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十五話 それぞれの戦場

デュークとの対決の前に、トリスタン、ディアナ、エレーナのそれぞれの戦況を挟みます。


「おりぁぁぁ! へっ。ホーエンツォレルン軍も大したことないな」


 敵の右翼に配備されたホーエンツォレルン辺境伯軍は、重装歩兵を中心とした部隊だ。その重装歩兵とは相性のいいトリスタンをぶつけている。


 トリスタンは重量級の槍、グラディウスを振り回し、重装歩兵の部隊に突撃する。相手は盾を構え防御姿勢をとるが、それくらいでトリスタンの槍を止められるわけがない。盾もろともトリスタンに弾き飛ばされ、敵部隊の一角に大きな穴が開く。


 その穴にカガリとシオンの部隊が突撃し敵を翻弄。敵は陣形を大いに乱される事になる。ホーエンツォレルン軍の戦意は地に落ちていた。


 兵の大半が勝ちを確信していた戦。この様な状況では誰もが勝ち戦を味わいたいと思うものだ。だから兵は命を惜しむ。だから不測の事態が発生しても、誰かが対処してくれと願う。そんな思いが連鎖して、大軍はその機能を失ってしまう。


「おのれ。敵は200にも満たない少数だ! 霧に隠れて奇襲を受けたとはいえ、何をやっている!」

「し、しかし、アーノルド将軍。あの金髪の槍使いの男が思いの外強く。誰もやつを止められません。それにあの得体の知れない光の攻撃により、兵士達が浮足立っております」


「全く我が兵ながら情けない。どれ俺が直々に出向いて討ってやろう」


 ホーエンツォレルン軍の総指揮官、アーノルド=ルンベック将軍が戦闘用馬車(チャリオット)をトリスタンに向けて走らせる。


「おらおらおら、もっと歯ごたえのあるヤツはいないのか?」

「そんなに歯ごたえが欲しいのなら、くれてやろう!」


「お、おお? なんかでかいやつが来たな」

「トリスタン殿、あれはアーノルド将軍。この右翼の指揮官だ!」


「カガリさん、そうなのか? つまり親玉ご登場ってわけか、これは面白くなってきたぜ!」


 トリスタンは突っ込んでくる戦闘用馬車(チャリオット)の馬をジャンプで躱し、乗っていたアーノルドにグラディウスを叩きつける。


「おらぁ!!」

「ぐ、ぐおぉ!」


 アーノルドは弾き飛ばされ、チャリオットから落下。だが、アーノルドは全身が厚い重装鎧に覆われているため、外傷はなさそうだ。すぐに立ち上がる。


「俺をチャリオットから落とすとはなかなかやるな。だが、俺が纏っている鎧は厚さ1cmの鋼でできている。貴様の槍など通らぬわ」

「お前、よくそんなもん着て動けるよな」


 トリスタンが呆れ顔を返すと、アーノルドはニヤリと笑って自分のエモノ、ハルバードを構える。


「フハハハ、それがこの鋼鉄の将軍。アーノルドの恐ろしさよ!」

「自分で鋼鉄のとか、言ってて恥ずかしくないのか? まあ、槍の刃が通らないなら通らないで、他にやり様はあるんだけどな」


 そう言って、トリスタンは【プロテクション】で自身の防御力を引き上げ、グラディウスの【リーンフォース】の効果で力を最大まで強化する。


 そして、アーノルドのハルバードを掻い潜り、グラディウスではなく、肩からの渾身の体当たりをアーノルドの腹部に食らわせる。


「てめぇより、俺の方が硬えぇぇ!!」

「ぐはぁぁ!!」


 厚い鎧で刃物は弾き返せても、魔力と魔法で限界まで底上げされた、渾身のタックルから生じる衝撃は殺せない。もろに鳩尾(みぞおち)に一撃を受けたアーノルドは苦しみのあまりのたうち回る。


「これで気を失わないだけでも大したもんだぜ、オッサン。だが、これで終わりだ」


 トリスタンはアーノルドの鎧の首関節部分にグラディウスを差し込み、一突きする。アーノルドは声にならないうめき声を上げ、やがて動かなくなった。グラディウスを引き抜き、トリスタンはその血を払う。


