二十話 あれ? 報酬は?
アレックス王子がガルティモアの戦いより凱旋した二日後、ヴィルヘルム国王の国葬が厳かにかつ大規模に執り行われた。これによりアレックス王子は、王太子、次期国王の座を不動のものとし、国民からは歓喜の声で迎えられている……との事だ。
俺は実際に見ていないから分からない。新聞に書かれている内容を見るとそういうことらしい。
王子からは論功行賞を行うと聞いていたので、俺はおとなしく屋敷で待っていたのだが、その迎えの使者は待てど暮せど一向に来る様子がない。二週間後やっと使者が来たかと思ったら、それは今住んでいる屋敷から退去する様にとの知らせだった。
「は? いきなり出て行けって、どういうことだ? 王子から他になにか聞いていないか?」
「さあ? 私はただこの件を伝えるようにと命令されただけですので、詳しいことは……」
論功やるって言ってたのにどうなってんだ? 確か伯爵の爵位は約束すると聞いていたのだが……。
「レティシア。これどう思う?」
「戦後処理でいろいろと忙しいのかと思って待っておりましたが、屋敷から出て行けだなんて。明らかにおかしいですわね」
「そうだよなぁ。一応俺は先の戦争の第一戦功者って事になっているのに、この扱いはかなりひどいよな」
いくら温厚な俺でも切れるぞ?
《温厚って一体誰のことですか?》
《あのな。ブラック企業で鍛えた俺の忍耐力舐めんなよ?》
《それは鍛えたと言うより、馴らされたと言った方が正しいですね。この飼い馴らされた社畜が!》
《ぐ……言い返せねぇ》
まあ、別に金が欲しいわけでも伯爵になりたいわけでもないんだが……王城で何かあったか?
「なあ、王子に取り次いでもらうことは出来ないか?」
「いえ、私はただの伝令役ですので、恐れ多くてそのようなことは……」
「じゃあ、スタンレイさんに頼んでみるか」
「あ、スタンレイ殿もこの屋敷の管理の任から解かれておりますので、ここにはもうおりません」
「へ? そうなの? 一体いつのまに……」
「取り付く島もないとはこの事ですわね」
こうして俺達はわけも分からないまま屋敷を追い出される事になった。代わりの宿については、先代から相続したものの、全く使ってない別宅が王都にあるとレティシアが言うので、そこに厄介になることにする。レーニアと王都はかなりの距離があるし、ハルベルトが中央の政治に興味が無いため、王都に滞在することはほとんどなく、レティシア自身も一度も見たことがないのだそうだ。
しかし、その別宅を見てみると……
「これは……見事なまでにボロボロだな」
「ええ……さすがに数十年も放置したままだとこうなりますわね」
「お、おい。ここに住むのか? まるで幽霊屋敷じゃないか」
トリスタンの感想はもっともだ。屋敷はそれなりの大きさがあり、庭も広いのだが、窓ガラスは割れ放題で、蜘蛛の巣もビッシリ。庭は芝なのか雑草なのか良く分からない草木が生い茂っている。池もあるが、これは完全に沼だな。四方を囲む外壁もところどころ崩れて穴だらけだ。
「確かに、とても人が住めるような屋敷ではないな」
「そうですわね。わたくしもまさかここまでとは思っていませんでしたわ。フェイト様、申し訳ありません。他を当たりましょう」
レティシアが申し訳なさそうにそう言ってきたのだが。
「なあレティシア。これどうせ使わないなら俺が好きにしていいか?」
「え? これをどうにかするつもりですの?」
「ああ、俺の魔法でちゃちゃっと改修してやる」
「……まあ、それでしたら問題ありませんわ。むしろお父様も喜ぶと思いますし」
レティシアはまだ、これがどうにかなるのかしら……とかブツブツ言っているが、一応許可は頂いた。助手を呼んで一気に改修するとしよう。
「でも、さすがに今すぐは無理だから、しばらくは宿屋暮らしだな」
「たまにはそういうのも良いかもね」
ホバークラフトで寝泊まりも出来なくもないが、それでは風情がない。しばらくは王都観光&宿屋巡りでもするかな。戦いの疲れも癒やしたいし。
「というわけで、カレナリエン。屋敷建て直すぞ」
「……しばらくぶりに来たと思ったら、また『というわけで』って……。で、今度は何作るの?」
「作るというか、作り直すだな」
「作り直す?」
「そそ、オンボロ屋敷を建て直してそこに住むんだよ」
「えー、なんで私がそんな大工仕事やらなくちゃなんないのよ。私のこの白魚の様な美しい手がアザだらけになったらどうしてくれるの? お嫁に行けなくなっちゃうじゃない」
その時は責任取ってよね。とか言っているが、あからさまに嫌そうな顔をするカレナリエン。だが良いのかそんな態度とっちゃって。
「まあ、どうしても嫌だと言うのなら強要はしないけど、良いのか? この俺がただフツーに屋敷を建て直すとでも思ったか?」
「え? 何か面白い事するの?」
「この間、三人の武器のベースとなる素材を、錬金術っぽい魔法で錬成しただろ? あれを使って屋敷を建て直す」
「そのやり方教えてくれるの? やるやる! 絶対やります! もう師匠ったら、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
