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クレープパーティー3


「維緒様、サラ様、バザールの外れに立食会場をご用意しました」


 手際のよいエトガルの誘導に従って、維緒たちはいつも入るのとは違うアーチを潜ってバザールに入った。


 普段は何にも活用されていない一画にテーブルとワゴンが置かれ、出来上がったクレープがトレイに並べられている。



「お待ちしてましたわ。クレープ焼きに一人ずつ注文すると時間がかかりすぎますから、焼いて用意させているところです。いかがでしょう?」


 侍従に指示を出し、訪れた非番の者や子どもたちを誘導していたのはマレーンだった。


 手を止めて声をかけてくれたマレーンに、サラが青くなって駆け寄る。



「ごめんなさいマレーン。せっかく休みなのに手伝わせてしまって……」


「構いませんわ、サラ様。面白いことをされるそうですから、ご相伴に預かるついでにお手伝いさせていただいてましたの」


 優しく笑うマレーンに、サラはあわあわと言葉を探しあぐねていたので、替わりに維緒が「ありがとう、マレーン」と返しておいた。



「これに()りたら突発的な思いつきで動くのはやめて、何事も事前に知らせてくださいね」


「はい」


 ここぞとばかりのエトガルのお小言に縮こまるサラを見て、


「みんなが楽しめることなんですからいいじゃありませんか」


 とマレーンが取り成す。


 その様子を見ていると、維緒はなぜ気付かなかったのかと再び恥ずかしい気持ちになった。



 そんなタイミングでちょうどよくニナがトレイを持ってくる。


「サラ様の目の前でクレープをお配りした方がよいかと思いまして、お待ちしておりました。焼き立てのものをお持ちしましたので、先におふたりからお召し上がりください」


「ありがとう。でも私たちも配るのに参加してもいいかしら? 私たちっていうか……」



 サラが乞うように上目遣いで見つめてきたので、維緒には意図するところがすぐにわかった。


 もう一度言う。維緒より背の高いサラが上目遣いで見つめてきたのだ。どんなときにそんな技術が身につくのか。恐れ入る。



「私が配るのね?」


「ありがとう維緒。大好きよ!」


 サラにねだられたので、そうすることになった。


 エトガルが、主に子どもたちを維緒の前に、大人はマレーンとニナの方に誘導していく。


 おかげで維緒は手渡すのに腰を屈めっ放しだ。



(子どもにあげてる方がいいことしてるみたいに見える、とかそういうイメージ戦略なんだろうか)


 エトガルの辞書に無策の文字はなさそうだ。ならば理由あってのことだろう。


 維緒は腰を屈め続ける覚悟を決めた。



「ありがとうございます、よりしろさま、王候補さま!」


 維緒はさほど愛想がよくも、子どもの相手が得意なわけでもないのだが、そう言って受け取っていく子どもたちは大変かわいい。


 サラは手渡せないながらも(しゃが)み込んでは、「おいしい?」なんて周囲の子たちににこやかに声を掛けている。


(見習いたい。サラの積極性と社交力)



 羨むうちに維緒の手元からクレープがなくなり、残りの子どもたちの手にも侍女からクレープが行き渡った。


 お疲れ様でした、と労いながらマレーンが渡してくれたクレープにサラと噛り付く。



「おいしーい」

「みんなで食べるとおいしいわね。ね」


 ホストである王候補と依代が食べ終えるまでは、と仕事を抜けてきた大人たちもまだ会場で待機している。


 維緒やサラと面識のない面々も、ふたりの屈託のない笑顔とのんびりした様子に、今のところ唯一の王候補たちの気質を悟って和やかな雰囲気になった。


 折角の機会だからと、クレープを食べ終えた者から順にふたりに挨拶とお礼を言ってゆく。



「子どもたちのことまで気にかけていただき、ありがとうございました」


「こちらこそ来てくれてありがとう。普段は小さい子たちの面倒を見ているの?」


「はい。保育の仕事をしております」


「大切なお仕事ね。頑張ってくださいね」



 やりたがっただけあって、サラはこの機を逃さず一人一人に声を掛けている。維緒はほとんどその隣で微笑んでいるだけだ。


 サラは立派だ。



 そう思う維緒の耳に、


「……金色の瞳(レクセリア・イール)風情が」

 と吐き捨てるように遠くで話すのが聞こえた。


 ぐりん、と振り返ると、背後に控えていたヨルンもまた、怖い顔で声の方を睨みつけている。


 サラは、と見ると、サラは振り返りもせずに侍従と談笑していた。



(気付かなかったのかな。それとも……)


 サラの、目のことに触れられるときの過剰な反応を考えると、気づかない振りをしただけのようにも思える。


金色の瞳(レクセリア・イール)ってなんなんだろう。サラがあんなに嫌そうにしているのに、アストライアに来てまで責められなきゃいけないようなものだとでもいうのかな)



