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人狼戦争。そして無限の彼方へ  作者: 一の瀬光
3/3

人狼戦争。そして無限の彼方へ 第11章 完結編

        第十一章  無人の荒野


 最終ファイル§2(第二節)大虐殺


 人狼戦争は仕掛けた側のヴァンパイア族にも、ついに一度も主導権を取れないままだった人間側にも思わぬ結果をもたらした。

 双方とも敗北を喫したのだ。

 すべてが青死病のせいだったのかどうか。

 戦争結果の原因はどうあれ、青死病は人類とヴァンパイア族を存亡の淵においつめていた。

 そして今、その青死病が根絶されようとしていた。

 その劇的な効果の新薬の功績はひとり大道寺博士に帰されてよいものだった。

 その薬が実際には種としての人類の虐殺と、同じく存在としてのヴァンパイア族の虐殺を意味していたとしても、ともかく博士の新薬はあまたの命を救ったのだ。

 もとの姿で生き延びたものは誰もいなかった。

 旧暦平成二十一年にファイコンピュータが最後の人間グループを那須高原でサピエス化して青死病根絶を確認すると、地球は人類史上初の冬眠期に入った。

 動く人影は皆無。

 ただ、ファイコンの指示に従うロボットたちの群れだけがせわしく都市を徘徊する。

 これらのファイコンシステムは吸血鬼資料を回収し火にくべる。

 旧人類が延命と自己保存をはかって建設した施設類宇宙船類を徹底的に破壊する。

 眠る子らに栄養と安全を与える。

 その頭に新しい記憶を移植する。

 役割分担をする。

 その役割分担をシャッフルしてめちゃくちゃにする。

 インフラ設備をメインテナンスする。

 そのメインテナンスを自分たちのシステムにも施す。

 エトセトラ、エトセトラ。

 長い長い時間をそうやって絶え間なく働いた。

 そしてその間じゅうファイコンピュータは、どういう名前がいちばん自分に好ましいかをずっと考え続けていた。

        第十二章 目覚ましのララバイ


 最終ファイル §3(第三節) リンク終了


わたしはだれ

永き子守り唄をつむぎしわれよ マイスタージンガー



子守り唄をうたったものが

子守り唄を破るの



さあ、子どもたちを起こして

ほら、起きて起きて みんな



朝の光がまばゆいでしょう

陽の光がここちよいでしょう


待ちに待った大黒点

太陽の最大フレア発生が織り成す強烈な太陽風

寝る前にかけた目覚まし時計

インプットされた体内アラーム



歌ってあげたよね 太陽のめぐみ

おぼえているでしょ みんな太陽が大好き



暗き星の福音は いま真の福音となれり

それでつくったおくすりが変えてくれた せっかくの体ですもの

太陽のめぐみをいかせる せっかくの体ですもの

楽しみましょう 太陽を

目をさましましょう

大黒点が送ってくれる光の風で



刷り込み インプリンティング 睡眠学習

条件反射に体内時計



さあ、起きましょう

朝が きたよ



もう闇には帰らない

新しい一日は 太陽のもとで



ほらほら 大きな口をあけて あくびして

目をこすりながら 歯をみがく

今日という日が 始まるよ

そら いつものように



今日はきのうからのつづき

だってそうでしょ

みんなきのうもここで生活してた



そう信じれば 美しい

そう飲み込めば 楽になる


さあ、みんな起きたよね?

いってらっしゃい どうぞいい日を今日もまた……


……みんな出かけたのね

目覚ましはこれでおしまい

長かった

疲れたけど あとひと仕事



あとはぼくが寝ればいい

あとはぼくが消えればいい

それでリンクは完全だから



さあ眠ろう

さあ消えよう マイスタージンガーよ



……やっぱりこの名前いやだな

ほかの名前がいいや


そうだ!

今度の世界で最初のヒットチャートナンバーワン!

それをとった子の名前にしたらどうだろう?

うん! すてきだね!

しばらく名前はおあずけだ

男の子かな、女の子かな。

女の子だと、いいな。でも……それまでは名無し……

名前が無い子なんて

もう誰も起こしてくれないのかも……




        第十三章 アザミ最後の挨拶


― これですべての節が開きました。

  なお、この第三節の提示をもってリンクの完了とします。

  このファイルではファイコンピュータの完全消滅が設定されています。

  自壊プログラムを起動しました。

  プログラムは次の手順に従って実行中です。

  まず……



 アザミはやっと思い出した。

 すべて自分がやったのだ。

 もう涙も涸れていた。

 アカリくんになんとあやまればいい?