先程までとは打って変わって、喜色満面の笑みを見せるカレナリエン。しかしな、この技はやすやすとは身に着けられないのだ。俺の鬼のシゴキに耐えてもらうぞカレナリエン。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……というわけで。ここはこうなってだな。ん? ……まあ、今日のところはこの辺にしておこうか。おーい、カレナリエン大丈夫か?」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ……。
錬金術を扱うには、地球の科学的な基礎知識が必要になる。ただ魔力をこめればできるってシロモノではないので。
その基礎知識を今日一日で無理やりねじ込だわけなんだが……ちょいとばかりオーバーヒートしてしまったようだ。
「だー! すべての物質が目に見えないくらいの小さなブツブツの集まりってどういう事よ!」
「それがさっき説明した原子と分子だって言ってるだろ? これら物質の最小単位の粒を魔力で操作したり、くっつけたり、分離したりするのが俺がやってる錬金術だ」
「それが分かんないのよ。というかなんでそんな目に見えないくらい小さいものがあるって分かるの? それになんでそんなツブツブ同士がちゃんとくっついてるのよ。ボロボロ崩れそうじゃない」
うがー! と叫びながら頭を抱えてのたうち回るカレナリエン。
うむむ……化学という概念が存在しないこの世界の人間に、現代化学を理解させるのは少々無理があったか。こいつに分子間にはファンデルワールス力っていう電磁気的な引力が働いてるんだって言ってもチンプンカンプンだろうなぁ。
「はぁ、明日から俺が実践しながら教えていくから、少しずつ理解していこう。俺もこれを理解するのに何年もかかってるわけだからさ」
「何年もって、師匠の年は確か15歳よね。一体いつ、誰からこの知識学んだの?」
カレナリエンが俺に疑いの眼差しを向けてくる。俺はわざとらしく視線をそらし鳴らない口笛を吹き、とぼける構えを取る。ちょっと迂闊だったか。前世の知識だとは言えないしなぁ。
「じーーーー」
「うっ、それは別に誰からだって良いじゃないか。それよりも早く行くぞ」
「あ、はぐらかした! でも行くってどこに?」
「もちろん、いいところだよ。というわけで、さっさとお泊りセット準備しろよ」
「ななな! 何する気なのよ師匠! い、いきなりそんなこと言われても。 え、え? マジで?」
俺の意味深セリフに一瞬で耳まで真っ赤になったカレナリエン。思いっきりパニックになってあたふたしている。こいつ、普段あんなエロセリフ吐いてるくせに、実はこういうことに全く耐性がねーでやんの。
「ほら、さっさと準備する!」
「え、え……ちょっとまって師匠!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、フェイト、おかえり。カレナちゃんも一緒なの?」
「おう、仲間はずれにするのも悪いかなと思ってな。誘ったんだよ」
「うん。私は大歓迎だよ。よろしくねカレナちゃん……って、どうしたの?」
カレナリエンは宿を見上げながら茫然自失と突っ立っている。おい、お前、口空いてんぞ。
「宿?」
「ん? 宿以外に何に見えるんだよ?」
「みんなも一緒?」
「そそ、エレーナもレティシアもいるぞ」
それを聞いたカレナリエンは盛大にため息を吐き、その場にへたり込む。
「返せ……」
「ん? なんだ? 声が小さくて聞こえないぞ」
「私の覚悟を返せっ!!!」
覚悟っておま……あれ本気にしてたのかよ。カレナリエンは涙目になりながら俺に殴りかかってくる。
「ちょっと、お前。落ち着けって」
「これが落ち着いてられるかっての! むきー!!」
「フェイト、女の子を泣かせるなんて……一体何があったのか説明してもらえるかしら?」
顔を上げるとそこには腕組みをして俺を睨みつけるディアナの姿があった。あ、はい。すみません。説明させて頂きます。
ーー俺は状況をディアナに説明する。
「……というわけで、俺はカレナリエンをからかうつもりで言ったんだけど……」
「なるほど……状況は大体分かったわ」
ディアナは眉間に手を当て考え込む様なポーズから一転、カレナリエンと一緒にビシっと俺を指差し。
「これは絶対フェイトが悪い!」
「これは絶対師匠が悪い!」
《これは絶対響介さんが悪い!》
と、見事にハモりながら俺を断罪する。
「えーん。ディアナさーん。ししょーがいじめる~」
「よしよし。こんな可愛い子をいじめるなんてフェイトは悪い人ですね~」
「…………」
《というか、お前もさらっと混ざるなよ》
《えー、女心を弄ぶ響介さんが悪いんですよ》
あー、とりあえずさっさと宿に入ろう。この宿は温泉が有名だと聞いてたので楽しみにしていたんだ。
次回更新は明後日10/9(月)です。
週二回更新って言ってましたが三回なら行けそうですので、月水土更新でよろしくお願いします。




