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二人目の王候補2


「それはよくないですね」



 翌日、相変わらずマメなエトガルが、魔物一覧を見ながら言った。


 クレープパーティー前に倒しそびれた魔物について、ヨルンから報告を受けていたらしい。



「よくないっていうと?」


「サラ様のお住まいのすぐ近隣で発生した疫病の魔物を退治できないと、サラ様の街にまで広がってしまうのも時間の問題です。生身のサラさまが病に罹ってしまっては、どうにもなりません」


「ヒト型の魔物は病気を形にしたものだって言ってたものね」


 サラがしゅんとして、「病気が流行るのは困るわ」と言った。



「目が見えない魔物ということは、おそらく現れたのはメメヤミという魔物です。目の病が流行るときによく発生します。単にヒト型というだけではなく、詳しくお調べしておくべきでした。申し訳ございません」


「エトガルさんが悪いんじゃないですよ。事前にわかっていたって倒せないことには変わりがないんですから」


「私は身長RPGにこそヨルンについてきてほしいわ。私の魔法は相性が悪いと何もできないし、武器を使うのは苦手だもの」


「本当に、お供できたらよかったのですが」



 ところで武官が三人も増えたのになぜ今日もヨルンが傍にいるのか。


 それは、維緒が来るまで円環の前で待っていたのはイリヤだったが、来た知らせを受けて参上したヨルンとバトンタッチしたからである。


 ヨルンの負担軽減とは。解せない。



「ヒイ様に討伐してくださいってお願いしてみない?」


 サラが首を長くして窓の外を見ながら提案した。


 この部屋からは王候補の庭が見える。


 尤も実際目にできるのは石板の前に立つ紘也だけで、戦っている最中のヒイラギは見えない。


 石板に手を置いている者にしか見えないのだ。



 それはそれとして、維緒はエトガルの反応を待った。


 エトガルはメメヤミの情報の書かれた用紙を睨むようにしながら賛同した。


「よい手かもしれませんね」

「いいの?」


 思わず維緒が聞き返したが、エトガルはしれっと表情を隠した。



「当代の『王の意思』が魔物の討伐数と関係がないと決まったわけではないので、本来あまり他の王候補に魔物を譲りたくはないところです。が、被害を大きくするわけにもいきませんからね」


「『王の意思』を探さなきゃいけないのに、本当に条件もわからずヒントもないままただ王候補の庭で魔物退治をしてるしかないものなんですか?」


「うーん、そうですねぇ。過去の条件は一例にしかなりませんが、現在の国王陛下のときの話をしましょうか」


「知りたいわ」



「現陛下の選定の儀の際には、魔物を倒すと時折紋章入りのジェムが見つかっていました。意味深なので王候補たちは儀の期間中それを集め続けていると、8月になって王候補の庭に、王候補の数と同じだけの秤量皿を持った天秤が現れたのです。『王の意思』の条件は8月に提示されると言われていますから、これが条件なのだろうと王候補たちが皿にジェムを乗せ、最も皿が深く傾いた現陛下の皿に王の意思が滑り落ちてきました」



「『王の意思』ってどんな見た目なの?」


「そのときは王冠の形をしていましたがね、後程伺うと、王に取り込まれるようにして徐々に消えてしまったとのことです。ですが再び隠すことができるということは、何らかの形をもって切り離すことが可能だということなのでしょう」



「今のところ魔物を倒してもそういう変なものは見つかってないよね」


「さすがにずっと見逃してきてるとは思いたくないわね」


 前回のように早い段階からわかりやすい形を示してくれるものではなさそうである。



「ちなみにその前、我が父である先王のときには、王候補の庭に現れる魔物を観察し続けると、通常の魔物の現れ方との差異が見つかったそうです。それを元に『王の意思』の在り処を推理した結果、王候補の庭のとある部分に鍵が隠してあったそうで、8月に庭に現れた箱をその鍵で開けたと聞いています」



