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ブラッドショッッット  作者: 梢柊
01.エピローグ
2/2

02. ウィリアム・ウェバーは途轍もない悪運の持ち主




ウィリアム・ウェバーは混乱していた。

自室で何となく寝転んでいたつもりが、自分はいつの間にか見知らぬ場所で、見知らぬ椅子に座っていた。

そこはどこか懐かしいような、将又今まで想像したこともないような、実に不可思議な場所であった。

上を見上げると、終わりの見えない天井からホワイトのスポットライトが眩しくウィルを照らしていた。

「あのう、誰かいませんか!」

いませんか……いませんか……いませんか…...

自分の声がよく響き、まるで舞台の上の様であった。といっても、ライトに照らされている場所以外はただ暗く、暗く、言葉では言い表すことの出来ない程に暗く、足を踏み入れようとは思えなかった。

「ここは何処なんですか」

そう姿が見えず、まず存在するかもわからない何かに問いかけてみて、はっとする。

もしかしたらこれは新手の誘拐なのではないだろうか。

最近自分の周りには妖異限界で摩訶不思議なな出来事が多すぎた。そのツケがここにきて回ってきたのかもしれない。

何せ自分は要らぬことを知りすぎたのだ。

そう考えてみると、実に筋が通っていた。

最悪だ。

自分は殺されるのだろうか。

いやそれよりも身代金なんて要求されたら……

混乱で掻き消されていた恐怖がじわじわと浮かんできて、ウィルはぶるりと身震いした。

震える手で肘置きをつかむと、滲み出した手汗で若干滑りながら立ち上がる。

少しでも自分に誘拐される程の価値がないということをアピールしようと思ったのである。

ウィルは再び天井を見上げると、意を決して息を吸いこんだ。

「ぼぼぼ僕はウィリアム・ウェバー、ただの高校生です……!アパートに叔母さんと二人暮らしで、み、身代金とか言われても渡すようなお金はありません!」

上から返答はない。

「あの、僕、特に勉強できるわけでもないですし、運動だって別に得意でもないし......」

何だか悲しくなりながらごにょごにょと自傷的に呟いていると、何処からかひらひらと何かが降ってきた。

降ってきたのは一枚の画用紙であった。

スケッチブックから破りとったような痕跡がある それには、端正な文字で「座れ」と一言書いてある。

ウィルが居る大掛かりな空間に対して随分とチープなそれは何ともアンバランスであり、妙な違和感を感じさせる。

ウィルは指示通り椅子に腰掛ける。

すると、また画用紙が降ってきた。

今度は「今まで己の身に起こった怪奇な出来事について語れ」と書いてある。


怪奇な出来事......?


思い当たることが多すぎて唸っていると、三枚目になる画用紙が舞落ちた。

「思い当たることは全て」

強い筆圧で書かれた文字はウィルを急かしているようだった。

思えばこの空間に自身が存在しているということこそ奇怪な出来事そのものであったが、慣れとは恐ろしいもので、ウィルはこの奇妙な事実に凄まじい速さで順応しつつあった。

なにより、新聞社で働き詰めの、あまり歳の変わらない叔母に、身代金の請求がいかないことが何よりだ。

ウィルはここ数週間の出来事を思い返した。


「......ええと、始まりは、」








始まりはあの馬鹿みたいに不味いピザだった。


「この世のものとは思えないって言うのは、誰が編み出した言葉だと思う?」

ジェイク──ジェイコブ・カーソンはウィルの机に乗り上げて、手を顎に当てながら言った。

一方ウィルはジェイクの問を右から左へ聞き流しながら、期限の迫るレポートの文字数を稼いでいた。ジェイクは一人でぺらぺらと話しながらも、文法や綴りのミスを指摘していく。

「この世のものとは思えないっつーのはな、この世以外の世界を知ってる奴か、この世に夢を見すぎた奴のどちらかしか言えないと俺は思うよ。あ、それ、eが足りない」

「あっ……また間違えた」

「でも、この世のものとは思えないって表現は何かを修飾してるんであって……そこまたeが足りてない。そう、そこ。……で、この世のものとは思えないものはこの世に存在してるって、なんだか変じゃないか?」

