維緒の夢3
「三日前に新王選定の儀の開始の通達が出たの」
「しんおう、せんていのぎ」
聞きなれない言葉を、口の中で転がしてみる。
「王、を選ぶ儀式が始まったってこと?」
慎重に口を開いた維緒に、サラはこくこく頷く。
「ええ、そうよ」
簡単に肯定されてしまった。
「王の使者が諸大臣を集めて親書をお渡しになって、その晩の宮中舞踏会でお披露目になったそうよ。私は立ち会ってないんだけどね。昨日叔父様と本家に招かれて、晩餐の場で聞いたの」
(この子のかわいさに話を聞いていなかったとかそういうわけじゃなく、話が荒唐無稽すぎる)
王とか、宮中舞踏会とか、どこの世界の話だ。
「新王選定の儀の王候補になるためにはね、『夢繋ぎ』の魔法陣を組んだシーツの上で、祝詞を読み上げてから眠るのよ」
サラは維緒の手を解放し、右手と左手の指を組んで祈りのポーズをして見せる。
「そうしてね、『日本』っていう世界の人の夢をひとつずつノックして回るの。こんばんは、私を入れてください――――って」
日本という言葉に。かなり対象が限定されていたことに神妙な顔になる。
なぜ日本。
そんな白人カラーでなぜ日本。
「夢を見ている人がうまく受け入れてくれると、夢の中に円環を描かせてくれるの。夢の中の人が円環に気づいてくれて初めて、夢にお邪魔できるわ。こんな風に」
「その『夢繋ぎ』が、王候補になることと何の関係があるって?」
この少女に狂言回しを任せていてはいつまで経っても状況把握に繋がらない。
焦れた維緒が遮るように尋ねたが、サラは気を悪くしなかった。
むしろ、言葉を探しあぐねる顔をした。うまく説明できていないことには気づいているらしい。
「異世界の人に、私の依代になってもらわなくてはいけないの」
また新しい言葉が出たが、馴染みがないだけで日本にもある単語だ。
一般的には神に憑依される対象のことだと思うが、異世界人と認識が同じかどうかはわからない。
「依代?」
「王選定は王の宮『アストライア』って呼ばれる場所で受けるの。アストライアと私たちの国は円環の陣って呼ばれる移動用の魔法陣でしか繋がっていないのだけど、私たち『円環の国』の民は生身で円環の陣を通ることができないのよ」
「なんだってそんな場所で」
「他者の介入を防ぐためだとか、王候補の安全を守るためだとか言われるけど、多分王様がアストライアでお暮らしだからね。それと、もうひとつの国からの候補者も受け入れるため」
他の国からも候補者がくるなら、王は国王ってわけじゃなさそうだ。
釈然としなさを感じながらも促す。
「うん。それで?」
「それで、夢の中で見つけた依代と互いの夢を繋ぐ誓約をしてもらうの。依代には夜毎夢の中でアストライアに召喚される魔法をかけるわ。そうすると誓約によって私も夢の中でアストライアに顕現されることができるの」
「思った以上にリアリティーなしなんだけど、私は今その依代に勧誘されているわけね」
なんとか通じ合えたようだ。
「そうよ」
手順がまどろっこしいことこの上ないが、話はわからないでもない。
「私、誰よりも早く依代に会いたくて、夢繋ぎの魔法たくさん練習したわ。でもね、選定の儀が始まるまで実際に発動はしないから、一回で成功して私も驚いているの。もちろん、呼びかけに維緒が応えてくれたことにも」
口調のせいか、ふわふわした印象のサラの表情が言葉以上に差し迫って見えて、維緒は気を引き締める。
「急いでる、の?」
「私は絶対に王になるの。だから、遅れをとってる暇なんてないのよ」
そう話すサラは、きらきら輝いて見えた。
目標に向かってまっすぐな人のまぶしさに、維緒は夢の中ですらひどく現実的な自分を振り返る。
(最後に何かになりたいと思ったのって、いつ頃だろう)
少なくとも今のサラよりも大分幼い頃だったのは間違いない。
維緒は左手に握っていたソイラテのストローを咥えて一気に飲んだ。
ソイラテは氷が溶けて薄まり始めてしまっているが、未知の話に高揚する頭を冷やす効果は充分にあった。
