよかった、と維緒は思った。



(このお辞儀の仕方をしっかりやってくれれば左手も右手も剣には届かないな)


 剣があり、この建築様式が古い時代のもので、衣装も近代的ではないとなれば、心配しなければならないことがひとつある。


 おそらくこの世界、のうのうとするほど安全ではない。


 文明のレベルは人権のレベルとそう離れはしないだろう。


 にこりともせず眉を寄せた維緒と違って、サラはそれに平然と礼を返した。



「歓迎ありがとうございます」


 ちょこっと腰を下げたように見えたが、詳細不明。


 単純なお辞儀とも王室がするようなカーテシーとも形が違う。そもそも男性のお辞儀も見覚えのない形だが。


 真似することすらできなさそうなので、維緒も追随する形で軽く頭を下げた。



「僭越ではございますが、このアストライアについてのご教導を務めさせていただきたく存じます」


「お願いします」


「それではこちらにお越しください」



 回廊を手全体で示しながら、背を向けて歩き出した。


 非常に丁寧な男性の口調に嫌な予感がし、ついでにサラのあっさりとした返事に頭が痛くなる。



 維緒はこの夢の中の世界はおろか、現実のヨーロッパでマントを背負うような時代の服装について詳しくない。


 建築様式については推測を立てられる程度の知識があるのに対して、こちらは全くだ。


 詳しくはないが。


(この人、結構偉い人じゃない?)



 分厚いマントには皴ひとつなく、裾に帯のように細かく刺繍が刺されているし、布自体に光沢がある。


 その下の長靴にも泥はねひとつ見られない。


 対してサラが着ているのは野暮ったくもなく裾の広がったかわいらしい踝上までのワンピースだが、それほど装飾的ではない。



(階級差あるよな)


 そして維緒に至っては休日に来ていることが多いゆったりとした麻のワンピに綿100%のカーディガンをかけているだけだ。


 無意識に選んだ服装がこれだったのだろう。

 寝巻じゃなくてよかった、と心底思った。



 男性、サラ、維緒の順にアーチをくぐると、そこもまた屋根のない造りで、思いの外活気があった。


「バザールね!」

 サラが声を弾ませる。



「こちらでは両国の依頼を受けたアストライアの交易官が商取引を行っています。アストライアの民に向けての出店も兼ねておりますので、ご興味がおありでしたら後程お楽しみください」


「あとで見てみましょう、維緒」


「見てみましょうはいいけど、サラの持ってるお金と通貨は一致してるの?」


「あっ」


 きょろきょろと目を楽しませていたサラが、ぐりんと振りむいた。



「そもそもアストライアにはお金も何も持ち込めないのよ」


 どうしよう維緒、なんて言われても、アストライアに金銭が持ち込めないのなら答えを持っているのはひとりだろう。



 案内人を見ると、

「それに関しては謁見の後にご説明がございます」

 と告げられた。


 ん?


「謁見?」

「さようでございます」


「謁見」

「はい」



 聞き返しても同意しか返らない。聞き間違いではないらしい。


「するんですか? 私たちが?」


 ほぼ初めて口を開いた私に対し、案内人はやや同情のこもったまなざしを向ける。


「両国の、一番初めにアストライアに訪れた王候補に対しては、陛下が直々にお声かけくださいます」



「私たちが一番初めなのね」


 サラの物おじしない姿勢は羨ましくなるほどだ。


「両国合わせてもお一組目でございます」


 まさかの事態に、サラにこそこそ耳打ちした。



「ちょっとサラ、早すぎたんじゃない?」

「だってうまくいきすぎちゃったんだもの」


「想定してた?」

「全然。でも楽しみだわ、王様に会えるなんて初めてよ」


 度胸がありすぎる。違うか、この反応は物事がわかっていない子どもだからなのか?



「こんなのでも謁見に連れていくんですか?」


「ええ、まあ」


 案内人の崩れた口調に、通じ合いを感じる。



「この世界、不敬罪ってどの程度適用されます?」


 真正面から聞くと、しばしの沈黙ののちに返事が返された。


「さほど厳しくないので、ご心配なく……」


 そのさほどに触れないことを祈ろう。無礼ってほどではないだろう。


 そんな会話の中、サラはのんきに空を見て、「あ、カササギ」と指を差していた。

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