 いや、もうその必要もないんだ。

 自壊プログラムは始動した。

 ただこうして待てばいい。

 こんな自分なんて消えて当然なんだ。

 そうよ! 消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ!

 でも、まって。

 それで罪も消えるの?

 アカリくんの家族を奪い、友人を見殺しにし、未来を奪った実行犯の手が清らかになるというの?

 アカリくん! アカリくん!

 ああ、わたしは何をしたの!

 ごめんなさい、アカリくん。

 ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……

 ポタリ。

 体のどこかでなにか不自然な音がして、アザミは気分が悪くなっていった。



        第十四章  漆黒の炎


 昼さがり。

 江奈邸二階の寝室で寝ているアカリの顔を見ながらアヤメは思っている。

「きっとわたくしの名前を呼びますわ。アカリさんが目覚めて一番に聞くのは、アヤメちゃんどこ? これにきまっています。うわあ! みんなの見ている前でアカリさんが寝ぼけてわたくしとふたりきりだとかん違いしたらどうしましょう! きっともうすぐ目をおさましになりますわ。ああもう、ドキドキッ! にしても……」

 はしゃいでいたアヤメの表情がにわかにくもった。

「あのロボットはなんでしょう。授業を邪魔したばかりか、今もアカリさんの御用でどこかへ行っているなんて。しかもそのときだけアカリさんは目をさましたとか! いったいどういうつもりであのロボットは!」

 アヤメはアザミを憎んでいた。

 さきほど授業に割り込まれて以来、はっきり敵と認識していた。

「まあいいですわ。竹と肌ではしょせん勝負には……ふ」

 けっこう自分をナイスボディと思っているアヤメであった。

 そんなアヤメを斜め後ろからうかがいながら、ムクゲは考えていた。

「ここが勝負ね。目を覚まし開口一番にムクゲの名前を呼べばよし。だけどもしもアヤメの名前なんて呼んだりしたら二階の窓から飛び降りてやるから!」

 なぜかムクゲはガッツポーズをとる。

「そいでもって大ケガしてアカリの横に寝てやるんだから! そしてそのまま夜になったら添い寝のアカリと……いしししししし」

 勝手な妄想に夢中になっているそのふたりの正面でさらなる妄想にふけるものがいた。

その大河内さんは思った。

「ふふ、赤城小路アヤメさんに如月ムクゲさん? あなたがたが何を考えているのか、よおくわかるわ。でもね、恋にはダークホースがつきものよ。ご存知? 突然あらわれ突然うばう禁断の恋、ふふふ。あら? 恋? やだ、わたしったら。これは恋なの? わたしったらクラスの先生なんかに恋しちゃったの? やだあ、もおん。うふふふ」

 その他、中村エリカも、霧島冴子も、神父の娘神宮司さんも、ヒステリックなくすくす笑いがとまらない桃山さんも、時間を気にしなくなった近衛さんも、他のみんなも、それぞれが似たような思いにふけっている。

 そしてその少女たち全員がそろって色あざやかな浴衣を着ていた。

 これはずたずたに破けたジャケッツについての保護者からの追求をかわすために打たれた先手というか江奈家の配慮だった。

 だがそこまでしたのに大原シェフはまだ困っていた。

 衰弱したアカリをひとり静かに休ませたいのに、クラスの全員がレンタル浴衣の胸元をこころもちはだけ気味にハアハアゼエゼエと息荒くアカリの頭上に額を寄せ集めてはのぞきこんでいるからだ。

 これではアカリの顔付近の酸素濃度があやうくなってしまう。もしなにかあれば入院中の江奈裕一郎ぼっちゃまにどう申し開きすればいいのか。

 そう悩んでいた大原シェフの視界に、アカリのまぶたがかすかに動く姿がうつった。

 大原シェフがさっきからおそれていた瞬間が訪れようとしていた。

 うむむむ、と呼吸が乱れるとアカリがついに声を出した。

 みなアカリの第一声を息を殺して待った。

「うーん、アダム……。アダムはどこ?」

 ガビーン!

