十七話 王子の為人
「全く、勝手な行動をされては困る。君は大人しくしている事ができないのか!」
俺は今、王宮の中にある一室に呼び出され説教を受けている。先程の怒声の主はジークフリート君だ。あのね、俺は君と王女の中を応援してあげてるんだよ。そんな言いぐさはないじゃないか。
一応この場にはアレックス王子とマイア王女も同席しているが、ジークフリート君のあまりの剣幕に気圧され、発言できないでいる。
「王族派の為になると思い行動致しました。お伺いを立てるのが遅くなったことは謝罪致します。しかし、あのタイミングを逃すと二度とチャンスは無いと考えた故にございます。どうかお許し下さい」
俺は顔を伏せ、口元を引き攣らせながらも謝罪の言葉を口にした。と言うかこいつ、エラソーにしてるけど、王族派に属してから何か手柄の一つでも立てたんですかね? 俺が早々に成果を上げたから、それに対する妬みも入ってるんじゃないかと邪推してしまう。おーやだやだ。野郎の嫉妬なんか犬でも食わねーよ。
《いや、そこは普通、夫婦喧嘩は犬も食わないでしょう……》
「いや、許さんぞ。女神の使徒様を勝手に名乗るとは言語道断だ。不敬極まりない。君にこそ天罰が下るぞ!」
いやいや、その女神の使徒様を目の前にして何を言ってるんだよこいつは。事情を知ってる俺とアストレイアから見ればかなり滑稽な姿だよな。
「お言葉ですがジークフリート殿。実際に私と多くの同胞はフェイト殿に救われた。それに今回の件で、既に奴隷となってしまった同胞への圧力が緩んでいると聞く。これは女神アストレイアの教えを体現していると私は思うのだが、それでも不敬に当たるのだろうか?」
大臣達の手から救出した獣人族の姫君、カガリが助け舟を出してくれた。一応この会談は、あの大捕り物の一件の報告も兼ねていたので連れてきていたのだ。
「君は確か……獣人族の……いやしかし、それはたまたま結果的にそうなっただけのこと。女神の使徒を名乗るなど許されるものではない」
それを聞いたカガリは、ふっと余裕の笑みを浮かべる。
「なるほどな。貴殿はアストレイア様を、我々の同胞が助かったことなどどうでも良く、ただ自分の使徒の名を勝手に使われたことだけに怒りを表す。その様に心の狭い方と考えているのだな」
カガリの思わぬ反撃に明らかに動揺するジークフリート。うん。うまいぞカガリ。もっと言ってやれ。
「い、いや……そんなことは考えていない……」
「うむ。そうであろうな。我らが崇める慈悲深きアストレイア様がそのように心の狭い方であられる訳がない。きっとフェイト殿の行いも許してくれることであろう」
俺の横に立ったカガリは、チラリと俺の方を向いてウインクをしてくる。うーん。この娘結構やり手だな。どっかの王女様とは大違いだ。
「わ、分かった。フェイト。今回の件は不問にする。女神アストレイア様の寛大なお心に感謝するんだな。だが今後は勝手な真似はするなよ?」
《だとよ? アストレイア》
《うーん。ゲスなジーク君に言われても嬉しくないですねー》
だよな。こんなバカに褒められても嬉しくもなんともない。でも一応礼は言っとくか。
「ははー、寛大なご処置、恐悦至極にございます」
俺はわざと仰々しく跪いて礼を述べる。チラリとジークの顔を伺ってみると、多少顔を引き攣らせていた。ちょっとわざとらしかったかな……。
まあ、とりあえずさっさとこんな茶番は抜け出したいところなんだが、まだ王族派の面々に確認したいことがある。
「不躾ですがアレックス王子、二点進言したいことがございますが、よろしいでしょうか?」
「む……なんだ? 申してみよ」
俺は顔を上げ、王子の目を見て話し始める。
「単刀直入に申します。国王陛下にお会いさせて頂くことは可能でしょうか?」
「な!? 貴様。準男爵ごときが国王陛下にお会い出来るわけがなかろう! しかも陛下は今病床に臥せっておられるのだぞ。分を弁えよ」
だから~、ジーク君よ。テメーには聞いてないんだよ。それにな。俺はただ酔狂で会いたいと言っているわけではないんだ。
「ですが、私の魔法ならば国王陛下の治せるかもしれません。国王陛下のご病気が治り、意識を取り戻すことができれば、今のこの混乱も収拾させる事ができると思います。いかがでしょうか?」
「それは真か? これまでどんな名医に診せても病の原因すら分からなかったのだぞ」
うーん。俺の現代医学の知識がどこまで通用するか分からないが……可能性が少しでもあるのならやってみる価値はあると思う。それに国王の容態は病気というよりも、毒の方を疑っている。こういう跡目争いのドロドロ劇ではよくある話だ。それならば魔法で解毒は可能だと思う。
病気だったとしても魔法で細胞を活性化させれば、最悪意識だけは取り戻させる事ができるかもしれない。
「それは、実際に病状を診てみなければなんとも言えませんが、治せる可能性は高いと思います」
「いや、しかし。それが本当の話だったとしても。医者、王族以外の者を父上の寝室に入れるわけには……」
「だめですか?」
「そのような前例が無いのだ……」
意外に強情だな。なぜだろうか? 自分の親父の命に関わることだぞ。俺がまだ信用できないという事だろうか。
「……私が口を挟むのはおかしいのかもしれないが、今はそのような前例を気にしている状況ではないと思う。可能性が少しでもあるのであればフェイト殿に賭けてみるべきではないか?」
再びカガリさんが助け舟を出してくれた。しかし……、
「カガリ殿、確かにそれに賭けてみるのも悪くは無いのだが、たとえその賭けに勝ったとしても、父上が私を次の王太子に選んでくれる保障はどこにもないのだ」
……は? 何を言っているんだこの人は。自分の父親の病気が治るかどうかではなくて、自分が次期国王に選ばれるかどうかを気にしているのか?
