2・弱い奴は肉にされ、強い奴に食われる。
心の叫びが収まると同時にふと冷静になる。
転生したと言っても異世界なのかまだわからない。
パニックになってたので異世界かと思っていたのだがそもそも地球の可能性だってあるのだ。
今は蜥蜴しかいないためなんとも判断できないんだけども。
とりあえず外に出ないことには始まらない。
そんなことを考えながらぼーっと目の前を眺めていると信じられないことが起こり始める。
やはり俺は蜥蜴に転生したと言ってもまだまだ心までは蜥蜴になりきれないらしい。なぜなら今俺の目の前では兄弟同士の生々しい共喰いが始まっているからだ。
ありえねー。
確かにお腹は空いている。だけど目の前の惨劇はむしろ吐き気を催してもおかしくはないのだ。それでも吐かないのはそのあまりにも人間社会とはかけ離れた光景だからか、それとも胃になにもないからか、いや恐らく両方の影響なのだろう。
そんなことを考えていると後ろから物音が聞こえてきた。
慌てて振り返ると兄弟の一匹が完全に俺を見つめている。
ハロー!
兄弟元気かい?
俺は外に行きたいんだ!
そこを退いてくれないかな?
そう目で訴えかけるが兄弟は明らかな戦闘態勢のようだ。一方の俺は身体が震え始める。
そう、怖いのだ。
トラックに轢かれ、意識を失う寸前に感じた悪寒。自身に迫りくる確かな「死」の恐怖。
本能がビンビンに訴えてくる。
逃げなければ殺されると。
今の俺ではどう足掻いても勝てるわけない敵だと。
どうして同じ蜥蜴にそこまでビビッているのかって?
自分サイズの蜥蜴はそこまで怖くはないが、俺の目に映っているのは兄弟の奥にある薄暗い空間。
そこに突如として現れた巨大な影だった。
そうその影の正体は頭だけでも兄弟を五、六匹は飲み込めるほど大きな蛇だったのだ。
人間の時でさえ道に蛇がいようもんならカラダが硬直するレベルだったのに蜥蜴になった今見るとその巨大さに恐怖のあまり動けなくなってしまったのだ。
これじゃ蛇に睨まれた蛙ならぬ蜥蜴である。その蛇の口がゆっくり大きく開いていく。
おいおい。一体何匹入るんだよ。ありえねー。つか、こっち見てるよな?
そう、明らかに蛇の口は俺を向いているのだ。
ヤバイ!逃げなきゃ!くそ!動けよ!動けっての!
必死に逃げようと動こうとするが恐怖で身体が言うことを聞いてくれない。
そんな俺を見て兄弟は逆に警戒しているようだ。そんなことより後ろ見ろ! と言いたい気持ちである。
そんなことを考えてるうちに頭の中に声が響く。
《熟練度が一定に達しました。スキル「恐怖耐性LV1」を獲得しました》
声が聞こえた瞬間さっきまでの震えが少し収まった。僅かだが身体は動く。
なにも考えず必死に横に跳ぶ。
さっきまで俺がいた場所を大きな口を開け、蛇が通過していく。
兄弟を飲み込みそのまま奥の共喰いしてる兄弟たちに突っ込んで行った。
逃げるなら今しかない。
俺は振り返らず蛇が来た方向へと走り出す。
このままここに留まればいずれはあの蛇の餌になってしまう。
そうなるくらいなら蛇が来た方向に行く方がまだマシだ。
ここは洞窟か地中のどちらかだろう。ならもしかしたら外に出られるかもしれない。
後ろで聞こえる地鳴りのような音を耳にしながら俺は全力で走った。
走り出して割とすぐ光が差し込み始めた。
傾斜になっておりその先には青い空が広がっている。
外だー。
生きてるって最高だな!
穴から這い出るとそこはたくさんの木々で生い茂る森の中みたいだった。
とりあえず今の状況をおさらいしよう。
さっき蛇に襲われたとき声が聞こえた。確か恐怖耐性とか聞こえたような? あとレベルとか言ってたよな?
そのことから推測するにこの世界は異世界っぽい。しかもRPGみたいにレベルとかがあるのか。
恐らく身体が動くようになったのは恐怖耐性が付いたからだと思う。
つまりスキルは一定の経験値が貯まれば獲得できるってことか。
ただ情報が少なすぎる。せめて鑑定ができればここがどこかもわかるんだけど。
物は試しだ。なんでもやってみなければわからない。
鑑定!
とりあえず自分を鑑定してみた。
ディスプレイのように目の前に鑑定結果が表示される。
『種族 ノスダムリトルリザード LV1
ステータス
HP:20/20
MP:10/10
物理攻撃:2
物理防御:2
魔法攻撃:2
魔法防御:2
命中精度:2
回避能力:2
フィニッシュムーブ
なし
スキル
「恐怖耐性LV1」「真理」』
おいおい、マジかよ!
心でひゃっほいする。
さっきまでの恐怖はどこへやらといった具合で鑑定結果が表示されたことにテンションが上がる。それも無理はない。
今映し出されているステータスやら称号やらスキルやらどれもゲームの世界でしか見たことないものばかりだったからだ。その中に気になるワードが幾つか目につく。
まずは自分の種族であるノスダムリトルリザードだ。
リトルリザードはそのまま訳せるから問題ないとして、ノスダムとはなんぞや?
種族のノスダムリトルリザードを二重鑑定してみる。
『ノスダム火山帯およびノスダム大森林地域に広く生息する蜥蜴』
なるほど、ノスダムというのはこの地域の名前なのか。
次に気になるのはフィニッシュムーブ。これはつまり必殺技ってことだよな。さすがにまだないか。
そして一番気になるのはやはりスキルにある真理の文字だ。明らかにたかが蜥蜴が持つには名前が大げさすぎる。転生特典というやつだろうか?
とにかく鑑定だ。スキルを鑑定してみる。
『スキル「真理」に統合されているスキル:「鑑定LV10」「解析LV10」「高速演算LV10」』
はっ!?
待て待て!
なんだこの性能!
あれだけ怖い思いして手に入れた恐怖耐性が霞むほどのスキルレベルの高さ。自分だけではなく、相手のステータスもわかるのならばかなり有利に立ち回れるのでは?
これはとんだチートスキルなのではないだろうか。
さらにこのスキル「真理」はオンとオフが切り替えできるらしいのでとりあえずオンにしておく。これにより自分のステータスは常に表示されている。他の物を鑑定するには鑑定と念じれば表示されるみたいだ。
最後に気になっていたもの、それは明らかに低すぎるステータスだ。
確かに名前からしてただの蜥蜴なのだからステータスが低いのは当たり前といえば当たり前なのだが。
どこかで他の生き物のステータスを見ないと判断できないけども。
自分についてある程度認識したとき、全身に悪寒が走る。そう、その感覚はつい先ほど身に染みて実感した「死」の感覚。その気配は俺が出てきた洞窟の奥から漂ってくる。
気配の持ち主が現れる前に俺は咄嗟に近くの茂みへと身を隠した。
出てきたのはやはりあいつだった。