二人目の王候補4
せっかく楽しそうなところだが、サラの意識はこちらに戻してもらわなければいけない。
今日の目的は、厳密には、親睦を深めるお茶会ではないのだから。
トントン、とサラの腕を人差し指で軽く叩いて合図をし、維緒が本題に取り掛かる。
「ところで、身長RPGが順調そうなら、お願いしたいことがあって声をかけたんです」
「身長RPG?」
「ボス討伐のことだって」
「ボス討伐?」
早くも使っている単語が違って話が躓きかける。
「よし、整理しよう。魔物はボス。あれ倒すのがゴールだから。いいですか?」
「わかりやすいです」
紘也が身長RPG周りの単語についてまとめ出したが、なるほど、事前に共有しておいた方がわかりやすい。
維緒は話に乗ることにした。
「王候補の庭って、なんか単語感ないから、コロッセオでどうですか? 似てるから」
「わかる」
「コロッセオでボス倒すことを、身長RPG、で合ってますか?」
「その通りです」
「これで大分話しやすくならない?」
「さすが!」
現代日本寄りの感性で、維緒にはとびっきりわかりやすい。
「あとコロッセオの周りの石板はコントローラーかな」
と言う紘也に、維緒は笑った。
そして、維緒が気を抜いたときには大体サラが助け舟を出してくれる。今回も、笑う維緒の隣で話を続けてくれた。
「身長RPGで倒してもらいたいボスがいるのよ」
適応力の高いサラは早速用語を使いこなす。
「倒してほしいボスですか?」
「メメヤミっていう、目の見えないヒト型の魔物――――ボスなんだけど、私と相性が悪くてうまく倒せなくって」
サラが言葉を尽くして説明しながら、「エトガル、メメヤミ出して」と両手を合わせて甘えた声でお願いする。
エトガルはサラのおねだりポーズに一切の反応を返さずに資料をテーブルに滑らせた。
仲良くなったかと思ったが、相変わらずふとした時にサラに対して極寒対応をする文官である。
さては甘えた態度がお気に召さなかったな、と維緒は分析する。
「病を具現化したボス、メメヤミですか。見たことはないけど、ヒト型というだけで他に能力的な特徴がなければ問題なく倒せるでしょう。このボスを優先して倒さなければならない理由が?」
倒せると言うだけで、倒すと言わないヒイラギのビジネス対応に、維緒は為人を理解し咀嚼した。
「サラのいる街が近いのよ」
サラが詳細を話そうとするのを手で制して、シンプルに理由を告げた維緒を、ヒイラギが興味深そうに見つめている。
(この一言で引き受けないのなら、ヒイラギとは親しくするべきじゃない)
その思いで維緒がヒイラギの目を見つめ返すと、その目は存外に親しみのこもったものだった。
「それなら、病が広まらないようすぐにでも倒さなければいけないね。紘也、この後もう一戦付き合ってもらってもいいかな」
「やりますか」
明るく引き受けてくれた男性陣の返事に、維緒はサラと目を合わせて微笑み合った。
「これは応援にいかなければいけないでしょう!」
「そうよね、維緒」
「そうですねサラさん」
「ね、ヒイ様。私たち、見ててもいいかしら」
「いいですよ、サラさん。行きましょうか」
椅子から立ち上がり、笑顔でサラに手を差し出したヒイラギと、そこに手を乗せようとしたサラは、どちらも直後がっかりした顔をした。
「そうでした」
「そうだったわ。王候補同士も触れないのね」
しかしヒイラギは手を下ろさない。
「では、気分だけでもエスコートさせてくれるかな」
「素敵ね!」
彼はなかなかめげないタイプだ。サラは嬉しそうにヒイラギの手の上の位置に手を差し出して、立ち上がった。
そのままふたりで歩き出すのを見て、紘也と苦笑し合う。
「ヒイラギさん、紳士だね」
「あれ恥ずかしくないのかな。ないんでしょうね」
これが文化の違いというものなのだろう。
勿論手を繋ぐことなく歩き出した維緒と紘也は、自然と並び合いながら話をする。
「維緒さん、オンラインゲームやったことありますか? スマホアプリのゲームとか」
「ううん。ゲームは全然できないんです。得意じゃなくて」
「女の人、そういう人多いですよね。俺結構やるんですけど、こうやって全然知らない人と話して、同じ目標に向かってあれこれするのって、ゲーム上の友達と話すみたいで楽しいです」
「じゃあ紘也さんは、こうやって初めて会った人と話すのに慣れてるんですね」
「維緒さん、違和感ありますか?」
「うーん。名乗られるままに呼んでみてますけど、そういえばまだ紘也さんが普段何をしてる方かも知らないんですもんね」
見た目がはっきりしてるだけで、他は何も知らないな、と維緒が紘也をまじまじと見ていると、紘也が気まずそうに提案した。
「お互いの個人情報的なところは、このまま内緒にしておきませんか? 話の流れで話せる範囲は俺も話しちゃいますけど、維緒さん女性ですし、危ない橋は渡らない方がいいと思うんですよね」
「紘也さんしっかりしてますね!」
言われてみれば、全く何の繋がりもない相手と話すときには容易く名乗ったり、住居の特定の足掛かりになるようなことを口に出したりはしない。
維緒は、アストライアの不思議さに――――もしくはサラのほのぼのとした態度に緩みかけていた気を引き締め直した。
「俺その辺の管理緩くて、散々痛い目見てるんで、いい加減学びました」
「痛い目?」
「あくまでもゲームの中で仲良くしてた女の人から、今あなたの住んでる市に来てるよって連絡入ったりとか」
「ひぃっ」
「職場把握されたりとか、ゲームやめようとしたら何十回と電話かけられたりとか」
「こわーっ」
「遠距離でいいから付き合おうって泣き落とされたりとか」
なかなかヘビーな目に合っているらしい。
一方で、単に紘也がモテるだけなのでは、という気もしてくる。言いぶりがよく合コンに行くモテる同僚と少し似ている。
「だから、維緒さんも異世界だからって気を抜いてフルネーム名乗ったり、住所特定されるようなことは言わないようにした方がいいですよ」
「肝に銘じます」
ともあれ気をつけた方がいいのは確かなので、維緒は素直に従うことにした。




