二話 規格外
「急げ! 早く避難するぞ」
「荷物は最低限に抑えろ。馬車の速度が落ちる。魔物から逃げ切れないぞ」
「女、子供が最優先だ。早くしろ」
村は騒然となった。皆が慌てて走り回っている。
既にディアナの両親は時間稼ぎのための迎撃に出た。結局トビーも付いて行っている。「旦那だけを行かせるわけにはいかない」とか言ってたな。剛剣のオスカーってすごく有名だったんだな。
そんな中、俺は。
「母さんちょっと話があるんだけど」
すると母さんは。何か俺が何を考えているのかすべて分かっているかのような顔をして微笑んだ。
「言わなくても分かっているわ。フェイト、あなたも戦うつもりでしょ? 私のことは心配ないから行ってらっしゃい」
意外な母さんの答えに俺は戸惑う。
「え? なんで? ここは普通止めるところじゃないか?」
すると母さんはにっこり笑ってこう答えた。
「実はフェイトが隠れて魔法の特訓をしていたところを見てたのよ。無詠唱で魔法をバンバンと。母さん驚いたわ」
あちゃー。見られてましたか……。俺はバツの悪そうな顔をしながら。
「でも、心配じゃないのか?」
「止めても行くんでしょ? だてに15年あなたの母親をやっていないわ。あなたの性格、考えは分かっているつもりよ」
と、ニコッと母さんは微笑んだ。
うわー。その笑顔は反則ですわ。中身35歳のおじさんはイチコロですよ。というか、母さんあれから5年経ってるのに全然老けてないんだけど。たぶん母さんは40前だと思うんだけど、20歳代でも十分通用しそうだ。どうなっているんですかね。
「分かった。行ってくる。母さんは先に逃げていてくれ」
「村のみんなはレーニアに避難する予定だから、あとで落ち合いましょう」
「……まるで俺が無事に戻ってこれるかのような言い方だな?」
俺はニヤリと笑ってそう言った。
「あら? 魔物の群れなんて軽く蹴散らしてくるんでしょ?」
母さんも微笑み返す。
「ああ、その通りだ。準備運動にもならないかもな。じゃあ、ちゃちゃっと終わらせてくる」
「はい、行ってらっしゃい。あなたは私の自慢の息子よ」
俺は後ろ手に手を振りながらその場を去った。
よっしゃ、なんか気合入ったぜ。魔物ども覚悟しろよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見渡す限りの魔物の群れか……壮観だな」
オスカーがため息混じりにつぶやく。
一番数が多いのは緑色の子鬼、ゴブリンだ。背は120センチほど。手には錆びた剣や棍棒、弓などを持っている。
その後ろにはオーク。人型の豚の魔物だ。こちらも大剣のような物を手に持ち武装している。その他にもオーガやトロールの姿も見える。
「フェリシアすまんな。最期まで付き合わせてしまった」
「いいのよ。あんたと一緒になった時点でこうなることは覚悟していたから」
魔術師のローブに身を包んだフェリシアは、その細い腰に手を当てながら妖艶な笑みを浮かべた。長い赤色の髪を風になびかせ、魔術師の杖を持つその姿は完全な魔女である。
ただ魔女っ子の必須アイテムとも言える三角帽子はない。というかあれ、邪魔なだけだと思うんですよね。なんか意味あるんですかね?