その上で応えた。
「いいよ、なっても」
サラはここにきて何故かソイラテに気を取られていたようだ。
目をぱちぱちさせて、慌てて問い返す。
「い、いいの?」
「だって、なってほしいんでしょ。ならないとあなた困るんじゃないの?」
「それはもちろんそうよ!」
「それとも、依代になると夢から醒めなくなるとか、もう戻れなくなるとか、そういうことがあるの? それなら困るからやめておくけど」
「ないわ。本当に、夢の中で協力してもらうだけ。維緒を困らせたりなんてしないわ」
「なら決まりだね」
今まで愛想笑いと驚いた顔、考える顔しか見せなかった維緒が、にっと笑った。
サラは心底ほっとしたように、肩の力を抜いた。
「私、繋げた夢の主が維緒でよかったわ。本当によかったわ」
サラのうるうるしてきた目に、維緒が苦笑する。
「まだ何もしたわけじゃないのに、泣くことないじゃない。私は詳しいことはわからないんだから、サラが指示してくれないとあっという間にご破算よ」
「そうよね。そうよね」
サラはうんうん頷くが、そう簡単に涙は引かないようだ。
ハンカチを貸してあげたいところだが、生憎とサラの頭の上にある。
すんすんしながら、サラは指で涙を拭った。
そしてなんとか立ち直った顔で、はぁ、と息を吐く。
「待たせてごめんなさい。まずは依代の誓約をしましょう。簡単よ。両手を出して」
維緒がソイラテの紙コップを足元に置くと、サラが維緒の両手に指を絡ませた。
サラの右手と維緒の右手、サラの左手と維緒の左手を、それぞれ指が交互に絡み合うようにだ。
「『古の女神アストライアと聖女コマヒメに誓約する。我が依代をこれに定め、我が夢を両の腕の円環に託す。我が依代を其の庭に招き入れよ』」
一言一句間違わないようにか、サラは意識してゆっくりと誓約の文言を唱える。
空を見上げて唱えたのは、その方が伝わりそうな気がしたからだろうか。維緒にはそう思えた。
何が起こるかワクワクしていたのだが、一瞬、繋がれた両腕の内側が陽の光を反射したように見えたくらいだろうか。
変化はそれだけだ。だが、サラは安心して手を離した。
「ありがとう、維緒。これで、維緒は眠るたびにアストライアの夢を見るわ。私は同じタイミングで眠らないとアストライアに行けないから、維緒より早い時間に眠るようにするわね。私、いつも早寝なの」
維緒がひとりでアストライアに着いてしまっても困るだろう。
その提案には維緒も頷き言った。
「私はいつも早くても12時くらいにしか寝ないけど」
「12時って、夜のどれくらい?」
「日付が変わるくらい、かな」
「真夜中ね。私絶対にそれより前には寝ているわ」
サラはかなり健康的な就寝時間で生活しているようだ。
「明日、アストライアで会えるのを待ってる。きっとよ、維緒」
待ち切れないように明るい笑顔で言うサラがなんだかんだ可愛いので、維緒も目を柔らかく細めて立ち上がる。
「私も楽しみにしてる。サラに付き合うと退屈しなさそうなんだもの」
そう言う維緒の茶色い瞳も、面白がる色でキラキラしている。
維緒の顔立ちはサラとは違って至って地味だ。しかし顔も顔のパーツも小さいのに目が際立ってぱっちりしていて、その目が驚きや好奇心をそのまま映し出す。
純日本人らしく明るみのない黒髪も、一本一本の細いそれが首の後ろで括られて、小さな頭がその形を露わにしている。
小刻みに周囲を見回すのがどことなく小鳥のようだ。
「さて、そろそろ時間かな。行かないと」
頃合いだろうと、維緒が夢の終わりを告げた。
目についたハンカチの端を引っ張り落とす。
「これ、ごめん。ずっと乗ったままだったんだ」
「え? どうしてハンカチ?」
サラはおかしくなって笑いながら、今日の別れになんて声をかけようか考える。
逡巡したが、やはり、一番伝えたいことにした。
「じゃあ、今夜アストライアで」
「うん。アストライアで」
にこりとして応じた維緒は、わくわくした気持ちでこの奇妙な夢に編集点を打った。