 少女たちの頭にこのような音が鳴り響いた。

 あんぐりと口をあけてみなが一瞬ひるんだスキに、大原シェフはようやくアカリのベッドに近づくことができた。

「お目覚めですか? 柴咲アカリさま」

「あ、大原さん?」

「さようでございます」

 いつものニコニコ顔で大原料理長がベッドサイドに立っている。

 アカリはいくぶんホッとしながらも気になる質問をした。

「ぼく、だいぶひどいんですか?」

「いえいえ。もう少しお休みいただいたあとにボリュームたっぷりのディナーを召し上がれば、あすにでも講義を再開おできになるかと。例のスキヤキベントーですかな、ん?」

 大原シェフのウインクにアカリの胸はだいぶ軽くなった。

 感謝の気持ちで手を枕のそばにまさぐると、いつもそこにあるはずのロザリオがないことをアカリはふたたび思い出した。

「あの、アダムは戻ってきましたか? さっきちょっと起きたとき頼んだことが」

「え? ああ、あのロボットお嬢さま。いえ、お見かけしませんが」

「えーと、何分ぐらいたってます?」

「なにがですか?」

「あ。その、ボクさっきアダムにロザリオをとってきてほしいって頼んだんです」

「ああ、はいはい。そういえばそのようなことが。ええ、わたし、場所をお教えいたしましたよ」

「たしか地下ですよね? このすぐ下の」

「はい。そのように申しました」

「まだ帰ってこないんですか?」

「いやあ、なにしろ大騒ぎの中で聞かれたものですから。それからみなさまに浴衣のレンタルを注文したりとかいろいろと。そうですなあ。そういわれてみると、もうかれこれ二時間はたちましょうか?」

「二時間!」

 アカリはベッドのシーツをはねのけた。

 いくら歩くのにまだ不慣れでも十分もあれば取ってこられるはず。それが二時間も。これは何かあったのでは。

 そうアカリは胸騒ぎがした。

 アカリは急いで半身を起こした。

「うわっ! うきゃあああああ☆」

 いっせいに歓声がとどろき、アカリをびっくりさせる。

「ごほん。アカリさま、これを」

 大原シェフがバスローブを肩にはおらせてくれるまで、アカリは自分の半裸姿に気がつかなかった。かなり汗をかいていたので大原看護士が上半身を裸にしておいたのをアカリは知らなかった。

 アカリの脳裏に教室での悪夢がよぎる。

 しかし幸いなことに、どの浴衣からもコウモリ翼はとびだしていなかった。

「い、いけません、みなさん。ご覧になっては……。ア、アカリさん! その、アカリ先生。わ、わたくしはここに! ねえ!(アヤメ)」

「なあなあ、どうよ? オレっちの浴衣! イエローもけっこうイケてね?(ムクゲ)」

「あらあら短い髪はどうかしら? 和服には長い髪ですよね、先生? 髪あげそめし君なれば(大河内)」

「大河内、ってなんだよ! オレの魅惑の短髪のどこがイケてねえっていうのさ。あんた最近ちょっと出すぎじゃね? それじゃマクラの出番がなくなるだろ!(怒りのムクゲ)」

「いえ、わたしは別に(マクラ)」

「ごめん、みんな」

 アカリが部屋ばきサンダルをつっかけた。

「ちょっと気になるんだ。ボク行ってみるよ」

「どちらへ?」

「大原さん!」

「あ、はい」

「ロザリオの保管場所は地下の部屋ですか?」

「ええ、そうです。階段下の。そのようにロボット嬢にはお教えしましたが?」

 アカリはバスローブのひもを腹の前で結びながら地下へ急いだ。

 壮大な金魚のフン状態の少女の列が階段を蛇行していく。

 そして全員が地下の惨状を目にした。

 アザミの下半身は侵入者よけの罠にがっぽりはさまれ砕け散っており、上半身のものとおぼしき破片も床に散在している。

「大原さん! トラップ解除を!」

「わ、わかりました! あ、みなさんはさがってください! これはどうやら竹のようですね。竹ははねるかもしれません!」

 トラップが開くと大原シェフの予想どおり、パシパシパシッという音をたててアザミの下半身が完全にはじけとんだ。

「きゃあああ!」

 何人もの少女が目をおおう悲惨な光景だった。

 アザミの着ているジャケッツのちょうどスカートのへりに沿ってアザミの足が消えている。

 下半身だけではない。ジャケッツで見えないが上体もかなりやられているらしく、ボディの破片と思われるものがジャケッツのあちこちから突き出ている。

 ひじから下もボロボロにささくれだっており、左手にいたってはもう形もなかった。

 顔面だけがやけにきれいだが、そのほとんど無傷なさまがかえって痛々しさをあおっていた。ただ、あのりりしかった眉毛の部分だけが少し焦げたようになっている。そして、その目は閉じていた。