「心残りがあるとすれば、ディアナのことだな。成人したとはいえまだ幼い。俺達が居なくなっても大丈夫だろうか」
「ディアナならフェイトくんに任せればいいわ。あの子は何を考えているのか良く分からないところがあるけど、妙に大人びているし、度胸もある。ディアナを裏切るようなことはないはずよ」
「そうかフェイトか、ディアナもフェイトを気にかけているみたいだしな」
「そうね。なんだか私の若い頃を思い出すわ」
と言って笑い合う二人。これから死地に赴くとは思えない二人の雰囲気に戸惑うトビー。
「旦那さすがだな。あんなのを目の前にして笑えるなんてとんでもねぇ。奥さんもどんな度胸してるんだよ」
フェリシアは腕を組み、ふっと笑う。
「これくらいでビビってちゃAランク冒険者は務まらないわよ」
トビーはかぶりを振りながら。
「なら、俺にAランクは無理な話だ」
「いや、この状況で逃げ出さないだけでも大したものだ」
「旦那……、最期に旦那と一緒に戦えて俺は嬉しいぜ」
オスカーがかけた言葉に打ち震えるトビー。そこで3人の様子をうかがっていた魔物の群れがとうとう動き出した。先鋒としてゴブリンの集団が迫ってくる。妙に統率がとれた魔物の動きに訝しみながらも、3人はそれぞれの武器を構えた。
最初に動いたのはフェリシア。火属性上級魔法の【エクスプロージョン】を詠唱する。直径2メートルほどの魔法陣がフェリシアの足元に出現する。
「炎の精霊よ、我が盟約に従い、猛る灼熱の炎で我が敵を喰らい尽くせ 【エクスプロージョン】」
その瞬間、耳を劈くような爆音が響き、ゴブリンの群れの真ん中で大爆発が起こる。大半のゴブリンが肉片と化し辺りに肉の焦げる匂いが立ち籠める。
「フンッ」
【エクスプロージョン】の爆発から逃れたゴブリンを、オスカーが大剣で一刀両断にする。
返す刀で横なぎに払い、二、三匹のゴブリンをまとめて葬り去る。
「俺も負けてられねえ」
トビーもオスカー程の豪快さはないが、剣で確実にゴブリンの急所を切り裂き仕留めていく。
これならいけるかもしれないと思った矢先。三人は異変に気づく。いつの間にか三人の周りをオーク、オーガ、トロールが取り囲んでいたのだ。
「くっ、あのゴブリンは囮だったか。油断して突っ込み過ぎた」
「なんで魔物がこんなに知恵が回るのよ。おかしいじゃないの」
「分からねえ。指揮しているやつでもいるんですかね」
先鋒のゴブリンもそうだが、魔物にしては統率がとれすぎている。
「個々ならどうにかなるが、囲まれて一気に来られるとまずい」
どうやって囲みを抜けるか……と、そう思った時。
「パパ、ママ! 助けに来たよ!」
魔物の囲いの外に小さな赤い影が見えた。
「な!? ディアナ! なぜ戻って来た!」
ディアナは駆け出し、群がるゴブリンを一刀で葬り去る。オスカーが剛の剣なら、ディアナは疾さの剣。剣速の鋭さと技で魔物を切り裂いていく。
「ヒュ〜、あの嬢ちゃん強ぇ。さすがは旦那の娘さんだ」
「あのバカ、なんで大人しく皆と逃げなかったの!」
ディアナが数十のゴブリンを切り刻んだ所で、目の前に体長三メートルのオーガが現れ、棍棒を横に振るった。
「くっ!」
ディアナは避けきれず、棍棒を剣で受けたが、力勝負ではオーガに勝てる筈もなく、弾き飛ばされた。しかし、ディアナは受け身をとり体勢を立て直すと、剣を目の前で水平に構え、詠唱を始める。
「炎の精霊よ、その燃え盛る紅蓮の力を我が身に授け給え 【リーンフォース】」
魔法陣が現れディアナは赤い光に包まれる。自身の力を強化する火属性中級魔法【リーンフォース】だ。
「これなら!」
再びオーガと対峙するディアナ。今度はオーガの攻撃に力負けすることなく、棍棒を剣でいなし、その右腕を切り飛ばした。
「すげぇ。あの嬢ちゃん魔法も使えるのか」
「よし。今なら魔物の意識がディアナに向いている。囲いを一点突破しディアナと合流するぞ!」
「分かったわ」
フェリシアは即座に【フレイムランス】、【ファイヤアロー】を唱え囲いの一角を崩す。
「うおおおぉ! そこをどけえぇぇ!」
そこにオスカーが突っ込み道を切り開く。トビーはフェリシアに近づく敵を切っていく。
四人は奮闘するが、囲いの厚みは厚く、倒しても倒しても逐次魔物が投入されてくるため、三人と一人の間の距離は一向に縮まる気配がない。多勢に無勢。現実はあまりに残酷だ。
