二組の王候補と『維緒の夢』
「ヒイ様お疲れさま! とってもかっこよかったわ」
「ありがとう、サラさん」
サラのように目を輝かせるつもりはないが、ヒイラギは普通にかっこよかった。
普通にとは、サラのようにトリッキーではないということだ。
「ヒイラギさん、メメヤミ倒してくれてありがとうございます。危なげなかったですね」
「ヒト型は割と得意なので、なんとか」
「いやいや。もーちょっと苦戦の末に見せ場を作ってほしいところでしたよね、維緒さん」
「それもいいですね……と思いましたがヒイラギさん、少し縮んでます?」
王候補の庭の中でヒイラギは、終始スマートに剣をふるい、メメミヤの動きに合わせて間合いを取っているように見えた。
だが、ヒイラギの頭の頂が、今は隣に立つサラの頭の少し上にある。
本来は紘也よりも身長が高いはずだ。
ヒイラギが恥ずかしそうに、困ったように眉を下げて笑った。
「ちょっとやられてしまいました。お恥ずかしいです」
「本当ね。ちょっと若くなってるみたい」
「この身長なら、サラさんと変わらないくらいの年齢のときでしょうか」
普段から穏やかに笑う人だが、こういう風に自信なさそうに俯き加減で笑うのを見た覚えはない。
言葉遣いも敬語になっているし、10代の頃のヒイラギはこんな感じだったのだろう。
「目線の位置が変わるって新鮮ね。……もしかして身長RPGって元から背が高い人の方が、成長期あたりで踏みとどまれて有利なのかしら」
「あー。身長が『体力』みたいなもんですからね」
サラがふと真顔で考え出す。
紘也は久々に自分よりも低くなったヒイラギの頭にぽんぽんと手を置いて言った。
「サラの身長が高かったとしても、サラにはできるだけ怪我しないでほしいよ。できるだけ遠くから立ち回れば身長の影響は少ないじゃない?」
「維緒は案外こわがりよね。少しくらい縮んでも私は気にしないのに」
「っていうと、サラさんは遠距離からの攻撃がメインですか? 円環の方々は魔法が得意な方が多いと聞いていますよ」
「そうよ。維緒からもヨルンからも、ボスにはあまり近づかないように言われてるの。ね、ヨルン」
維緒の後ろに目を向けるサラに、ヨルンが低い声で「そうですね」と同意した。
紘也がそれで改めてヨルンに目を向ける。
「維緒さんはいつもその人連れ歩いてるんですね。最初からですか?」
「そうですよ。一番最初に従者になってもらって、それからずっと一緒にいてくれてます。紘也さんの従者さんは?」
「うちは俺のってよりはヒイラギのですよ。一応護衛はついてるんです、遠くに。ヒイラギが指示出してるから俺はよく知らないんですけどね」
うちはエトガルに口酸っぱく、必ずヨルンを傍に置くよう言われているが、なんとそのペア次第のようだ。
「紘也は堅苦しいの苦手って言ってましたから、距離を取って護衛するよう命じているのです。彼らも仕事をしていないわけではないのですよ」
「遠くにいてほしいなんて考えたこともなかったわ。維緒は?」
「うちのヨルンは、護衛どころか道案内も、話し相手も、報告役まで務めてくれる働き者だからね。むしろヨルンが傍にいてくれないなんて考えられないわ」
ふたりからの厚い信頼の視線に、ヨルンが小さくはにかむ。
「こんなに重宝されて、果報者ですね、ヨルン」
「はい」
維緒たちの意識ではヨルンに助けてもらっている維緒たちがラッキーなのだが、ヒイラギ目線だとそうなるらしい。
(護衛に『命じる』人は言うことが違うな)
「ヨルンがいてくれて私たちが幸せ者なのよ」
維緒とは違って言葉に出してヨルンを労わるサラはさすがだ。
維緒は維緒にできることとして、サラにひそひそと笑いを届けることにした。
「そうだね。ヨルンはエトガルが近付いてきたら教えてくれるし、買い食いしても黙っててくれるしね」
「ふふふふふ。やだ維緒ったらー。ちゃんとヨルンにも口止め料にってお菓子買ってあげてるじゃない」
「楽しそうですね」
「買い食いかぁ。あのバザールで?」
突然ふたりできゃっきゃし始めたふたりに対して、完全に乗り遅れた男性陣。
維緒は、はっとしてサラで遊ぶのをやめた。
「そうですよ」
「あれ食べてみたかったんですよ。さっきサラさんお菓子食べてたけど、ってことはヒイラギも物食えるってことですよね」
「試してみますか?」
「やってみるやってみる」
バザールを指差して尋ねる維緒に、紘也が大きな笑顔で乗っかった。
「行こうぜ、ヒイラギ」
「はい。行きましょうか、サラさん」
この短い間に、サラとヒイラギは王候補の庭を指差しながら肩を寄せ合っていた。
呼ばれてすぐに振り向いたヒイラギの顔は心持ち残念そうに見える。
そして、若くてもヒイラギはヒイラギということか。
忘れずサラに手を差し出す姿に、維緒は思わず聞いてしまう。
「こっちの世界ではエスコートするのが普通なんですか?」
「したければする程度ですよ。サラさん、迷惑でしたか?」
「ううん。女の子扱いされてるみたいで嬉しいわ」
サラが喜んでるならいっか。
維緒は結論を出したが、同時に不安になった。
ヒイラギとサラは維緒が目を離すたびに仲良くなっていくが、いいことなのだろうか?