「エトガルのお父様も頭のいい人だったのね。今回もそんなに難しい方法なら私には向かないかも」


「それを手助けするのが依代様と我々従者の役どころですよ」


「なら安心ね」



 安堵して集中の切れたサラがテーブルの上のスイーツに手を伸ばし要求してきたので、維緒は手渡した。


 パウンドケーキにふんわり載せられたクリームが魅惑的な一皿だ。今日の侍女、マレーンが飾り付けてくれた。



「ヨルンとマレーンは、何か聞いたことはありますか?」


 エトガルの問いかけに、ヨルンが「我が家は王の家系ではありませんので」と答えた。


 維緒が吹き出す。



「王の家系って、そんなにゴロゴロしてるものじゃないですよね」


「いえ、アストライアにはゴロゴロしているんです。アストライアの民の半数以上は歴代いずれかの王の子孫で、残りは大昔から両国の混血であった家系と、大昔にアストライアに住んでいた異世界の民の家系の子孫です。流入の難しい地ですから」



(冗談でも何でもなかった)


 ヨルンが大真面目な顔で言うので、維緒はこくこく頷いた。そこに珍しくマレーンも話に加わってくる。



「アッカ家は確かその中でも特殊でしたわね。かつての聖女の子の家系だとか」


「神話の時代の話ですよ」


 照れたようにヨルンが言うのを見て、維緒は突っ込むのをやめた。もう何も驚くまい。



「マレーンは王の家系ですね?」


「はい。といっても本当に昔の王の子孫の家ですので、我が家に伝わる話はかなり黴臭いのですわ。我が家には、『王の意思』は魔物討伐で得た報酬を元手に財を転がして、最も利益を出した王候補の手に渡ったと言い伝えられております」


「また異色ですね」



 もはや『王の意思』が何を求めているのか全く分からない。


 ちなみにサラはパウンドケーキに夢中で、明らかに最初のフォークを入れる角度を考えている。


 もうちょっと真剣になってほしい。



「ただその前の時代の王はアストライアと両国との行き来を制限しがちで、円環の国では塩が足りず、門扉の国には砂糖が入らず、といったように両国間の物流がかなり減っていたのですとか。『王の意思』は時代の流れを読むとも言われていますね」


「そうなんですか? まさかの、時事ネタがヒントに?」


「そういう噂はあります。現王の選定の儀の頃は両国で天災が酷く多くて、それでたくさんの魔物を討伐する力を持った王を欲した、だとか」


 マレーンの言葉にエトガルも同意したことで、話の信憑性が俄然増してくる。



「つまり今ある問題を解決する王ってどんな王? って考えたら、それが『王の意思』の条件かもしれないってことですよね」


「今は何か問題になっているの? エトガル」


 エトガル頼みな王候補と依代に対し、エトガルは真面目に思案した。



「それが、アストライアからでは両国に起きている問題が見えにくく、何が足りていない状況なのかよくわからないのです。そういったことはむしろ、円環の国にお住まいのサラ様の目線の方が見えやすいのではないかと思いますが、思い当たるものはございますか?」


「うーん。よくわからないわ。でも、円環の国に住むみんなが最近困ってることを探せばいいのよね。私、みんなの話を聞いてくるわね。そしたらまた一緒に考えてくれる?」


「ご助力いたしますよ」



 小首を傾げて甘えるサラに根負けしたように、エトガルがやわらかく微笑んだ。それを見たマレーンも明るい顔だ。


(いい傾向だね。チームはリーダーを中心にまとまっていないと)


 維緒は嬉しくなったが、維緒の頭に浮かんでいるリーダーは今のところエトガルの姿だ。


 圧倒的な知識と年長者としての安定感に、下手をするとリアルの上司に対する以上の信頼感を抱く。



 優しい顔で室内を見守っていたヨルンがそっと動き、窓から下を見下ろした。


「討伐が終わったようですね」


 ヒイラギと紘也のことだ。



「結局お願いしてみるってことでいいのね? 声、かけてみる?」


「話してみましょ。メメヤミが苦手じゃなかったら、きっと倒してくれるわ」


 維緒とサラの意見に、エトガルが一言だけ差し挟む。



「文官としての立場から先方の従者に頼むこともできますが、直接お話しされますか?」


「ええ。もっと話してみたいもの」


 即答したサラとは相反して、維緒は少し迷った。



「直接頼むと弱みになるから?」


「どちらにせよなりますが、万一直接弱みに付け込むような取り引きを持ちかけられると断りにくいのではないかと。安全策で提案申し上げただけです。直接願い出ることに忌避感がないのであれば、特に問題はありません」


「そういうことなら、私も尚更直接頼みたいかな。出方は直に見てみたいもの」



 維緒の言葉にはサラもエトガルも頷いたので、維緒たち円環の国の王候補一行は、廊下に出て紘也とヒイラギを待ち構えることにした。

 

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