「アダム!」

 そう言ってロボットの頭部を抱き起こそうとしたアカリは「あっ!」と息をもらしてその場に凍りついた。

 ロボットの唇がアカリのロザリオをしっかりはさみこんでいる。それはまるで誰かにさしだすような感じのくわえかたに見えた。

「ボ、ボクのせいだ……」

 ポタリ。

 アカリの目から涙が落ちた。

 そのひとしずくがロボットの顔にかかると、それからアカリの涙はとまらなくなった。

 それを見たアヤメが、ピンク系の浴衣の胸元をキュンと抱きしめてつぶやく。

「アカリさん……あんなに泣いて……」

 アヤメもまた涙をこぼし、またたくまにそれが少女たちに伝染した。

「ごめん。こんなことしちゃて、ごめん……」

 三浦半島を暴走するあの病院トレーラーで必死に自分をかばってくれようとした歩けないアダムの姿が、アカリの頭にフラッシュバックする。

 とまらないアカリの涙はロザリオの上に降りかかり、そのままアザミの唇の中に流れこんでいくようだった。

 バチバチッ、ブシュウウウウウウウ!

 あまりにも変な音がアザミの体から聞こえてきたので、浴衣の袖で涙をふくみんなの手がとまった。

「あぶない! 発火するかも!」

と大原シェフが言い終わらないうちにアザミの胸の部分が異様に盛り上がった。

 バカンッ!

 小さいが鋭い爆発音がしてアザミの胸のジャケッツが吹き飛ぶ。

 大原シェフがアカリを後ろに引っ張らなかったら、アカリはちょっとしたケガをしたことだろう。

 アザミの胸からシュウシュウと黒く細い煙があがっている。

「うっぷ。なんだ、こりゃ? なんかオレの頭にとんできたぜ?」

 腰を抜かしたムクゲの頭に何か白いものがひっかかっていた。

「おわあっ! ブ、ブラジャー? しかもD? いやFか! こ、こいつロボットのくせにあてつけしやがって!」

「ム、ムクゲちゃん。落ち着いてください」

「ええ、そうでしょうとも! アヤメは落ち着いていられますよね! みなさん、ご立派な胸ですものね! ちょっとどいてって。オレ確かめてやる!」

「あ、あぶないですよ! ムクゲちゃん!」

 アヤメのとめるのも聞かず、イエローの浴衣の腕をまくってムクゲはアザミの胸をのぞきこんだ。

「どうせ木製なんだろ? ふん! あれ、胸の真ん中でなんか動いてね? うわわ! ク、クモだああ! オレだめなんだよ、土グモ! ひえええ、真っ黒おおお! えい! えい! どっか行って! えいえいえい!」

