鏡の先で宵闇の探索を2
「って、紘也さん、どうしてここに?」
「維緒さんこそ。ひとりですか? 護衛の人いないんですか?」
「置いてきちゃって」
「あーあ、ヨルンさんかわいそ」
「違いますよ。今日の護衛はヨルンじゃないんです」
「マジかわいそ」
ヨルンばかり付き添ってくれるから、紘也は維緒の護衛はヨルンしか知らないのだろう。
そう思って否定すると、紘也が人の鼻毛を指摘しにくいときのような顔で笑った。
「維緒さん鈍い?」
「そうかもしれない……」
「あんなに一瞬も目を離さないで護衛されてるのに? 俺触ろうとして怒られてるのに?」
「…………まあね」
紘也はそれ以上明言しなかった。
「でも、俺が言えたことじゃないですけど、維緒さんちゃんと護衛連れて歩いた方がいいですよ」
「そんなにここ危ないですか?」
維緒は、当初はエトガルの佩剣を気にしていたことを思い出す。
危機感とは無縁のサラの態度と、エトガルやヨルンたちとの良好な関係を前にそんなことはすっかり忘れていた。
「危ないっていうか……、今王候補ってヒイラギとサラさんだけじゃないですか。で、ヒイラギは今の王様の血縁でしょ。ってなったら、維緒さんに退場してもらってヒイラギ王座に就けたい人って、多い上に大物そうじゃないですか」
「考えてなかった……」
「ヨルンさんとかあの文官の人、そういう話してくれないんですか? 俺は大体の立ち位置聞いて、現王の敵対勢力教わった上で好き勝手してるんだけど、維緒さん大丈夫ですか?」
「私、もうちょっと護衛の意味真剣に考えるべきでした?」
「俺も、この世界は権力の場にしてはかなり平和ボケしてるから、そんなに即危険だとまでは思わないですけど……まあ、はい」
来たばかりの紘也がしっかりとこの世界での立場について確認を取っているというのに。
維緒はさすがに反省した。
サラと比べればまだ用心深い方だし、それなりに気を付けていると自認していたので尚更だ。
「それで、紘也さんはどうしてここに?」
「昼寝したらアストライア来ちゃったから、うるさいヒイラギのいないうちに探索でもしようと思って。そしたら、足音と知った声が聞こえてきたから、何してるんだろって寄ってきましたよ。維緒さんは?」
「似たようなものです。今日、天気がよくてお昼寝日和ですよね」
「ちょうどよく日曜ですしね。お互い従者泣かせですね」
奇しくも同タイミングで午睡を楽しんでしまったらしい。
この世界がもう少し気を付けなければいけない世界だとしても、たったひとりの依代仲間が親近感のわく相手でよかったな、と維緒は思う。
ひとしきり笑いながら、紘也がランタンを掲げて辺りを見回した。
目をとめたのは家系図の方だ。
「ところでこれって?」
「昔の王様の家系図みたいですよ」
「へー。昔は依代と王様の子どもが結婚したりしてたんですね」
意外な指摘に、維緒は顔を寄せる。
「え? どこですか?」
「コレ、ここ。依代を古代文字で書くとこうなるんですって」
紘也が指差すのは、名前の肩書のように名前の上に小さく付記されている部分だった。
「古代文字の読み方なんて、これよく知ってましたね」
「依代の契約が胡散臭かったから、ヒイラギにめっちゃ食い下がって聞いたんです。持ってた本開かせて、この呪文解説しろ――――って」
「紘也さん、用心深いにも程がありませんか?」
「俺もやりすぎたかなとは思ってる。でも、おかげで今はヒイラギのこと、全面的に信用できるし、最初に疑っておいてよかったとは思ってますよ」
軽めな態度の割に、本当に慎重な性格なのだろう。
もしかするとあえて護衛を外してのこの探索にも、紘也なりの意味があるのかもしれない。
維緒は依代の契約のときを思い浮かべたが、維緒はアストライアに関する本を見たような覚えはない。
「サラは本なんて持ってなかったなー。って、待って。依代いっぱいいませんか?」
紘也の指先の文字と同じものが、四代の子の妻か夫の欄にも書かれている。
そして、そのまた子の配偶者の欄にも。
「本当だ。こっちにも、そこも依代」
紘也が見ているのは三代目の王の家系図だ。
見る限り、王配の欄に依代と書いてあることはない。
しかし、その他の欄には、結婚相手の半数近くは依代なのでは、というような確率で、依代という文字が登場している。
「依代って新王選定の儀が終わったらお役御免なんですよね? なんでこんなにたくさんの依代が、ここで結婚してるの?」
新王選定の儀がいつ始まろうと、選定時期は必ず八月。
アストライアにほぼ一年いることのない依代が、ここで結婚し、あまつさえ子を成すなんていうことが可能だと、維緒には到底思えない。
維緒よりもよほどその辺のジャッジの厳しそうな紘也の顔を見ると、紘也はやはり、厳しい顔をして、依代という字を指でなぞっていた。




