八話 決戦前夜
決戦までの10日間、俺はカレナリエンの研究棟に通いつめて通信機の作成に没頭していた。ディアナ、エレーナ、トリスタンは新しい武器の感触を確かめるため、三人でギルドの依頼を受けて、魔物相手に実戦経験を積んでいる。できることなら対人戦の経験を積むべきなのかもしれないが、あの三人に対等に渡り合える人間はもうほとんどいない。仕方なしにではあるが、人助けにもなるし、魔物討伐系の依頼を中心にこなしてもらった。
そのおかげで、これまで手がつけられなかった高ランクの依頼が次々と片付けられていくことになり、ギルドマスターは気持ち悪いくらいのホクホク顔をしていたわけだが……。なんかムカつく。でも、それはエレーナも同じなんだけどな。ここ最近で相当荒稼ぎしたようだ。もう孤児院は安泰なんじゃないの?
というわけでこの三人はとにかく目立った。トリスタンはともかく、ディアナもエレーナも相当な美人だしね。若いし。こんな異彩を放つ三人組がAランク、Bランクの依頼を短期間に次々と攻略していくのだ。冒険者の間で話題にならないわけがない。
特にディアナは冒険者の間で絶大な人気が出た。赤髪の長いポニーテールをなびかせ、魔法を纏って華麗に戦うその姿から『赤の魔法剣士』の二つ名で知られるようになってしまったのだ。さらにディアナの人気っぷりは男たちの間にだけに留まらず、女性冒険者からも『お姉様』と呼ばれ慕われている。もうファンクラブまであるそうだが、そっち系の本が出回ったりしないか、それが心配だ。
しかし、ディアナの婚約者が俺であることが広まると、一転して俺への妬み、うらみの怨嗟の声が巻き起こる。どうしてこうも俺には悪評ばかりが集中するのか……。街を歩いていると、男女の冒険者から恨みのこもった視線を受ける事が良くある。うう……俺なにも悪いことしてないのに。まあ、俺の名前もSランク冒険者として王都中に知れ渡っているから、絡まれる事はないんだけどね。
ディアナ達は良いとして、獣人族たちの取りまとめの方は、カガリとアリスンさんにまかせている。
しかし、どういうわけかここ最近、顔を合わせる獣人たちから『親分! おはようございます!』と気合の入った挨拶をされてしまうのだ……。どうもアリスンさんは獣人たちから姐御と呼ばれているみたいだし……。カガリの呼び名は相変わらずお嬢だ。なんとなく組織としてまとまりができてきてるのは良いと思うのだけど、何か方向性が間違っている様な気がしてならない。
《着々とエミリウス組ができ上がってきてますね》
《そんなもん勝手に作らないでくれるかな》
とまあ、方向性はとりあえず置いといて、カガリの下に集まった獣人たちは500名に上った。国が崩壊し、王国中に散らばり、奴隷にされて身動きが取れない者が居ることを考えれば、かなり集まった方だと思う。そしてその集まった500名はアリスンさんから戦闘技術を叩き込まれている。期間は短いけどやらないよりは全然良いと思う。
それからアリスンさんの謎キャラぶりにはもう余計な詮索はしないことに決めた。正体が全く気にならないかと言えば嘘になるけど、彼女の俺に対する忠誠心は本物だしな。そんな彼女をあれこれ疑うのは失礼だと思う。
そしてそのアリスンさんから気になることを聞いた。騎士団長クヴァンの持つ大剣、魔剣ミストルティンだ。あの大臣屋敷に忍び込んだ時、アリスンさんがクヴァンと対峙していたなんて……後で聞いて冷や汗をかいたぞ。無事に帰って来てくれて良かったんだけどな。
で、クヴァンがその魔剣の力で身体能力を大幅に引き上げていたらしいのだが、これってやっぱり邪神の使徒絡みだよな。
《多分そうでしょうね。私もそんな剣聞いたこと無いですし》
《マジックアイテムか何かかな? となると、クヴァン以外にも使徒によって強化されたヤツが貴族派にいるかもしれない》
《でも、これで使徒が貴族派の後ろにいることがはっきりしましたね》
《ああ、クヴァン達をぶちのめせば使徒を引っ張り出すことができると思う》
《それで使徒を倒して、シグルーンちゃんの封印が解ければ万々歳ですね》
《そう上手く事が運べばいいんだけどな》
今回の使徒はレーニアを襲ったケルソみたいに単純脳筋バカでは無いみたいだし、なんか仕掛けてきそうで油断できない。ここ10日の間に出来るだけの準備はしたつもりだが、それでも妙な胸騒ぎがしてならない。
ーーコンコン
不意に、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「フェイト様、お話があります。少しよろしいでしょうか?」
「分かった。入ってくれ」
「では、失礼します」
そう言って、ドアを開け、部屋に入ってきたのは獣人族のギルド受付嬢、アリスンさんだ。もっとも、もう元ギルド受付嬢と言った方がいいかもしれない。今では獣人族部隊のまとめ、指導役とドミニク達を使って諜報活動をやってもらっている。ギルドにはほとんど行っていないはずだ。
「何か新しい情報があったんですか? アリスンさん」
「はい、ドミニクの報告では、貴族派の軍隊は王都の東にあるガルティモア平原に向かっているとの事です。恐らくその平原に陣を敷き、部隊を布陣させるものと思います。それに呼応して王族派も慌ただしく動いています」
なるほど、決戦はもう間近だな。
「開戦はあと何日後ぐらいかな?」
「恐らく、早くて三日後かと」
後三日か、ジークフリートは兵の準備間に合ったかな? たとえ間に合ったとしても……アテにできないけどな。
あれからレティシアに聞いたのだが、ジークフリートのモンフォール辺境伯領は、王都の四方を守護している4辺境伯の中でも戦闘経験が著しく乏しいらしい。というのも、東のホーエンツォレルン、南のリプセットはそれぞれアステローペ聖教国、アートラス帝国に接しているため、兵の訓練は怠りない。帝国がたまにちょっかいを出してくる事があり、戦闘経験も豊富だ。北のノイマン辺境伯、レーニアの街は魔物の領域と接しているため、人ではなく、魔物との戦闘が多い。だから兵は鍛えられている。
一方でモンフォール辺境伯は魔物との戦闘もあまりないし、他国とも国境を接していない。唯一海賊対策などで、海軍が存在しているらしいのだが、今回は平原の真っ只中で行われるバリバリの陸戦だ。歴戦の猛者である東南辺境伯兵と、騎士団、魔法師団を相手にまともに戦えるとは思えない。
ジークフリートは何を根拠に勝てると豪語していたのか……。仮にジークフリートが優れた指揮官であったとしてもこの状況を覆すことは無理なような気がする。……人間やめちゃった様な規格外がいるなら話は別だけどな。
俺は執務机のイスから立ち上がり。
「では、俺達も準備をして平原に向かうとするか。最も一応俺はあいつの指揮下って事になっているから、王族派の連中に顔を出さなければならないけどな」
「分かりました。皆に準備をするように伝えます。何かありましたら通信機で連絡下さい」
「そっちはよろしく頼みます。アリスンさん」
「おまかせ下さい」
さて、貴族派を完膚無きまでに叩きのめして、使徒のヤローを引きずりだしてやるか。