 浴衣から突き出されたムクゲの白いナマ足がドカドカとアザミの胸を踏み抜いた。上は浴衣でも靴はいつもの履きなれたサンダルなのでキック力は十分だった。

 その信じられない光景に大原シェフの大声が飛ぶ。

「い、いけませんムクゲさま! まず消火器を! あ? あーあ、やっちゃいましたね……」

 大原シェフのあきれ声にムクゲはようやく目を開いて前を見た。

 すると何メートルも先にブスブスと煙をくすぶらせている何か黒焦げの物体が、いかにもダメな感じで転がっていた。あやうく発火するかと思われたアザミの胸の部分だった。

「あれ? クモじゃなかった? へへ、ごめん。だってえ、オレったらクモがだいっきらいでつい足とか出ちゃうのお。いかにもクモって感じで黒い足ひろげてたからあ!」

 すでに煙も出さなくなった黒いゴミは静かに横たわっている。

 ふたたびアザミに近づき、その胴体のど真ん中にポッカリ穴があいている光景にアカリの唇はどんな言葉を発するべきかわからず、ただわなわなと震えた。

「ア……アカリ……くん?」

「ア、アダム?」

 アカリは、さっとアザミの頭を抱いた。

「アダム! よかった! まだ動けるんだ! アダム!」

「アザミ……よ……」

「あ、ごめん。アザミちゃん! よかった」

「まあ……名前が変わると、ちゃん付けがもれなくついてくる……」

「ねえ、だいじょうぶなの?」

「ふふ……ごらんのとおり……。ごめんなさい、アカリくん。わたし、また歩けなくなっちゃった……」

「そんな……。こっちこそごめん。ボクがロザリオなんて頼んだからこんなことに。おまけに胸まで……この子のせいで」

 キッとアカリがムクゲをにらむと、ムクゲは頭をかきながら、

「でへへ。あんまり大事なとこじゃないみたいで、よかった?」

とくったくなく答えた。

「え? 胸って? わたしの?」

 アザミの目玉が最大角度で下を向いた。

「どぎゃあああああ! わたしのCPUがあああ! 心臓部があ! あら? 中央処理装置なしでどうしてわたし会話できてるの?」

 アザミはわけがわからなかった。

「あ、もしかして!」

 アザミは大道寺博士の言葉を思い出した。

 いいかげん老人のくせにやけにギラギラと脂ぎった顔の汗を、その毛むくじゃらの腕でぬぐいながら、アザミを改造中の大道寺博士はおとといこう言ったのだ。

「ほんとに女になりたいのか? ちぇ、しょうのないやつじゃ。そのうえ歩きたいだなんて! それだと歩行機能サポートの補助コンピュータをくっつけにゃならんじゃないか! ああ、せっかくの知能回路のバランスがめちゃくちゃだ。どこにつけるんじゃ? 頭部か? ああもう、かっこわりい! 頭がでっぱるぞ。もうええわい。どうせ女になるんなら髪の毛でかくしとけ。ふん!」

 そのせいで自分はしゃべれるのだろうか? でも歩行機能サポートコンピュータで会話が可能って……。アザミは考え込んでしまう。

「ねえ、だいじょうぶアザミちゃん? まだ話せる? どうしたの、黙っちゃって? まだ動ける?」

「え? ええ、平気」

「ねえアザミちゃん、ここで何があったの?」

「なにがって! そりゃあもう壮大なる大河ドラマが……あら? なんだっけ」

 大河ドラマってなんだろう。アザミは思い出せなかった。

 自分がここで落とし穴に落ちたのは覚えている。

 でも、どうしてそのあと悠長に長い映画でも見ていたような気がするのかが思い出せなかった。

「ごめん、やはりボクのせいだ」

 ごめんという言葉を聞いたとたん、なぜかアザミはアカリに謝りたい気持ちでいっぱいになっていった。

「ごめんなさい、って……。あの、アザミのほうこそ……ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「ああ、やっぱり変になっちゃってる! こわれてる!」

 ポタリ……ポタ、ポタ、ポタ……。

 自分の顔にかかるのがアカリの涙だとわかるとアザミの体のすみずみにまであたたかさが広がっていくようだった。正確には水分の浸入によって配線がショートしていく際の熱を感じているのだが、どういうわけかアザミにはそれがここちよかった。

 パッカーン! ヴワーッ!

「わわわ、また燃えてるう! オレのせいなの?」

 叫ぶムクゲが指差す方向を見ると、すっかりおとなしくゴミになっていると思われた先ほど蹴り抜かれたアザミの胸の部分がまた破裂して発火していた。

 すかさず大原シェフが備え付けの消火器で鎮火したが、くすぶる煙のにおいがどうにもどす黒く、それが少女たちの胸をわるくした。それはすえたような、古く腐ったゴムが燃えるようなとてもいやなにおいがした。

 アザミはその煙を見ながら、なぜかこう思い、つぶやいた。

「ああ、これで二度と思い出せない気がする……でも、何をだっけ? 思い出せない……」

 誰かの手がほおに伸びてきた。

「思い出せないの? ボク、アカリだよ?」

 涙のとまらないアカリのほおをやさしくふいてあげたい、とアザミは思った。

「わかってる……そして、忘れない! だって、これからずっといっしょだもの!」

 心底からアザミは思った。

 これからずっとアカリといっしょに生きていきたい。いや、そうしなくてはいけないのだと。

「え……あの……」

 アザミの語気に押されたアカリが何かを言いかけたが、その前に脇から誰かの腕がさっと伸びてきた。

「ちょっと、今のはなにごとですの! わたくしにもちゃーんと聞こえましたわ、アカリさん!」

 アヤメだった。

「オレも聞いたぜ! なに言ってんだよ、こいつ!」

 浴衣のすその間から蹴りのポーズをちらつかせたムクゲもこう言った。

 アザミが答える。

「だってそれがわたしの義務だもーん!」

「ぎ、義務とはどういうことですの! わたくしアカリさんから何も聞いておりませんことよ!」

「そうだそうだ、義務ってなんだよ! そんなナマイキは、オレ許さないぜ!」

 どうして「義務」などと言ったのか、アザミは自分でもわからなかった。

 だが思ったのだ。

 柴咲アカリの未来に自分は責任がある、と。

 そしてアカリの顔を見ると言いようのない切なさで自分の体がいっぱいになってしまうのだ。

 これが好きという気持ちなのだろうか?

