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九話 通信機


「遅いぞフェイト。光栄にも私の指揮下で戦える様にしてやったというのに、やる気はあるのか!」

「は、申し訳ありません。準備に時間がかかっておりました」


 やる気全くないでーす。とは言えないのでとりあえず適当に謝っておく。というか、そっちから全然招集とか、連絡よこさないくせにどうやって遅れずに行けってんだよ。地球だったらパワハラで訴えられるぞ。


「ふん。まあいい。これから軍を平原に移動させるが、お前の配置はここだ」


 俺はジークフリートが机の上に広げた部隊の配置図を見る。ジークフリートが指差しているのは……めっちゃ後方、これ本陣じゃん。


「喜べフェイト。お前は王子殿下の側近として護衛の任についてもらう事になった。王子殿下のお命を守る重要な任務だ。心してかかるように」


 そう力説するジークフリートだが、心なしか顔がにやけている様に見える。完全に俺を後方に縛り付け、自分が戦功をあげるつもりであることがミエミエだ。ここまで分かりやすいと逆に清々しいな。というか俺、一兵卒じゃなかったの?


「それに、今回の戦いにはマイア王女も参戦する事になった。王女の護衛もお前に任せる」

「王女様を戦場に? それはさすがに危険なのでは?」


「なに、問題ない。この戦は我々が勝つからな。それにレーニアの英雄が護衛についていれば安心だろう。それにマイア王女がいらっしゃれば兵は奮い立つ。これで勝利は確実だ」


 ふーん。王女に自分の勇姿を見せつけたい、だからお前はそこで黙って見ていろって言いたいのか。こいつ軍を私物化し過ぎだろ。王子は何も言わなかったのだろうか。言ったところでこのお花畑バカが素直に従うとは思えないが。


「フェイト様、よろしくお願いします」


 ジークフリートの後ろに立っていたマイア王女が俺に近づき声をかけてきた。


「あ、はい。分かりました。でも……怖くないですか?」

「いえ、兵を鼓舞するのも王女の務め。大丈夫です」


「そうですか、でも危なくなったら俺がなんとかしますので、安心して下さい」

「はい、ありがとうございます! フェイト様」


 そんな会話をする俺とマイア王女を見て、あからさまにイライラとした態度を見せるジークフリート君。


「フェイト、馴れ馴れしいぞ。お前の役目はあくまで王子殿下の護衛だからな。それを忘れるなよ!」

「は、存じております」


 はぁ、先が思いやられる……。でも、残念だったなジークフリート君。恐らくお前の出番は無いからな。指をくわえて見ているんだな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王族派は準備を整え、決戦の舞台となるガルティモア平原に向けて行軍を開始した。結局集められた兵士は9000人程。1万には届かなかったそうだ。やはりモンフォールの自領から全兵力を呼ぶには些か日が足りなかった。ここでも前々から綿密に準備を進めていた貴族派との差が出てしまった形となる。


 進軍する兵士たちの顔にも不安げな様子が伺える。強行軍の疲れもあるし、士気はお世辞にも高いとは言えない……。そのドヨーンとした雰囲気の兵士たちとは対照的に士気、というかテンションの高い男が一人いる。


「姫様! ご安心下さい。このジークフリートが必ず我軍を勝利に導いてみせます!」


 ジークフリートや王子達のいわゆる重鎮達は皆馬車に乗り込んでおり、俺はその護衛役として馬に騎乗してその馬車の横を並走している。つまり、このジークフリートの声は馬車の外にまで丸聞こえになるほどデカイのだ。中でこいつの話を聞いている王女や王子はさぞかしうんざりしていることだろう。


 俺も馬車にご一緒されなくてよかった。


「あ、もしもし。こちらフェイト。皆聞こえるか?」

『ああ、フェイト聞こえるぜ!』

『フェイト、バッチリ聞こえるわ』

『ん』

『フェイト様。問題ありません』

『なんか耳元で囁かれているみたいでゾクゾクするね♡』

『フェイト君! これはすごいな。こんなに離れていても声が届くとはな』

《響介さん。聞こえてますよー》


 俺はカレナリエンと共同開発した通信機を使って皆にメッセージを送った。若干変なのが混ざっているが無視だ。で、この通信機だが、携帯電話みたいな形状だと音声を受信する時不便だと思ったので、耳にかけるインカム方式にした。ただし音声を発信する時は、本体にあるボタンを押しながらじゃないとダメな仕様にしている。常に送信し続けたら混信してわけが分からなくなるしね。


 ちなみに通信の有効範囲は数十kmくらいだと思う。ラジオのAM周波数帯を使ってるので、波長が比較的長く、電波が障害物の後ろにも回り込める。だから地形に沿って結構遠方まで届くのだ。日本でも韓国のラジオ放送が受信できたりするからね。


 ただ、欠点がないわけではない。動作のエネルギーを魔力に頼っているため、基本的に魔力操作ができる者にしか扱えない。だから今現在、通信端末を渡しているのは、ディアナ、トリスタン、エレーナ、ローミオン、カレナリエン、そしてアリスンさんだけだ。


 うん、そうなのだ。驚いたことにアリスンさんも魔力操作を身に付けていたのだ。本人曰く『フェイト様たちを見て、独学でできるようになりました』との事だが、そんな簡単にできるものなのかな? うーん。正直アリスンさんの底が見えない。でも彼女を詮索するのは止めようかな? 彼女の忠誠心は本物だと思うし、あれこれ疑うのは失礼だ。


「よし、10km程度なら問題ないみたいだな。今こちらはやっと行軍を開始したところだ。おそらく明日の夕方くらいには平原に着くと思う」

『こちらアリスンです。貴族派の軍は既に平原に到着しました。陣の準備を開始しています』

「アリスンさん。報告ありがとう。引き続き奴らの動向を見張っていてくれ」

『了解しました』


 うーん。完全に出遅れてるよな……。まあ、あちらさんは堂々と雌雄を決すると公言しているから、布陣して待ってくれると思うんだけど、兵たちの心の余裕がね……。こっちは行軍続きで疲弊しきっているから、士気はガタガタになるだろう。この差は大きい。名目上は正々堂々なのかもしれないけど、実質的には違うよなぁ。


『相手の情報がすぐに把握できるというのはすごいことだなフェイト君!』

「そうですね。情報を制する者は……ってやつですね」


 耳元でローミオンの暑苦しい声を聴くのは結構しんどいな。



『ところで、フェイト。もしもしってなに?』


 あ、しまった。つい癖でもしもしって言ってしまった。生まれ変わってもこういう癖って抜けないんだな。


「いや、特に意味は無いんだけど、こういう通信の時って、いきなり話し始めるのはちょっと抵抗あるよね。相手も、お? これから話し来るんだなって身構えることができると思うし」

『確かにそうね。いきなり話されると最初の方聞き逃しちゃうかもしれないし』

『では、これからは、話を開始する時はもしもしと声をかける。そのような運用にしましょう』


 ディアナが共感し、アリスンさんが同意した。うーむ。このままこの世界にも『もしもし』文化が定着しちゃうかもしれないな。特にそれで困るってわけじゃないので別にいいんだけど。


「うーん。じゃあそういうことにしようか」

『わかったわ』

『俺も問題ないぜ』


 なんか決まってしまったのだが……まあいいか。


「他に用事がないなら、通信はこれで一旦終了する。というか、これ傍から見たら独り言言っているようにしか見えないから、周りの兵士からの視線が痛いんだ」

『おう、分かった』

「でもなにかあったら連絡するように」

『了解』


 よし、通信機の感度は良好。あとはローミオンの芝居にかかってるな。


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