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鏡の先で宵闇の探索を1

 高い天井、壁には細かなタイルとステンドグラス、重厚な教壇、女神像、――――ここはまがうことなく神殿だろう。


 こんな時間でも燭台に灯りがともっている。



 念のため振り返ると、今しがた飛び越えた鏡はこちら側からは認識できなかった。


(問題は私の部屋側から見えてるかだけど、こればっかりは確かめたことないんだよね)


 すぐに戻れば問題ないだろう、多分。


 ルートガーはしばらくは部屋を覗いたりしないでおいてくれる気がする。



「さて。今まで気にしたことなかったけど、アストライアは一神教なのかな? 祈りの場は全部女神アストライア向けみたいだものね」


 例によってこの神殿にも、あちこちにあったのと同じ女神像が大きく鎮座している。



「せっかく祈りの場なら、お作法はわからないけどお祈りしておこうかな」


 神社もお寺も、境内に入っておきながらの素通りはなんとなく気が咎める。


 維緒は女神像の正面に回り込んで手を合わせた。


「サラが無事王様になれますように」


 お地蔵さんに手を合わせるのとほぼ同じ祈り方だ。

 もちろん何も起こらない。



(世界を変えるほど祈ってはいないもんね)


 いくらサラを応援したいとはいっても、維緒が夢を改変してサラを王様にしてしまっては、アストライアと両国の人たちがかわいそうだ。


 そして、『それができるのか?』という問題もまた別にある。



(人の心や立場に影響を及ぼすような夢の変え方はしたことがないけど、そもそもできるのかな? 私は、できない方が安心するな)


 そういう意味でも、維緒のこのお祈りは単なるお祈りである。



「サラが王様になれるように、できる範囲で協力しよーっと」


 正面の女神アストライア像は掘りの深めな顔の美女で、サラと似ているとも似ていないとも言えるような顔立ちだ。


 そのことにくすりと笑いながら、維緒は左右を見回す。



 女神像からかなり下がった位置に、左右それぞれ彫刻像が鎮座している。左に一体、右に二体。


 ふらりと左の像に近寄ると、掘られているのは控えめな微笑みを浮かべる可愛らしい雰囲気の女性だ。


 前髪を作らず、一部が胸の高さでぱつんと切られ前に垂らされた髪型が日本人形を思わせる。


 そう思ってから再度見ると、顔のつくりや表情もどこか日本人らしい。



 維緒の疑問は足元の台座を見ることですぐに解消した。


『聖女コマヒメ』


(どう考えても日本人のお姫様の名前だわ)



 依代を日本人に限定するルーツが見えた気がする維緒だった。


 もしかして聖女は依代としてアストライアに来た最初の人なのだろうか。


 エトガルに後で聞いてみようと思う。



 維緒は次に、右側の二体の像に目を向けた。


(こっちが聖女なら、向こうはなんの像かな?)


 近付いて、今度は足元から確認する。



『原初の王シンファツェツェと原初の王配ルーメイア』


 最初の王様について考えたことはなかった。


 もしかして、初代から今に至るまでの王様の記録が残っているのだろうか。


 アストライアの民ひとりひとりが自分の家系について語れることを考えると、ないとは思えない。



 維緒は像から真っ直ぐ伸びるように、広い脇道があることに気づいた。


 そしてそこにたくさんの絵画が掛かっていることにも。


「これはもしかして、歴代の王様なんじゃない?」



 さすがに奥まで燭台を置かれてはいないようなので、木製の長椅子の下から煌々と光るランタンを取り出した。


 当然のことながら維緒が「ここにランタンがあったらいいのに」と考えて生み出したものである。



「やっぱり。最初の王様と王配、二代目の王様と王配、……肖像画の向かいにあるのは、最初の王様から始まる家系図かな?」


 細かい字ではあるが、人の名前が次々と継ぎ足されている様子がある。


 上の方の名前はアルファベットでも日本語でもなく読めないけれど、下に行くに従って名前がカタカナ表記に変わっている。


 下から2番目の列に、知った名前を見つけた。


 『トウノヤ』は紘也の従者の名前のはずだ。



「サラやエトガルたちと言葉が通じるのって、自然に受け止めてたんだけど、文字もカタカナってことはみんなが日本語で話してるって思っていいのかな。途中から日本語に変わった? そんなことってある?」



 家系図の上の方の文字は、円環の魔法陣を模様のように彩っている文字――――サラが『ヘウレーカ』と読み上げていたのできっと文字――――に似ている。



 依代を日本人から集めていること、日本にしかないはずの「いただきます」、日本語、聖女のルーツ。


 今挙げられるだけのことで考えても、維緒の想像以上に、アストライアは日本から影響を受けているようだ。



 それに、ヒイラギやトウノヤは明らかに日本名である。


 その割にエトガルやヨルンの名前はヨーロッパ風で、ハオシェンに至っては中国風の響きですらある。



「よくわからないな、アストライアの事情」


 コツコツと硬い床に足音を立てながら、二代目、三代目と家系図を眺める。


 全ての文字がカタカナになるのは六代目からのようだ。



 肖像画と家系図はまだ続いているようだが、奥まではさすがに燭台の光も届かない。



「すごい歴史の長さ。まだまだ続いてるよ。今の王様は何代目なのかな?」


「今の王様は20代目で、ヒイラギたちが争ってるのが21代目の王座だって」


「21代目かあ……えっ? きゃ!」



 突然の返答に驚いた維緒が、咄嗟に振り返りながらランタンを振り回す。



「うわっ。火ー危ないって!」


「え、紘也さん!?」


 維緒の振り上げたランタンを掴んだ紘也が、そのまま腕を高く上げた。



「驚かせたのは悪かったから、コレから手離して!」


「ごめんなさい!」



 ランタンの炎が大きく揺れているのを見て、大人しく手を開く。


 紘也が焦った顔でランタンの上下を正し、火が落ち着くのを見て「はーっ」と安堵を息をいた。



「びびったー。そんな反応が返ってくるとは思わなかった」


「スミマセンデシタ」


「いや。俺がいきなり声かけたのが悪いんです。俺こそすみません」



「なんで謝り合ってるんでしょう」


「いやホント」



 こんな真夜中に謝り合っているのがおかしくなって笑い出すと、紘也も一緒に笑ってくれる。


 一気に気持ちが緩んだ。


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