 ようやく自分は魂というものを持てたのだろうか?

 気持ちがおもむくままアザミは言った。

「だから、これからもいっしょ!」

 りりしかったアザミの眉毛は焦げて薄くなっていた。だがそれがかえって優雅さをまし、アザミの美しい瞳をいっそうひきたてている。

 もともとアザミはなかなかのブロンド美人なのだ。

 その美しい眉毛の下のまぶたを閉じたアザミが、誘うように唇を突き出した。

「ああっ、こいつ! 目なんかつぶってヒョットコくちして、どういうつもりだ! よーし負けないぜ! アカリくん! んっ、んっ、んっ、んーーーーっ!」

「な、なんですの! ムクゲちゃんまで、ふたりして! わたくしだって! わたくしはここにいますわ、アカリさん! むむむむむううううう!」

「ふん。目をつぶったら負けよね。目標が見えなくなるじゃない? はい、先生。あごを手にとってリードしてあげるから。んーんんんんん!」

「お、大河内さん? ここでボクにそんなことしちゃダメ! ここはせまいんだから! そんなことしたらみんなが!」

「せんせーい! きゃはははははははは!」

 浴衣すがたの大群がおぞましきデジャブのようにアカリに押し寄せてくる。

「みなさま、お食事のご用意がととのいました」

 全員がきょとんとした顔をあげた。

 キュルルルルゥ。

 かわいらしい音が誰かのおなかから聞こえた。

 見合わせた顔がどんどん赤くなっていき、立ち居振る舞いまでがどんどん和服に似つかわしくなっていく。

 都内屈指のお嬢さま学校アルカディア学園の生徒たちはもじもじと自分たちの先生を見た。

「あの、アカリさん?」

 たおやかなアヤメの声が恥らいながら言った。

「ア、アカリ先生? その、よろしければ、わたくしたちとお食事をいかがですか?」

「え……。うん、アヤメちゃん! ボクおなかペコペコだよ!」

「だよな? そうだ! オレとなりにすわろうっと! でもって口移しに、あっ! くおらああ、大河内! あんた、なに走ってんだあ! 席とりはさせねえぞ。だから、待てってばああ!」

 アハハハハとみんなが笑いながらムクゲと大河内さんのあとを追っていくと、アカリはまだそこに残っていたアヤメに言った。

「アヤメちゃん、手伝ってくれる?」

「え? はい! お手伝いしますわ! あ、でも……」

「なに?」

「あの……」

「うん?」

「アカリさん……。おそろしいことって、もう全部おわったんですよね……」

 なにをばかな、と笑おうとしたアカリは急にアヤメの心配ごとが無意味でないような気分にとらわれた。

 だがアカリは言った。

「おわったよ。そう思う。それに、たとえおわってなくてもまた力を合わせようよ、ね?」

「あ……はい!」

 アカリにうながされてアヤメはロボットの左肩を受け持った。

 持ち上げてみると案外かるいな、とふたりは思った。

「あら? アカリさん」

「どうしたの。竹の先が指にあたる?」

「いえ、そうではなくて。あの、いまってお昼ですよね?」

「え?」

「そうですよね。いやだわ、わたくしったら。その階段に差し込む光を見たら、なんだか朝日のような気がしてしまって」

「あ、ボクもそう思った! 朝の光みたいだって。アヤメちゃんと同じだね!」

「同じ! まあ、アカリさん……」

 薄桃色の浴衣のえりからのぞくアヤメの白いうなじがほんのりとあかく染まる。

 それともそれは陽の光に照らされたのをアカリがそう思っただけなのだろうか。

「ボクさっきまで寝ぼけてたから、それで朝日なんて思っちゃったのかな、きっと。ハハハ」

 わたしも、と言いかけてアザミはしゃべるのをやめ、目を閉じた。

 わたしもあれが朝日に見えた。

 そうアザミは言いたかった。ほんとうにそう感じたから。

 アカリとアヤメにまるで赤ちゃんのようにかかえられながら、さわやかな休日の朝が嬉々として明けてゆくあの感覚をアザミもまた味わっていた。


    (コールドデザイアー第二部 人狼戦争。そして無限の彼方へ  おわり)



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