「ごめん、ジェイク。僕は君が言っていることを半分も理解できないくらいレポートに手一杯なんだ。少し簡単にして欲し……」

「今月の生徒新聞の特集、『この世のものとは思えない程不味いピザ屋!!』だってさ!」

ジェイクは食い気味に、興奮した声で少しよれた生徒新聞をウィルの目の前に突き出した。生徒新聞はその名の通り、生徒会が毎月発行する新聞で、その内容は主に発行者の個人的な趣味や最近の出来事などを綴ったものだ。大体の生徒がこんなもの読んだりはしない。何故ってダサいからだ。

「また生徒新聞?」

「またってなんだよ」

ジェイクは少し不服そうに腕を伸ばしてくるので、ウィルはペンを止めて突き出された紙に目を走らせる。

真っ赤に縁取られた見出しはでかでかとピザ屋を罵っていた。

「こんなの読んでるのジェイクくらいだよ」

「ああそうだよ!確かにこの紙きれはめちゃくちゃイケてないけど、なかなか面白い事が書いてあったりするのさ」

ジェイクは決して目立たない存在ではない。寧ろ友達はウィルよりもずっと多い方であるし、ガールフレンドもいたことがある。すぐに振られてしまったけれど。

「しかも生徒会の奴ら、いかにも優等生って感じの畏まった文を書くくせに、スペルミスが多いんだ」

ほら、とジェイクが指を指した箇所は、先程のウィルと同じスペルミスがあった。

ウィルは肩をすくめる。

「そんなことはどうでもよくて、今の話題は不味いピザ屋なんだよウィル」

ジェイクは一度手を叩いた。

「それがいま流行ってるの?」

「間違いないね。"キャシーたち"が店から出て来るのを見たんだ」

「あー……」

"キャシーたち"とは主にチア部のリーダー格で構成された女子グループだ。

この学校を歩き回る流行と噂話は、そのグループが作っているといっても過言ではない。

「そこでだ。俺達もそのクソ不味いピザ屋とやらに行って、それをネタにキャシーたちと話すんだよ。そうすればエマとデートも夢じゃないぞ!」

「ジェイクはエマとデートがしたいの?」

「はぁ?ウィルはしたくないのかよ?エマはあの中で一番美人なのに」

いや、それはジェイクの趣味だよ……。

ウィルはそう心の中で呟いて、ペンを指で転がす。

エマは高い位置でポニーテールをしていて、声が高く、鼻がツンと上を向いていて、常にチア部の部員だけに与えられるジャケットを着ている。

ジェイクは『如何にも』という感じがタイプらしい。

「あ、そうだ」

エマの魅力をつらつらと説いていたジェイクは、何かに気づいたようににやりと笑った。

「そういえば、ウィルはグレイスの方が好きだったな」

「なっ……!だだだ誰がそんなこと」

「いや図星かよ」

「ち、ちが」

「はいもうアウトでーす、わかり易過ぎでーす。お前はダブルドリブルからのPK失敗、ジェイコブ・カーソンの逆転ホームランでーすってな」

「競技が滅茶苦茶だよ……」

グレイスのことに言い返せなくなったウィルに気分を良くしたジェイクは片眉を上げた。

グレイスはキャシーたちの一員だが、チア部ではない。彼女達の中では一番静かで、ストレートの髪を下ろしている。

なぜ彼女がキャシーたちと居るのかは謎だ。

ウィルはキャシーたちとは似ても似つかない、しかしキャシーたちと居ても不自然ではないグレイスの事が少なからず気にかかっていた。そしてジェイクに気づかれるほどに目で追っていたのである。ほぼ無意識的に。

「グレイスと話したことは?」

「歴史のクラスで毎回少しだけだよ……」

「ウィルってばムッツリだな!!」

ジェイクはウィルの肩をばしばし叩きながら大声で笑った。すると一瞬、教室で談笑していた生徒がこちらを見た気がして、ウィルは縮こまりながらため息をつくのだった。

間もなく始業のチャイムが鳴る。







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