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十九話 使徒の影

クヴァン視点です


 ふむ、まさかあの夜侵入した賊の本当の目的が、親父の不正の帳簿だったとはな。親父を殺りに来たものとばかり思って油断した。とんだ失態であったな。今日の公爵からの呼び出しは恐らくこの件についてだろう。小言を聞くのは正直面倒だが、仕方がない。適当に頭を下げておくとするか。


 ……それにしてもあの女獣人、一体何者か? 恐らく王族派の手の者だと思われるが、あのような腕の立つ者が居ようとはな……ふっ、くだらん争いだと思っていたが、多少は楽しめるかもしれぬ。


 そのような事を考えながら廊下を歩いていると、シュヴェールト公爵らが待つ部屋の前に辿り着く。扉を開けるとそこには既に公爵を始め、レイナード、リプセット辺境伯、魔術師団長のデュークといった貴族派の主な面々が顔を揃えていた。どうやら俺は一番最後だったようだ。


「クヴァン遅刻だ。時間も守れぬ様では騎士団の長は務まらんぞ」

「申し訳ありません公爵様。以後気をつけます」


 俺は仰々しく頭を下げる。


「まあ、よかろう。これで全員が揃ったな。今回なぜ招集がかかったか皆分かっておるだろうな」

「親父共の失態の件だな」


 デュークが軽口を叩く。それを聞いたリプセット辺境伯、ジェイルとレイナードは嫌々しげな表情を見せ、デュークを睨む。


「ああ、その件だ。全くしてやられたな。あの一件で我々貴族派は大恥をかく羽目になった」


 公爵の話を聞き、あの夜のことを思い出したのか、悔しさに俯き歯噛みするジェイルとレイナード。


「しかも獣人族の姫を奪われたのは大きな痛手だ。今後獣人族の奴隷どもが我らに反旗を翻す可能性がある。しかも奴らが『女神の使徒』を名乗ったお陰で、教会との関係も怪しくなってしまった。……やれやれ、この落とし前どうしてくれようか」


 二人の顔が一気に青ざめるのが分かる。


「お言葉ですが公爵様。あのフェイトという男、規格外の強さでした。あんなバケモノ相手ではどうしようもありません」

「その通りです公爵様。これはそう……事故です。事故だったのですよ」


 必死に公爵に弁明する二人。


「へっ。情けねぇな。親父も焼きが回ったか」

「デューク、貴様はヤツと相対していないからそのような事が言えるのだ。無詠唱魔法の恐ろしさは実際に戦った者にしか分からん。舐めていると痛い目にあうぞ」


「言い訳とは見苦しいな親父。そこまで落ちたか」

「くっ。まあいい。そうやって粋がっていろ」


 デュークとジェイルは親子で激しく睨み合う。


「デューク、もういい加減にしろ公爵様の御前だぞ」


 このままでは全く話が進まない。俺はデュークを制止しようとしたが、なぜか俺の発言に親父が食いついてきた。


「そこで涼しい顔をしているが今回の件、お前にも責任があるんだぞクヴァン」

「責任だと? 何の話だ?」


 何を言いたいのか分かってはいるが、一応問い返す。


「とぼけるな! お前が屋敷に賊の侵入を許したことだ」

「親父それは言いがかりだ。俺が普段騎士団に詰めている事は知っているな。あの日はたまたま屋敷に居合わせていただけだけの事。親父も俺があの場にいたことを後で知ったのだろう? ならば不用意に屋敷を空け、警備を手薄にした親父の落ち度だ。むしろ俺がいたからこそこの程度の被害で済んだと言えるだろう」


 あの夜、屋敷の人払いをした俺に問題がないわけではないが、わざわざ正直に打ち明ける必要もない。屋敷の連中の口止めは済ましてある。


「く……お前、よくもぬけぬけと」


「貴様ら静かにしないか! もう終わったことを蒸し返したところで事態が好転することはない。重要なのはこれからどうするかだ」


「全くその通りだ。シュヴェールト公爵」


 む……この声はダニエル第二王子か。俺が声のした方を見ると、青く少しウェーブの掛かった髪を肩まで伸ばした二十歳前後の青年が、扉を開けて部屋に入ってくるのが見えた。そして彼の後ろから、古い魔術師用のローブを纏った胡散臭い風貌の男も入ってくる。

 あいつはダニエル王子お付きの魔術師ダイオメドか。魔術師というより呪術師と言った方がしっくりくるような怪しい格好をしている。いつもフードを被っているため顔はよく見えないが、年は50前後だと思われる。


