サラの戒め
「昨日の戦い方、見てたでしょ。本当はあんなに苦戦するつもりじゃなかったんだけど、あんまり相性もよくなかったみたい。もう少しできるつもりでいたから、悲しかった」
サラは萎れた花のようにしゅんとして言った。
「それに、戦ってる間はわからなかったけど、後から考えると身体が小さくなっていくのに合わせて、気持ちも幼くなってたみたい。私、維緒が何を言っても全然聞けなかったわ」
維緒の目から見ても、昨日のサラは身体のサイズ相応に子どもっぽかった。
「あんな風じゃなくて、もっと安定した戦いがしたいの。維緒にもすごく心配かけちゃったし、私もこのまままた王候補の庭に行くのは不安だわ。だから、どうしたら私が勝ち続けられるか、一緒に考えてほしいのよ」
サラの訴えに、エトガルとヨルンが顔を見合わせてそれぞれに意見を述べた。
「サラ様の登録した魔法はかなり特殊なようですから、戦略を練らなければいけないでしょうね」
「それに魔物の種類によっても得意不得意がかなり分かれるのではないかと。うまく嵌ればたやすく倒すことのできる魔物は多いのではないでしょうか」
「あの魔法はすぐに発動できていなかったようですが、発動条件は何ですか?」
エトガルとヨルンがごく自然に魔法について話し始めるのに、ここは異世界なんだなと維緒は静かに感心する。
役に立てそうにもないので、ひとりもぐもぐと焼き菓子を口に入れた。
「あの魔法の名前は石化の瞳。条件は私と目が合うことよ。だから、目のない魔物には効かないし、グラウさんみたいに下を向いて攻撃してくるような相手も苦手」
「人型とは相性がよさそうですね。一般的な獣型も」
「そう思うわ」
「目が合えばどんな相手でも一瞬で? 失敗することや時間がかかることもありますか?」
「ないわ」
「ほう。動きが遅くて報酬は高いタイプの魔物を、選んで倒してみましょうか」
エトガルもヨルンもこの話には食いつきがいい。サラの魔法を珍しがっているようだ。
「体術や剣術のご経験はおありですか?」
「ないのよ。必要かしら?」
「基本的な間合いの取り方や避け方は身に付けておいた方が安全ではないかと思います」
「教えてもらえる? ヨルン」
「喜んで。目が合うのに必要な最長距離は確認したことはありますか?」
「考えたこともなかったわ」
それについてはとんとん拍子に、今度検証してみることが決まった。
今までエトガルがいる場では一歩下がって黙々と警護に当たっていたヨルンも、はにかみながら会話に参加している。
(アストライアでは戦うことは随分ハードルの低い行いなんだ)
そのことが維緒には一等不思議に感じられた。
「石化の瞳以外の登録魔法は、当てにできるタイミングはありますか?」
昨日サラから語ることを拒否されていた魔法の中身について、エトガルは再度探りを入れることにしたようだ。
気持ちはわかる。手札は多いに越したことはない。
サラは、今度は拒否はしなかったが、思案するような難しそうな顔をした。
「実は、ひとつはずっと使っているの。だから困ったときに使える魔法は後ひとつだけ」
「そのひとつは普段使いはせず奥の手にされますか?」
「ええ。どんな相手に対しても使えるから、どうしても石化の瞳じゃ対応できない魔物からどうしても逃げられないときにだけ使うわね。けど、石化の瞳と比べて効くのが遅いし、被害も大きいから……」
聞くにつれ、エトガルの表情も曇り出す。
「被害というと、サラ様に負担がかかる形ですか? それとも周囲に?」
「周りに。すごく大変なことになるから、使わないように厳命されてるの。私も、使うときにはそれで迷惑をかけた相手にはもう会わない覚悟をすることにしてる」
「でしたら、ほぼないものとして考えますが――――念のため、発動条件はありますか?」
「私から見えてることね」
「ほぼ無条件か……」
魔法はいつでも好きに使える方がよさそうなものなのに、エトガルは頭を抱えた。
見ると、ヨルンも眉尻を下げている。
「無条件だと何か困るんですか?」
維緒の問いかけに、ふたりは言葉を詰まらせた。答えたのはサラだ。
「私がその気になったら誰にも発動を止められないから、困っているのよ」
「うん?」
維緒は、止める必要がある場面の想定が付かないまま相槌を打つ。
「維緒様、王候補の庭で使用登録できる魔法はあくまで本人が普段から使うことのできる魔法なのです。あまりにも条件が緩い場合には、本人も意図しない魔法の暴発が起きやすくなってしまいます」
「つまり、サラ見た相手にうっかり魔法を使ってしまわないか心配しているってこと? 魔法については私詳しくないけど、そういう部分って相手を信頼しなきゃいけない部分なんじゃないの?」
拳銃を持った警官は拳銃を抜くことは物理的に可能でも、必要以外にそうしないだろうという信頼感で普通はそこに警戒しない。
維緒もエトガルやヨルンが剣を佩いていることを最初気にしたが、今は隣に座ることを躊躇しない。
維緒は考えるほどに納得がいかず、むっとした顔をした。
「維緒、怒らないで。エトガルは私を心配してくれているのよ。魔法の扱いが未熟だと、本人が強く怒ったり泣いたりしたときに暴発しやすくなるから、周りの人が発動条件を満たさないようにフォローしてくれるの。でも私のフォローは難しいからって困ってくれたのよ」
「そうなの?」
「決してサラ様を貶める意図はありません」
エトガルの顔は真剣そのものだった。
「早とちりしました。ごめんなさい」
維緒が即座に頭を下げると、
「私の方こそ、詳しくご説明差し上げるべきでした。申し訳ありません」
と、エトガルも頭を下げてくれた。
そして話はサラが引き継いだ。
「暴走の話だけど、私それだけはきつくきつく躾けられたから、絶対にしない。どんなに痛い目にあってもそれだけはしないわ」
強い口調で言い切ったサラは続けて話す。
「でも、危ないと思ったら私の目を塞いでちょうだい。目が見えなければ、私に使える魔法はひとつもないの」
「かしこまりました。その時は来ないと信じております」
エトガルが請け負った。
ヨルンはずっと、悲しい目でサラを見ていた。
身長RPGの話はそこまでだった。
その後にはみんなでピクニックの片付けをして、予定通りピクニックセットの用意をしてくれた侍女にお礼を言いにいった。
用意をしてくれた侍女は、エトガルと同じくらいの年の気のいい女性と、若い赤面症の少女で、少女は着いてきたヨルンを見てもじもじしていた。
あまりの微笑ましさに、維緒もサラもすぐに侍女を気に入った。
年嵩の侍女マレーンは、日頃からエトガルの周囲に出入りする立場にあるらしく、エトガルもくだけた様子で籠を返している。
若い侍女のニナはヨルンを気にしながらも、焼き菓子はお口に合いましたか、どんな味のお茶がお好みですか、と一生懸命に話しかけてくる。
ふたりには、今度身長RPGの報酬が出たらぜひ雇いたいと伝えておいた。
エトガルがちょっとほっとした顔をした。
そして、維緒はなんだかすごく疲れた気持ちになり、今日の夢をおしまいにした。