「そうね。父上はどこかダニエル兄さんを可愛がっているところがあったし……でも私はアレックス兄さんの方が絶対良いと思うんだけどな」
兄も兄なら、妹も妹だな。自分の親を何だと思っているのか……。それに今の世襲争いの混乱が長期化するのは国民にとっても良いことではない。その混乱を早期に鎮める可能性が目の前にぶら下がっていると言うのに、それに飛びつかないとは……。王族派の口にする『国民のため』は完全に建前だったか。
「マイア王女その通りだ。分の悪い賭けに出る必要はない」
「そうよねジーク。わざわざ危ない橋を渡ることはないよね」
こいつについてはもうノーコメント。心底どうでもいい。それにしても、権力の中枢に居るとこうも人格が歪んでしまうものなのだろうか。完全に権力、私欲に取り憑かれている様に見える。
俺はチラリと隣のカガリを見る。おそらく考えていることは俺と同じなのだろう。茫然自失といった表情で王族派の面々を見ている。
「ダメなのでしょうか?」
俺は念のため、もう一度聞いてみる。
「ああ、出来れば確実性のある手段を採りたいのでな」
確実性ね……。大体アレックス王子の人物像は理解できた。自分の保身しか考えない人物だな。
……もしかして王族派に組みしたのは早計だったか。しかし、もう走り始めてしまったからな、後戻りはできない。俺は自分にできること、自分のやり方で王都の混乱の早期解決を図るとしよう。場合によっては王族派をも潰す覚悟で臨もう。
「分かりました。それではもう一点についてですが、王国各地に散らばった獣人族を集め、王族派に参入させることをお許し下さい。ここにおられるカガリ殿を御旗に立てれば彼らはきっと結集するはずです。貴族派には恨みもあるでしょうし」
「うむ、確かに一人でも味方が欲しい我らには有効な手だな。しかし、それで貴族派に勝てたとして、我らは獣人族達にどう報いれば良いのだ?」
「それはもちろん彼らの祖国、ヴィッドガルの復活を支援すること以外にないと思います。祖国復活を謳えば彼らは奮起し、必ずや貴族派の喉笛を噛み千切ってくれることでしょう」
隣りにいるカガリの握る拳にも力が入る。祖国復活は彼女の悲願だろうからな。
「む……それは確かにそうかもしれんが……。しかし今現在ヴィッドガルはあの軍事国家アトラース帝国の支配下にある。もし我が国がヴィッドガルの開放を謳ってしまうと、帝国と事を構えることになるかもしれん。それはあまりに危険過ぎるのではないか」
この弱腰野郎が……とは批判はしない。国のトップの一人として国家の安全が脅かされる様な事は避けようと考えるのが当然だと思う。俺もこの提案が通るとは思っていなかった。
「分かりました。それでしたら、王国内に獣人族が安心して住める自治区を創設すると宣言されてはどうでしょう? あとは奴隷の廃止徹底ですね」
「その条件であれば問題ないだろう。自治区の場所についてはまだ検討する必要があるが、我らとて獣人達の協力は欲しい。なるべく便宜を図るとしよう」
「ありがとうございます。して、その獣人族への呼びかけは私とカガリ殿におまかせ頂けませんか?」
「了解した。そなたに任せよう」
「畏まりました。必ずや吉報をお届け致しましょう。それでは失礼致します」
こんな所に長居は無用だ。俺はカガリと共に部屋を出た。