「あ、あ……アーノルド将軍討ち死にぃぃ!」

「ひ、ひぃぃ、バ、バケモノだ!」

「あ、こら……俺を置いて逃げるな」


 指揮官を失ったホーエンツォレルン軍は瓦解し、潰走を始める。


「すごいぞ、トリスタン殿。あのアーノルド将軍を討ち取るとはな」

「おお、カガリさん! 見ていてくれたか!」


「ああ、バッチリとな」


 そう言ってウインクを返すカガリ。それを見たトリスタンは照れて舞い上がる。


「よっしゃあ! もっと暴れてやるぜ! ってあれ? あそこにいるのは騎士団じゃないのか? ということはあの先頭のでかいやつがクヴァンか?」


「騎士団が敵本陣に下がっている様だな」

「そうみたいだ。よし、あれを倒せばこの戦も終わりだ。俺はやるぜ!」


 そう言って騎士団に向けて駆け出すトリスタン。


「あ、ちょっと待てトリスタン殿。持ち場を離れるのはまずい。戻るんだ」

「カガリさん。大丈夫だ。今の俺だったら行ける!」


 カガリの静止の言葉を無視して駆け出すトリスタン。


「ああ、もうあんなところまで……。シオン、すまないがこの事をフェイト殿に伝えて貰えないだろうか?」

「は、お嬢。分かりました。すぐに行ってきます」


「……無事ならば良いのだが。はぁ、あのお調子者の性格さえなければ、いいのだけどな……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「フェイトの作戦がうまくいっているみたいだし。みんな、こっちも行くよ」

「「はい! 姐御!」」


 威勢のいい返事に少々戸惑ってしまうディアナ。


「……ミオさん、ゲンドウさん。その姐御って呼び方やめて欲しいな」

「え、しかし、ディアナ様はフェイト様の奥方様ですし……」


「お、奥方様って……えへ。そういうことなら、うん。いいのかな?」


 急に奥方様と言われ照れるディアナ。


「はっ! 私ったら何を……えっと、気を取り直して。私達の役目は左翼のリプセット軍を叩く事。霧に紛れて行くよ!」

「「はい!」」


 ディアナは手に持ったファルシオンに風属性の魔力を通し、振り抜きながら駆ける。ファルシオンから放たれた真空の刃が次々とリプセット辺境伯軍の兵士を切り刻む。


「な!? て、敵か? 左の方向から霧でよく見えないが、何かが……がはっ」


「さすが姐御。でも私達も負けてはおりません!」


 月狐族のミオは、両手に短剣を携え、素早い動きで敵兵を翻弄し、最小限の動きで喉元を切り裂き次々に敵兵を屠っていく。一方で熊羆(ゆうひ)族のゲンドウの武器はその鍛え抜かれた巨漢から繰り出される拳の一撃だ。手から肘までを覆う手甲(ガントレット)を装着した攻防一体の戦闘スタイルに敵兵は為す術もなく殴り殺されていく。


 獣人の一族は魔法を扱うことは苦手だが、その生まれ持った身体能力は人間を遥かにしのぐ。ミオとゲンドウは別格だが、ディアナに追従した200名の他の獣人族兵達の戦闘能力もなかなかのものだ。リプセット軍の兵士を圧倒し、次々と死体の山を作る。


 濃い霧のため状況が掴めないリプセット軍は大混乱に陥った。その霧は間もなく晴れたのだが、カレナリエンの放ったレールガンが戦場を貫き、リプセット軍の混乱に拍車がかかる。


「よし、この混乱に乗じて一気に行くよ」

「「はい!」」


 リプセット軍はディアナ達の存在に気づき、魔法部隊が詠唱を始めるも、ディアナの【アクセラレート】で加速したスピードの前には無力。的を絞る事ができず、戸惑っている間に急接近され斬り伏せられる。


「な、何だあの女剣士は、疾い、疾すぎる!」

「あの赤毛の剣士……まるで彗星のようだ」

 

 魔法兵が苦し紛れに魔法を放つも、ディアナにはかすりもしない。


「魔法なんて当たらなければなんともないわ! ミオさん、ゲンドウさん。一気にリプセット軍の本陣に行くよ」

「「了解」」


 ディアナ達は既に戦意を喪失した兵士達を掻い潜り、リプセット本陣に切り込む。


「見えた! あれが本陣。ってあの男はカガリさんを拐ったやつね」

「む、あれがお嬢を辱めたリプセット辺境伯……許さん! ウオォォォ!!」


 リプセット辺境伯の姿をみて、怒りを露わにしたゲンドウが敵本陣に突撃する。


「うお! 熊の獣人がこっちにくる! お前達何をしている。早くやつを止めないか」

「いえ、しかし……あ、あれを止めるのですか? に、人間には無理です!」


「な、お前! それでも我軍の戦士か? 戦士なら主君のためにその生命を捧げよ!」


 リプセット辺境伯が、兵士を奮い立たせようとするも、ディアナ達、特にゲンドウの迫力に圧倒され、兵は完全にすくみあがっていた。


「全く情けないわね。私が一肌脱いであげようかしら」

「お、おお。シメオン卿、やってくれるか?」


「そうね。あのディアナって子、かわいいわぁ……私のコレクションに是非加えたいわね」

「そ、そうか。あやつの首などそなたにいくらでもくれてやる。だから頼んだぞ」


 このシメオン=ダンビエール子爵は、戦場で切り落とした美男美女の首を薬漬けにして保存し、収集する……変態子爵として有名である。しかし、その剣の腕は一流で、剣の疾さでは王国一とも噂される。一部では人間ではないのでは……という噂も。ちなみに口調はアレだが一応男である。


