二人目の王候補1
(円環からは魔法陣よろしく突然現れるのに、門扉からは歩いてご入場か)
とはいえ、門の向こう側に背景らしきものは見えず、不思議さでは円環といい勝負である。
「男の人ふたりだね」
「そうね」
最初はシルエットでしかわからなかった姿が、門を潜ったのを境にはっきりと見えるようになる。
片方は青のストライプのインナーに白いリネンのシャツを合わせた短い黒髪の20代くらいの男の人――――こちらは依代の方だろう。
もう一方は、グレーの着物に柳鼠の羽織を羽織った薄い茶髪の、同じく30には届かないだろう見た目の背の高い男の人。
柔和な表情の美形で雰囲気がある。
多分こっちが王候補だ。
ふたりにまず話しかけるのは、維緒たちに案内役のエトガルがいたように、アストライアの男性だった。
謁見のとき、あの場にいたのを見たような気がする。
挨拶が終わり、維緒たち同様謁見のため誘導される彼らは、当然と言うべきか、維緒たちに気付いた。
こちらを見たまま、ふたり気軽な様子で、喋りつつ歩いてくる。
エトガルが案内役の男性に声を掛けた。
「トウノヤ、こちらの依代様と王候補様がご挨拶される」
「わかった。お二方、こちらは円環の国の一の依代様と王候補様でございます」
「はじめまして、維緒です。こっちは王候補のサラ」
「サラと呼んでね。お会いできて嬉しいわ」
サラの様子を鑑みて維緒から名乗ったのだが、サラはいつものにこにこサラに戻ったようだ。維緒はほっとした。
サラが目配せをしてきたので、手を繋いだままで、ふたり合わせてお辞儀をする。
タイミングはぴったりだ。
対して相手方は王候補から口を開いた。
「こちらこそ、知り合えたことを嬉しく思います。ヒイラギと申します。どうぞよろしくね」
「初めまして。えーっと……紘也といいます。ちょっとまだ戸惑ってるんですけど、よかったら色々教えてください」
ヒイラギは、アストライアでは見かけることのない和装――――に近いが違うのだろう、裾が幅広で下からズボンの裾が覗いている――――を着ているが、お辞儀の仕方はエトガルやヨルンなどアストライアの民と変わりないようだ。
紘也は言葉通りまいったな、というような顔をして後頭部を掻いている。
維緒はアストライアに来てからの一週間ですっかりこちらにも慣れたが、紘也の態度に共感を覚える。言うなれば同郷の者への親しみだ。
くすっと笑って返した。
「びっくりしますよね。私もまだわからないことだらけですが、何か力になれることがあれば喜んで」
「助かります! よかったー先に来てる人がいて。俺と同じくらいの年ですよね。維緒さんの方がちょっと下かな? なんか案内してもらえるみたいなんで、また後で話しましょう」
「はい、紘也さん。また後で」
紘也は相当人懐っこそうだ。話し上手で社交的な感じがする。
維緒と紘也が挨拶し合う間に、サラとヒイラギも何か話していたようだ。
和やかに笑い合っているのを見ると、ヒイラギは見た目通り穏やかな対応をする人なのだろう。
「では、謁見の間に向かいましょう。国王陛下もお待ちでいらっしゃいます」
「ええ? 謁見!?」
「紘也、心配いらないよ。しれっとした顔してればすぐ済むから」
「でもさー」
「陛下は俺の伯父上なんだ。昔からかわいがっていただいてるから、噛み付いてきたりしないよ、紘也」
向こうの案内人が促すと、紘也が飛び上がるように警戒した。
それを笑って宥めるヒイラギと、紘也はよい関係性が築けているように見える。
「いってらっしゃい。紘也さん、私たちが失礼しても怒られなかったから絶対大丈夫ですよ」
「経験者がここにいた! わかった、ありがと。いってきます」
維緒の言葉を聞いた紘也が軽く手を上げて軽快にバザールの方に向かい、それを見てヒイラギがサラに「またね」と声をかけて追っていく。
(よさそうなふたりだな)
そう思う維緒の後ろで、はあ、と軽い溜息が聞こえた。
エトガルだ。
「どうしたの? エトガル」
明るい顔で訊くサラにエトガルが答えるより先に、イリヤが感想を述べた。
「向こうの方が上手ですね」
「その上陛下の甥御ときた。文句なしの後ろ盾だな」
「ヒイラギって知ってるか? ハオ」
「想像通りのお偉方ですよ。お目通りしたことはないですが、ヘイゲン=ブルーメシュタット侯の御子息で本人も爵位を持っていたかもしれません。名家です」
「うわ」
エトガルとイリヤ、ハオシェンの間で交わされる会話を聞いた感じ、ヒイラギはお偉いさんらしい。
「ヨルン、上手ってなんだろう?」
ずっと黙って後ろに付いてくれていたヨルンに振り向いて訊くと、ヨルンが口を開かないまま困ったような顔をした。
同じくサラに付いてくれていたらしいルートガーも、眉間に皺が寄ったまま黙っている。寡黙二人組か。
男性陣の会話では相手にされないのを感じてか、サラがにこにこと寄ってきた。
「維緒、紘也と仲良くできそうね」
「そうだね、話しやすそうな人だし。サラもヒイラギさんと楽しそうに話してたね」
「そうなの。ヒイ様が一緒に頑張りましょうって」
「ヒイ様?」
(サラは誰のことも呼び捨てで呼んでいるのに、ここにきて彼だけ様?)
疑問をそのまま表情に乗せると、サラが心得たように解説してくれた。
「ヒイラギってあまり一般的な響きじゃないから、いつもそう呼ばれるんですって。立派な地位なのに偉ぶっていなくて、素敵な方じゃない?」
「そうなんだね?」
「私、仲良くできそうよ。アストライアに来るのがもっと楽しくなるわね、ね」
ふんわり春色に色づいたサラの頬、柔らかく煌めくサラの黄金の瞳に、維緒は周囲の懸念がわかってしまった。
(サラ……それはまずいんじゃない?)
いがみ合う必要は勿論ないが、今のところたったふたりの王候補同士だ。
どちらかというと鬩ぎ合う関係だろう。
「そう、だね」
サラをヒイラギとふたりっきりで話させるのはよせばよかったな、と維緒が思う裏で、維緒は気づかなかった。
サラに対するのと全く同じ目が維緒にも向けられていることに。
同郷のよしみと紘也の懐っこさでするりと懐に入られた維緒の態度は、維緒の中ではちょっとした気遣いとサービスの範疇だった。
しかしそれは、維緒がアストライアでは一度も見せたことがない対応でもあった。
エトガルは維緒とサラを交互に見て眉間を押さえ、ヨルンが維緒の背後で小さく頷いた。