維緒の夢2
「私、誰の夢にも入れなくて困っていたの。よっぽど相性がよくないと夢繋ぎは難しいって本当みたいね。それに、逃げられたりしなくてよかったわ。驚いて話も聞いてくれないことが多いって、よく聞くもの。それに、夢の主人が女の人で嬉しい! 私、依代は絶対に女の子がいいと思っていたのよ」
美少女は大興奮のまま喋り続ける。
大興奮すぎて維緒には何も伝わらない。
「ちょっと待ってください。あなた、夢に入ってきたって言いましたか? 私の夢に、意図的に出てきているっていうこと?」
これは新しいパターンだ。
こういうのもなんだが、夢に出てくる人っていうのは大体が常識的で、どこかで聞いたことのあるような言葉を喋り出す。
新展開にして新機軸だ。
「そうよ。お邪魔してます」
「そんなの、どうやって……」
唖然とする維緒に、少女は顔を背けて、
「夢の中の人ってもうちょっと非現実を受け入れられるものじゃないのかしら?」
と呟く。
聞こえてますよ、お嬢さん。
「名前も聞かずにごめんなさい。あなたは? なんと呼べばいいかしら」
この子の発言をどこまで本気で捉えればよいのか掴めず、維緒は言葉少なに答えることにした。
「維緒です」
「維緒というのね! 知り合いになれて嬉しいわ」
サラが言うことが真実なら、どうも維緒の都合とは関係なく知り合いにならされたんじゃないかと一抹頭を過ぎるが、一般人にはどうしようもない。忘れることにした。
それよりも。
「あの。それでね」
にこにこ笑っていたサラが、今までの勢いと積極性を後ろに投げやったように、唇を噛んで口ごもるのに非常に嫌な予感がする。
ちらちらと上目遣いに様子を伺ってくるのがあざとい。
(私、壺か宗教を勧められる気がする)
半歩後ずさった維緒に気付かず、サラは握り締めた手を離さないまま、身を乗り出して言った。
「維緒、私を助けてほしいの」
「はぁ?」
「維緒の力で、私を王にして!」
美少女、サラの目はうるみながらもキラキラと輝き、斜め下から見上げるように維緒を見つめている。
その目には子どものように不安と期待がめいっぱい詰め込まれていて、それでいてすぐに身を引けるようなか弱い遠慮も見て取れる。
維緒はこの少女のことを全く何も知らないが、彼女が容姿も中身も含めた自分の見せ方を熟知していることだけは大変よくわかった。
この純粋な希望に溢れる目が曇るのを見るのは寝覚めが悪そうだ。
このか弱くけなげな少女を手伝わないなんて酷いことだ、と同性の維緒ですら思わされる。
華やかで艶やかな長いブロンドに天使のように鮮やかな頬、くすみひとつないうっとりするような唇、飾り気はないが女の子らしくふわりと広がる藤色のワンピース、そして『かわいらしい』よりも『美しい』に変わりつつある少女と女の境い目の整った顔の造作。
その何もかもが、見るものに少女を「守りたい」と思わせる記号のようだ。
あざとすぎて卑怯だ。頭が痛い。
「私にそんな権限はないと思うんだけど」
維緒が大人らしく理性的な逃げの一手を発動させると、サラは説得の姿勢に入った。
「維緒にやってほしいことは、これだけよ。今私に頷くことと、今後しばらく夢の中での時間を貸してくれること」
真剣な顔でサラが指を立てる。
「あと私と仲良くしてくれること。どうかしら?」
決まっているようで、頭上のハンカチのせいでどうにも決まらない。
「先に簡単なことに頷かせておいて、後からあれもこれも追加するのって詐欺の手法よ」
維緒が指摘すると、指を立てたサラは笑顔を引きつらせてうーんと視線を斜め上に逸らした。