「交渉成立ね。では、まずはそこの熊男君。あなたはコレクションしないけど覚悟してね」

「むぅ、邪魔だどけっ!」


 ゲンドウがシメオンに攻撃を繰り出すが、無情にもその拳は空を切る。シメオンを捕らえれない。反対に体勢が少し崩れたスキを突かれ、ワキ下を切りつけられてしまった。ワキは太い血管が通る急所。傷口からおびただしい量の血が吹き出る。


「ゲンドウさん! 下がって、私が相手する!」

「ぐ……姐御。すみません……」


 ゲンドウは痛みと悔しさに顔を歪ませながら、傷口を押さえ、ディアナの後ろに下がる。


「あらぁ。やっと来たわね私の本命ちゃん。むさい男はいらないわ」

「本命……何のことか知らないけど、邪魔するなら切るわ」


 ディアナはそう言ってファルシオンを構える。


「うふふ……本当にかわいい事言ってくれるわね。でもあなたに私の剣が見切れるかしらっ!」

「……そんな物、見切るまでもないわ」


 シメオンが口上を終えると同時にディアナに斬りかかる。が、ディアナはファルシオンに魔力を通し、一閃。シメオンの剣は根本あたりから、あっさりと切断され。地面に刀身がカランと音を立てて落ちる。


「私とまともに打ち合える人はいないからね」

「な、なによその剣。反則よ! 私の剣が溶け切れるなんて!」


 ディアナは魔力で赤く煌くファルシオンをシメオンに向ける。


「これで終わり」

「ひ、ひぃ……」


 ザンッ! という音を立てて、シメオンの首が宙を舞う。これまで数多くの敵兵の首を切り落としてきたシメオンも、最期は自分の首が飛ばされることになってしまった。


「な!? まさかシメオン卿までが。だ、だがこれで終わりだ」

「あ、あれは魔法? 【エクスプロージョン】? 私が戦っている間に詠唱を終わらせたの?」


(どうする? 私だけなら躱せるけど、ゲンドウさんや他の仲間は躱せない)


 ディアナが判断に迷い。逡巡していると。


「惜しかったですね。これでチェックメイトです」


 リプセット辺境伯の後ろに回り込んだミオが、辺境伯の首筋に短剣を突き立てているのが見えた。


「貴様、いつの間に……ガフッ」


 首から血を吹き出し、急速に顔から血の気が引いていく。足元に展開された魔法陣も消え、魔法発動に必要な魔力も霧散した。ディアナもゲンドウもほっと胸をなでおろす。


「ミオさん。ありがとう。助かったよ」

「いえ、これでゲンドウの失態の穴埋めにでもなればと」


「ぐ……ミオすまん。助かった」

「ミオさん、ゲンドウさん。それはいいから、早く手当をしないと」

「そうですね。ここはもう頭が潰れて、指揮系統が崩れていますから、これ以上ここにいる必要はないでしょう」

「うん。早く離脱しよう」


 ディアナ達は敵本陣を後にし離脱する。指揮系統がぐちゃぐちゃになったリプセット軍は混乱を極め、ディアナ達の後を追うどころではなくなっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「霧が晴れて、光が走りました。あれがフェイト様の言っていた合図ですね。ではまず最初に、あの立派な槍を持っている男から狙って行きましょうか」

「ん。分かった」


 アリスンの指示に従い、エレーナはパルティアに魔力でできた矢を番え、放つ。放たれた矢は寸分違わず槍を持った指揮官風の男を捉え、その頭部が弾け飛ぶ。


 アリスンはフェイトが作った双眼鏡を覗き込み、その様子を確認する。


「やはり先程の男はリプセット辺境伯軍、千人将のニルス=ベルトレですね。これでだいぶ左翼の指揮系統が乱れるはずです」


 アリスンとエレーナは敵陣後方にある小高い丘に行ってもらい、そこでアリスンが目になり、エレーナが敵将をピンポイントで射殺す役目を任されている。


「次は、あそこ。ホーエンツォレルン軍のピエール = ミヒェルです」

「ん」


「今度は貴族派中央軍のトニー = ティトルーズです」

「ホイっと」


「はい、ここまで順調に片付きましたね。次はちょっと奥になりますが、あそこの派手な鎧の男を狙っていきましょう」

「はーい」


 淡々と敵将を射殺していく二人。この戦場で最も恐ろしいのはフェイトではなく実はこの二人なのかもしれない……。この二人が後方で敵将を討っていたため、前方に後詰の兵を送れず、トリスタン、ディアナが動きやすい状況が作られていたのだ。


誠に申し訳ありませんが、仕事の方がかなりきつくなってきてしまいましたので、10月以降の更新は週二回でいかせて頂きたいと思います。

エタらせるつもりはありませんので、どうか今後もおつきあい頂けると幸いです。

よろしくお願い致します。

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