 自分が言われたわけでもないのに沈んだ顔になる維緒は、サラほどに大人の対応ができはしないのだと、自覚せざるを得ない。


 そんな維緒を見かねてか、ヨルンが数人の武官の名を呼んで集めた。



「維緒様、サラ様、私の友人たちです」


「紹介してくれるの?」


「お約束しましたから。こちらからハオシェン、イリヤ、ルートガーです」



「お目にかかれて光栄です。素晴らしい機会をいただき感謝しております」

 如才なくやや気障(きざ)なお辞儀をするのが黒髪のハオシェン。


「ヨルンは真面目だけど気が利かないでしょう。ご迷惑お掛けしてるんじゃないかと」

 と、ヨルンをからかう口調で言うのがイリヤ。


「やめとけ。申し訳ありません依代様、王候補様」

 眉間に皺をたっぷりにして無骨に頭を下げるのがルートガーだ。



 個性的な面々に維緒は面白くなってきて、くすくす笑う。


「さすがヨルンのお友達ね。お会いできて嬉しいです」


「良い機会ですし追加の武官をお雇いになってはいかがですか?」


 そしていつどこから戻ってきたのかさっぱりなエトガルが、いきなり口を挟んできた。



「必要かしら?」


 サラの問いかけに、すぐさま答えが返る。


「ヨルンひとりでは交代もできず大変です」


「それもそうね。三人とも雇ってもいいかしら? ヨルンと仲がいいなら安心だわ」


「いいんじゃない? サラ」



 突然交わされる従者雇用の話に目を白黒させる三人に向かって、エトガルが宣告した。


「これよりお前たちを依代、維緒様の従者とする。ヨルンと力を合わせて励みなさい」


「はっ。心よりお仕えいたします」


 即座に傅くその揃った動作に、維緒は感心した。



(っていうか報酬の確認もしてないけど、三人も増やしちゃって手持ちで足りるのかな)


「本当はもうひとりふたり女性武官を加えたいところですが――――失礼」

 

 維緒が案じているにも関わらず、エトガルは更に言い重ねる。


 そしてその途中で後ろから耳打ちする部下に目をやり、一言断ってから報告を受け始めた。



「よろしくお願いするわね、えーっと、ハオシェンと、イリヤと、ルートガー。仲良くしましょう。サラと維緒って呼んでね」


「光栄です、サラ様、維緒様」


 三人も、ヨルン同様お行儀のよい対応と言葉遣いだ。案外武官としての必須スキルなのかもしれない。


 にこにこサラさんが維緒の分まで愛想を振りまいてくれたので、維緒はシンプルに「よろしくね」と追随し、ヨルンに向かって尋ねた。



「女性武官かー。女の人もいるんですね」


「数は少ないですが、王配殿下の護衛を行っていたものがおりますよ」

「そうなんだ。なんだかかっこいいです」


「本日は勤務中で女性武官は参集できていませんが、後日ご紹介いたします」

「ありがとう、ヨルン」



 維緒としては、話しやすいヨルンに教えてもらっただけなのだが、会話が三人の気を引いたらしい。


 やりとりを眺めていたイリヤがぽつっと言った。


「なんか、随分仲良さそうじゃない? ヨルン」


「そんなことは……」

「そう?」


 ヨルンと維緒の戸惑った反応に、ハオシェンが笑った。



「こいつ普段女の子にすごい塩対応なんですよ。会話してるのあんま見ないくらい」


「黙ってろ」


 興味津々なイリヤとハオシェンを、頭の上からグーで抑えつけたルートガーが締める。


 早くも関係性が透けて見える。おそらくヨルンはいじられ役だ。


 そしてヨルンは塩対応というか、引っ込み思案なだけなのではないだろうか。維緒はそう思う。



 ――――と、そんなところで維緒の肩にポンッと手が置かれた。

 エトガルだ。


「維緒様、ちょっとこちらに」

「はい?」


「サラ様もこちらに」

「なにかしら」



 エトガルの先導の元、人の減ってきた立食会場を抜けてアーチをくぐる。


 エトガルは侍女たちには引き続きの仕事を指示しながら、武官たちには何も告げなかった。


 おかげで新米武官たち三人もぞろぞろと付いてきた。



 アーチの先はいつもの屋根のない回廊だ。


 アーチから見て正面に大きな王候補の庭があり、一直線の回廊の右側と左側にはそれぞれ、円環の国へ続く魔法陣と、門扉の国に続く大門がある。


 維緒たちは大門の方向には近づいたことがないが、エトガルの視線は大門に向けられている。



「ご覧ください。『門扉』から光が漏れている」


 エトガルは大門に寄るでもなく、静かに言った。


「誰かが来るってこと?」


「通常アストライアの民の移動の際は軽く光ってすぐに移動者が現れて止みます。このようになるのは、依代様と王候補様の初回のお渡りの際だけです」


「王候補が増えるのね」



 そう呟いたサラの声には感情が乗っていなくて、何かに耐える表情をしている。


(何かに、じゃない。不安に決まってる!)


「大丈夫だからね、サラ。王にはサラがなるんだから」

「うん」



 サラの声は、消え入りそうなほど小さい。


 維緒はサラの手をぎゅっと握り締めて、並んで大門を見守った。



 そして大門が一度大きく光った後、門の向こうからふたりの人影が歩いてきた。


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