……やがて、四人の魔力、体力が限界を迎え始めた。ディアナの剣は精彩を欠きはじめ、もはやゴブリンさえも一刀で切り伏せる事ができなくなっている。【リーンフォース】の効果も既に切れ、体のあちこちに傷も目立つようになってきた。
そしてついにオーガに捕まった。オーガはディアナの腕を掴み牙を剥く。ディアナは剣を落としてしまい、もはや抗う手段も力も無い。ディアナは死を覚悟した。
「パパ、ママ助けられなくてごめん。あと、今までありがとう」
ディアナはオスカーとフェリシアを見て微笑む。
「!? ディ、ディアナァァー!」
オスカーが叫ぶ。
「ああ……、ディアナ……そんな……………」
フェリシアが絶望に顔を歪める。
(ああ、私はここで死ぬのね。フェイトはちゃんと逃げられたかな。出来れば最後にもう一度会いたかったな……………)
ディアナはそっと目を閉じた。が、いつまで経ってもオーガの牙が自分に襲いかかってくる気配がない。恐る恐る目を開いてみると、そこには頭が消し飛んだオーガが立っていた。
「え? なんで?」
頭を失ったオーガはゆっくりと倒れていく。ディアナは握力を失ったオーガの手から落下したが誰かに抱きとめられた。
「おっと。まさかディアナがここにいるとはな。遅くなってすまない」
「フェイト! どうしてここに?」
ディアナが見上げた先にフェイトの顔があった。この体勢はいわゆるお姫様抱っこというやつだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いやー。危なかったな。ちょっと溜めて登場した方がかっこいいかなと思ったけどやりすぎちまった。まさかディアナまでいるとは思わなかったし、焦った焦った。
《カッコつけようとするからですよ》
《うるせー。一応間に合ったんだからいいじゃないか》
さっきオーガを殺ったが、あまり嫌悪感はないな。これならいけるか。
「とりあえず、【ファイヤアロー128連】」
俺がそうつぶやくと、俺の周りに無数の火の矢が出現し、魔物たちに殺到した。ゴブリンは爆散、オークも上半身が吹っ飛ぶ。オーガやトロールなどの大型の魔物は肩や、腕、頭など体の一部を穿かれた。
「もいっちょ【ファイヤアロー128連】、面倒くさいからさらに倍、【ファイヤアロー256連】」
俺はさらに【ファイヤアロー】を連発。爆発音が連続で鳴り響き、魔物の死体が量産された。既に魔物の囲いの一部は瓦解し、俺とオスカー達との間の障害は消えてなくなった。俺はディアナを抱えたまま悠々とオスカーのところまで歩いていく。ディアナは驚いて声も出せない。
「すまん。親父さん。遅くなった」
「ああ、いや大丈夫だ」
「フェイトくん。あの数の魔法を一度に? 一体どうやったらそんなことができるの?」
「いや、それは企業秘密というか、話すと長くなるんでまたあとで」
というか、みんな傷だらけだな。トビーなんか左腕が千切れていて蹲っている。
「とりあえず回復しますよ。【エリアヒール】」
【エリアヒール】は光属性中級の範囲回復魔法だ。淡い光が全員を包み、皆の傷がみるみる回復していく。
「トビーさんのはこれじゃ治らないので【エクスヒール】」
【エクスヒール】は光属性上級魔法、【ライトヒール】の強化版だ。部位欠損も治せる。
「な、手が、手が生えてきた。これはすげぇ」
手が生えると言っても、ピッ◯ロさんみたいにズリュッてな感じで生えてくるわけじゃない。欠損部分が光って手の形が形成されるイメージだ。
《魔法はイメージ次第なんでやろうと思えばできますよ。こう……ズリュッて》
《リアルで見たらトラウマになりそうなんでやめてください》
「【エリアヒール】も【エクスヒール】も無詠唱で……、規格外にも程があるよフェイトくん」
なんかフェリシアさんが呆れた顔でこちらを見ている。オスカーさんも同様にポカンと口を開けて驚いている。
「まあ、一人で秘密特訓してたんで。……えっと、ディアナ一人で立てるか?」
「……え? あ、うん。大丈夫」
やっと再起動したディアナを降ろし、立たせる。若干顔が赤い。うん、分かるぞ分かるぞ。狙ってやったわけじゃないが今の俺はちょっとしたヒーローみたいなもんだからな。……本当に狙ってやったわけじゃないんだからね?
