SS・仮面の男。
「ふぅー…全く嫌になるわね…」
公務室にて一人、目の前の書類を処理していた手を止め、一息つきながら外の晴れ渡る空を睨みながら、私はポツリと呟く。
現在この国「ルーチェフォンセ」は戦争状態に入っている。
きっかけは魔王が突如起こした侵略戦争だ。勇者の活躍により魔王の侵略は食い止められたが、その被害は大きかった。
この国は国土の1/3が荒れ果て、10万を超える人間の命が失われた。また勇者も魔王と相打ちになり命は繋いだものの引退を余儀なくされた。魔王も重傷を負ったらしく両者睨み合ったまま停滞しているというのが現状だろう。とはいえまだ小競り合いは続いており各地で小規模な戦闘が勃発している。
戦闘が行われるたびに失われる人命。今はまだ持ちこたえてはいるがこのまま戦闘が続けばこの国が確実に弱っていくのは火を見るよりも明らかだ。にも拘わらずこの国の王族と貴族たちは自らの私腹を肥やすことしか考えてはいない。
魔王領と隣接しているこの国は他の国から多くの支援を受けている。この世界はノスダム火山を中央にして考えるとノスダム火山を含むノスダム大森林の左側が人間領、右側が魔王領となっており魔王軍はノスダム火山を迂回して人間領へと攻め込むがその際迎撃に当たるのはもっともノスダム火山に近いこの国になる。
この国が占領されれば人間側の技術の流出のみならず他の国々への侵攻の足掛かりとされてしまうのだ。それ故に他の国々は支援を送り代わりに安定した経済成長を成し遂げている。そしてその支援を受けてこの国は魔王軍の侵攻を食い止めてきた。
魔王軍との衝突は新たな経済効果を生み出した。捕らえた魔族から得た知識による新たな技術革新。それを機に国は大きくなった。そして魔族は人間からすると珍しい奴隷としての価値も大きく、この国から世界中に売り飛ばされ巨万の利益を生み出した。だけどこの国は徐々に力を失い始めた。
その答えは至って簡単だ。自国が生み出した利益も他国からの支援もそのほとんどが王族や貴族の肥やしに変わり、守るべき国民にまで行き届いていないからだ。それでもこの国が国として機能しているのは、これまで魔王軍の侵攻がほとんど無かったことと、皮肉にも魔族の奴隷が労働力として重宝したからだ。でも今までギリギリ国として機能していたのも限界を迎えてしまった。
突如始まった魔王の侵略戦争。勇者の活躍により最悪の事態は免れたものの今までのツケの代償は余りにも大きかった。
散発的に起こる戦闘。それによる死者と避難民の増加。広がる貧富の差。それに伴い増える差別意識。各地で聞こえ始める不満の声。もはやこの国はいつ崩壊してもおかしくない所まで来てしまった。なのに王族や貴族は自分たちの立場を守ることしか考えてはいない。
「やるしかない…か」
空を睨みつけていた視線を今度は下で訓練している騎士たちに向け、小さく呟いた。
私にはやらなければならないことがある。それは王族である私に課せられたある種の宿命だろう。
物思いに耽っているとドアがノックされた。
「お嬢様、フルリールです、今お時間よろしいでしょうか」
「構わないわ、入りなさい」
「失礼致します」
扉を開き入室し、聞きなれた透き通った綺麗な声で私を呼ぶのは専属メイドのフルリール・セイズ。声もそうだけど空色の綺麗なショートヘアに整った顔立ちかつ長身でスレンダーな体系はメイドでありながら気品を感じさせる。仕事も家事も完璧だ。ただその真面目すぎる性格と心配性なところが欠点なのだけど。
「もうすぐ騎士団への入団希望者の選定が開始されますので移動なさったほうがよろしいかと思います」
そういえば書類の処理に忙しく今回の入団テストの時間が近づいていることに気付かなかった。
いつ魔王軍が攻め込んでくるか予断を許さない現状では少しでも戦力が必要だ。そのため4つの騎士団合同で度々入団テストを行っている。