 それにしても、こいつが王子付きになったのはいつ頃からだっただろうか……王子が幼い頃からずっといた様な気もするが、最近になって現れた様な気がしないでもない。


 いかにも得体の知れない男なのだが、実力は確かだ。あの魔剣ミストルティンを俺にもたらしてくれたのもこの男だ。デュークのやつも何かを貰い力を得たと話していた。正体はよく分からんが、使える者は利用するまでだ。


「これはこれは、ダニエル王子。この様なところへ何用ですかな?」

「いや、皆が意気消沈していると聞いてな。だが、話があるのは私ではない。このダイオメドだ」


 王子はそう言って後ろのダイオメドの方を見る。


「ほう、お前か」

「はい、僭越ながら今後の方策を進言に参りました」


「それはまた例の占いか?」

「その通りにございます」


 占い……どの様な術なのか詳細は不明だが、この男の進言は今まで外れた事がない。我々がここまで勢力を拡大できたのはひとえにこの占いのお陰とも言える。もはや貴族派の中でこの男の進言を疑う者は一人もいない。


「そうか、では我々はどうすれば良い?」

「最近この王都に現れたフェイトという男。やつは非常に危険です。このままでは我々貴族派はますます不利な状況に追い込まれるでしょう」


 フェイトという男。それ程の者なのか。


「じゃあ、早めに殺っておくのか?」


 デュークが口を挟んでくる。


「いえ、フェイトは個としての力は恐ろしく強大です。あのレッドドラゴンを倒したという噂は真実ですので。しかし、我々の目的はあくまでダニエル様に王位を継承して頂くことにあります」


「それはそうなのかもしれんが……して、どの様にして実現するのだ」


「今回我々は遅れを取りましたが、まだ勢力としてはこちらが遥かに強大です。ここは一気に方をつけましょう。クーデターを起こし政権を奪取するのです」


 ……これまで慎重な進言がほとんどだったが、今回は随分と大胆に来たな。他の連中も虚を突かれたのか驚いた表情を見せている。さて、公爵殿はこれをどう受けるのか?


「クーデターか、随分と思い切ったものだな。だが、そのフェイトをどう封じ込めるつもりだ?」


「先程も申しましたが、フェイトは個としては強大です。しかし集団ではその力が制限されます」


「それは何故か?」


「王族派の面々はこれ以上彼に手柄を立てさせたくないと考えているでしょう。政権取得後にいろいろと面倒なことになりますからな。したがって彼は軍隊では不遇な立場に置かれ、その力は発揮されません。さらに混戦に持ち込んでしまえば、彼の強力な魔法は完全に封印されます。フェイトは英雄と呼ばれていますが、所詮は男爵。最下級の貴族です。王族の意向には逆らえないでしょう」


「なるほどな。そうなれば数に勝る我々が有利ということか」

「その通りでございます公爵様」


「個々で対峙すれば敵わない相手は、集団戦に埋没させて潰すか。うむ、見事だダイオメドよ。その策採用させてもらおう」

「ははー、ありがたき幸せにございます」


 ふむ。最初はクーデターと聞き少々驚いたが、話を聞いた後では無難な策にも見える。この男すべてを見通す目でも持っているのだろうか。


「では王子。そういうことでよろしいかな?」

「ああ、問題ない。これまでもそうだった様に、ダイオメドの言う通りにしておけば勝利は確実だろう」


 王子の目に迷いは感じられない。王子のダイオメドに対する信頼は絶大のようだ。


「後はクーデターの名目ですが……」

「そのようなものは適当にでっち上げれば良い公爵に任せる。古来より歴史というものは勝者が作り上げてきたものだ。勝てば官軍。負けた方はいかにその志が正しかろうと歴史から消え去るのみだ」


「すばらしい。その通りですぞ王子。我らはこの様な優れた主の下に仕えることができ誠に幸せにございます。では、後は我々の方で準備を進めましょう。シナリオは既に考えております」

「うむ。任せたぞ公爵よ。だが、言っておくが私は私欲で王位を簒奪しようとしているわけではない。あの優柔不断な兄が王になれば必ずこの国は衰退し、国民が不幸になる。王には私のような清濁併せ呑む覚悟を備えた者こそ相応しいのだ。私こそが国民を正しい方向に導くことができる。正義は我らにこそあるのだ」


 ふん。そんな綺麗事を並べたところで言い訳にしか聞こえんが、まあいい。トップに誰が立とうが俺には関係ない。


「存じております。王子殿下。我が国、国民のために我らをお使いくださいませ」

「頼りにしているぞ公爵」


 王子とダイオメドはそう言い残し、部屋から出ていった。さて俺達の命運は次の一戦にかかっている。これから忙しくなるな。



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