《えー、もうちょっと早く行けたと思うんだけどなー》
《こら外野、うるせーぞ》
「フェイト。いろいろ聞きたいことはあるが、今はそんな余裕はない。この場は君に任せてもいいんだな?」
「ああ、任せろ。ちゃちゃっと蹴散らしてくる」
そう言って俺は魔物の群れと再び対峙する。先程の【ファイヤアロー】で多少間引けたが、まだ魔物は1000体くらいは残っている。ちまちまやるのは面倒くさい。ここは俺がこの5年間で編み出した、というかイメージしていた火と風の合成魔法をご披露致しましょうか。
「くらえ! 【ファイヤーストーム】」
イメージするのは火災旋風。大規模な山火事などで発生することがあるアレだ。空気が火で暖められると体積が膨張し軽くなり、上昇気流が発生する。その上昇気流で炎の竜巻が発生し、さらに延焼範囲を拡大していく恐怖の自然現象だ。
魔物の群れは為す術もなくその炎の竜巻に巻き込まれ、吹き飛ばされ焼き尽くされていく。俺はそこに風魔法で下から風と酸素を供給し、竜巻をどんどん巨大なものに変えていく。
フェリシアさんが目を剥き口を開いた。
「何なのこれは……、こんな魔法見たことも聞いたこともないよ。しかも青い炎? どうなっているのこれは?」
そう、俺の火魔法は酸素を十分に供給しているため炎の色が青いんだ。俺はさらに……。
「【フレイムランス32連】とこいつもおまけに【ソニックブレード32連】」
炎の竜巻から逃れた魔物に対しては、【フレイムランス】と風の中級魔法【ソニックブレード】を御見舞する。【フレイムランス】によりクレーターが量産され、オーガなどの大型の魔物も風の剣撃【ソニックブレード】によって両断される。これで、あらかた魔物は片付いたかな?
「これはどこから突っ込めばいいのやら……坊主すげえな」
「フェイトがこんなに強かったとは……」
「もうむちゃくちゃだね……私も自信なくしちゃったよ」
「フェイト……、すごい! (かっこいい……)」
トビーは冷や汗をかき、オスカーは驚愕に顔を歪ませ、フェリシアは脱力、ディアナは目を輝かせてそう言った。ディアナは最後ボソッと呟いたつもりなんだろうが、俺の耳はバッチリ拾っちまった。いやー、照れるじゃないか。
というか、もうそろそろ良いかな? 俺は【ファイヤーストーム】を解く。おそらく、魔物もすべて焼き尽くされてもう骨くらいしか残って……ってあれ? なんか黒焦げの巨大な塊があるんですが? あれは何ですかね?
初めての戦闘描写でしたが、フェイトが規格外過ぎて描写って言って良いものかよく分かりませんね。
で、次回はボス戦です。