騎士団への入団は人気が高い。なぜなら騎士の生活基準は高く、家族を養うことができるし、出世すれば首都へ移り住み安全さえ手に入れられるからだ。でも移り住めるのはほんの一握りだ。
それでも多くの希望者が集まる。騎士団によっては身分や性別などの規制もあるみたいだけど私は行ってはいない。完全な実力主義だ。
「そう、もうそんな時間だったのね。すぐに行くわ」
「かしこまりました」
書類を書き上げ席を立ち、扉を開け待っている彼女に近づき声をかける。
「さあ行きましょうか、リール」
「はい、お嬢様」
息苦しかった公務室を背にリールを連れ、私は歩き出した。
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「おっ、久しぶりだね~フィオナ。また一段と綺麗になったね~」
「…貴方も元気そうで何より」
闘技場の観客席に向かう途中後ろから聞こえてきたノリの軽い声に憂鬱な表情になり振り向きもせずに答える。
「つれないねー。俺と君の仲じゃないか」
「貴方と親しくなったつもりはないわよ」
小さくため息をつき振り返りながら答えると、酷いな~と笑い男は気にも留めていないようだった。
「私に何か用かしら?近衛騎士団団長さん」
ノリの軽いこの男はダン・シュタイナー。15年前最年少で最強の騎士団である近衛騎士団「ミリュー」の団長になった経歴の持ち主だ。だけれど問題は30代半ばになっても変わらないあのノリの軽さだ。女性関係の噂は常に絶えず貴族との繋がりも持っている。私が最も苦手なタイプの人間だ。
「俺からのラブコール答えてくれる気になった?」
「何度聞かれても答えは変わらないわ。私が近衛に入ることはありえない」
「冷たいね~。まあ気が変わったら声かけてよ!」
「それじゃ私はこれで失礼するわ。行くわよリール」
笑顔で話しかけるダンに顔色一つ変えずに淡々と答える。ノリは軽いが意外と油断できない男だ。余計なことを喋る前にここを離れようとまたな~という声を背に私は観客席に向かって歩き始めた。
私が去ってすぐ1人の女性がダンに近づいて行った。
「貴方は相変わらず嫌われてるみたいですね」
「君は相変わらず手厳しいね~ケイたん。それにあれは彼女の愛情の裏返しさ!」
「…貴方の前向きさには感心させられますよ」
「ふふふっ、ありがとう!」
「…それよりも実力があるのはわかりますが平民出身の彼女にあそこまで固執するなんて諦めの早い貴方にしては珍しいですね」
「お?もしかして嫉妬かな?」
「嫉妬などしていません。ですが平民出身がなぜ従者を連れているのか理解に苦しみます。日傘まで用意させて…」
「それだけ彼女が慕われている証拠なんでしょ。なんたってこの前の人魔大戦の英雄だからね。日傘に関しては彼女は太陽が苦手みたいだしね~日焼けは女の敵じゃないの?さてと今日はどんなかわいこちゃんが来ているか楽しみだね!」
「はぁ…そろそろ私たちも移動しましょう」
女性は呆れたように小さくため息をつきダンと一緒に観客席へと向かった。
国王の話を聞き流しながら私は闘技場のフィールドに集められた入団希望者の一人から目を離せずにいた。
太陽で煌く白銀の髪に目元を完全に隠す白銀の仮面、周りは大きな甲冑を着込んでいるなか一人黒を基調に白銀の装飾をあしらえた細身の鎧を纏い腰には見たことのない細長い剣のようなものを携え異色の存在感を放っている。
「仮面の彼、面白い存在ね」
「お嬢様がそう仰るのであればあの仮面の男はなにかしらの力を持っているのですね」
「フフッ、私を買いかぶりすぎよ。このテストが終わったら彼と面会するわ」
「かしこまりました。テストが終わり次第あの男と接触いたします」
「ええ、任せるわ。このテストをどうこなすのか楽しみね」
私がほほ笑むと同時に国王の長い話も終わったようだ。
「騎士になりたくばこの試練を乗り越えてみよ!」
その掛け声と共に国王の足元の巨大な扉が開き唸り声上げながら試練はゆっくりと姿を現した。