王候補同士だという事情よりも、維緒には、こんなに近くにいるのにふたりが仲良くなっていく過程が全然見えてこないことの方が気に掛かる。
考え込みながらふたりの後を追っていると、背後からヨルンに三度、歩く方向を直された。
よっぽど前を見ていなかったらしい。
「維緒さんの方がエスコート必要なんじゃないですか?」
隣を歩いていた紘也がふざけて手を差し出すのを見て、維緒も手を伸ばした――――が、ヨルンの腕がすっとふたりの間を遮った。
「申し訳ありませんが、お控えください」
「おお! SPっぽい。すみませんでした、ヨルンさん」
紘也はあっさり手を引いたが、維緒は戸惑った。
止められるようなことではないはずだ。
「ヨルン、なんで?」
「申し訳ありません」
ヨルンに答える気はないようだ。
ヨルンの毅然とした顔を見ながら、維緒の頭は疑問符でいっぱいになった。
先行していたサラが維緒たちを振り返り、何も気づかずに声をかける。
「維緒、見て見て! スティックになったパイよ。おいしそうじゃない?」
「お、肉入ってますね。おいしそう」
「本当だ。間食にぴったりだね」
「でもこれ食べたら、俺たちはリアル身体に溜まるってことですよね」
「それを言わないで……」
賑わったところで紘也の一言が刺さる。
わいわいしている傍でヒイラギが会計を済ませてくれた。
なお正確には侍従が売買交渉をしている。
どちらにせよ、できる男のスピード感。
維緒は受け取ったパイの片方をサラに手渡して、そのまま腕を組んだ。
「紘也さん、ヒイラギさんに手渡してみて。手渡した後もどこか身体の一部に触れていてあげてくださいね」
「ほい。ヒイ手出せよ」
「どうぞ!」
ヒイラギは想像よりも大きな動きで手を差し出した。
落ち着いた見た目よりも、もしかしたら、楽しみにしていたのかもしれない。
身長が縮んでいるせいだろうか。
そういえば表情も、大人のときよりも心持ち読みやすいような気がする。
「あ、持てます!」
「ってことは?」
「んん、むぐ……。食べられます!」
「うまい? うまい?」
紘也が背後からヒイラギの肩を両手で掴んで、によによとヒイラギで遊んでいる。
「パリパリです」
「みんなも食べてみましょ」
サラの声をきっかけに維緒と紘也も食べ始めたが、すべて飲み込んだヒイラギが力の抜けた顔で頭を右に傾ける。
「来た初日に紘也からペン渡してもらったけど、地面に落ちたんじゃありませんでした?」
「あったあった。あれ、ヒイラギに触ってなかったからなのかな」
「うーん。思い出せません」
物を渡すときに相手の身体に触っているというのはなかなかレアケースなのかもしれない。
「にしても、すごいですね。どうやって気づいたんですか?」
「サラといちゃいちゃしてたらかな」
「ヒイラギといちゃいちゃはしないなー」
「してたらびっくりですよ」
ねー、とサラと顔を見合わせて笑い合う――――と、その笑顔は、あのピクニックの日にオレンジの庭で見た笑顔を思い起こさせた。
維緒はあの日、サラに楽しい時間を過ごしてもらいたいと願っていたことを思い出す。
(あれ? 私、もしかして『サラも食べれたらいいのに』とか思ったんだった?)
ふと背中を汗が伝った。
(そういえばここって、夢の中の世界なんだった。ってことは、そういうことなんじゃ……)
維緒の夢はいつも決まって明晰夢。
特技は、夢を自在に操ること。




