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十六話 反撃の狼煙


「トリスタン。これを見てみろよ」


 俺はリビングのソファーに腰掛けながら今日発行された新聞、と言ってもかわら版の様なペラ紙数枚の印刷物をトリスタンに渡す。この世界にも活版印刷の技術はあるようだ。それでも新聞は高価であるため庶民は喫茶店や床屋などで読んだり、複数人でシェアして読むのが普通なのだそうだ。


「おお、大臣の事が記事になっているな。いい気味だぜ」


 俺達はあの後、アリスンさんと合流し、王都にある新聞社にタレコミに行った。アリスンさんが怪我していた事にはびっくりしたけどな。回復魔法をかけて休んで貰ったが、後で詳しい話を聞いてみよう。


 話を元に戻すが、アリスンさん達が奪取した貴族派の不正の証拠、それと昨夜の大捕り物の件を記事にしてもらった。話の真偽については獣人族の姫様自身から証言して貰ったので信用してもらえた……のかな? ちなみに俺達は素性を明かさず、ただ『女神の使徒』だと名乗った。もちろん新聞社の担当者は俺達を本物の使徒だとは思っていないだろう。だがしかし、不正や奴隷を許さない女神が使徒を遣わせ、大臣たちに天罰を与えるなんて、痛快な筋書きじゃないだろうか。部数を稼ぎたい新聞社が飛びつきそうな話だ。


 それから『女神の使徒』を名乗った事にはある別の狙いがあった。それは教会と貴族派との間に亀裂を作る事だ。マイアの話では教会も貴族派に与しているということだったのだが、今回の一件で教会は信者から相当突き上げをくらう事が予想される。


 今後、教会と貴族派の関係はギクシャクしたものになるだろう。うまくいけば教会は貴族派から離反するかもしれない。


 ただ、懸念としては女神の使徒を勝手に名乗ってしまった事に反発が発生しないかということだ。しかし、この国にはまだまだ敬虔(けいけん)なアストレイア教の信者は数多く存在し、彼らは日々横行する奴隷の売買を疎ましく思っていたものと思われる。その奴隷取引の主犯格の貴族派の大臣共に天誅を与えてやったのだ。大いに溜飲が下がった事だろうし、多少は大目に見て欲しい。


 最も女神の使徒であることには間違いはないんですけどね~。一応女神には許可取ったし。


《うむ、許可する。その代わり響介さんは私の手足となり働くように》

《それ完全に社畜やん……異世界に転生してまでブラックはカンベンしてくれよ。というかテメーもちっとは働け》


 さて、堕女神の事は置いておいて。


 なぜ俺がマスメディアを利用したのかについてだが、それは王族派と貴族派の政治力の差が理由だ。たとえ不正の証拠を掴んだとしても、正攻法でぶつかったのでは、貴族派の政治力によって簡単に握りつぶされてしまうのがオチだ。


 だから俺は国民に直接訴える方法をとった。おそらく貴族派はこの噂をもみ消そうと動くだろうが、一旦人々の間で噂となって広がった話はよほどのことがなければ消えはしない。貴族派が持つ政治力など意味を成さないのだ。


 地球でも根も葉もないゴシップ記事でイメージがダウンしてそのまま消えていった芸能人なんかも腐るほどいるしな。ましてやここは娯楽が充実している地球ではない。こんな刺激的な噂はあっという間に広がるだろう。正に人の口に戸は建てられないのだ。


 ネットの噂よりも、人の口を介しての噂の方がジワジワくるし、記憶にも残り易いんだよね。でもまあ、情報操作は戦略の基本でしょう。


《黒い……黒いです響介さん》

《利用できるものはなんでも利用する。立ってるものは女神でも使う。それが俺のやり方だ》


 これが反撃の狼煙となり、貴族派を追い詰めることになれば良いんだが……。




「そうだなトリスタン。これで貴族派のイメージダウンは確実だな」

「お前も本当にえげつないことするよな。ところであの後大臣たちはどうしたんだ?」


「ん? それを聞くのかトリスタン」

「え? なんか聞くのも憚れるようなことやったのか……」


 俺はニヤリと笑う。それを見て引きつるトリスタン。


「お前がどうしてもというのなら話してやっても良いが……」

「なんか聞くのが怖いけど、そこまで勿体ぶられたら気になって仕方ねーじゃないか!」


 ふむ、仕方ないな。話してやるか。


「いいか? 心して聞けよ」

「お、おう。分かったぜ」


 緊張した面持ちで生唾を飲み込むトリスタン。まあ、実はそんなに大げさな話でもないんだけどな。でもトリスタンを弄るのはやはり面白い。やめられない止まらない。


「あの後な、大臣とリプセット辺境伯を中央教会の大聖堂に運んだんだ」

「あの二人を? でもな夜の大聖堂は締め切られてて誰も立ち入りできないだろ?」


「まあな。でもそこは俺の魔法でちょいちょいっとな」

「……お前いつか女神様のバチが当たるぞ?」


 完全に呆れ顔のトリスタン。いやバチは当たんないとは思うけど……


《バチというか、既にとばっちりは受けてんだけどな~》

《誰がうまいこと言えといいましたか……》


「まあ、その辺は大丈夫だろ。俺は悪いことは何もしてないし。それで、ただ運び込むだけじゃ物足りないから、裸にひん剥いて女神像の下に縛り付けておいた。『禁忌を破った者たちに天罰を与えるby女神の使徒』みたいな書き置きも残してな」

「うげ……よくやるよなお前も。でもなんで大聖堂に忍び込んでまでやったんだ?」


 ただ単に痛い目に会わせるよりは辱めを与えた方があいつらには効くだろう。


「完全に締め切られ密室となった大聖堂での出来事。本当に使徒がやったのかもしれない……という噂が広まらないかな~と思ってな」

「うわ……やっぱりお前女神様から怒られるぞ。完全に黒だ黒」


「何を言ってるんだトリスタン。もし狙い通りに噂が広まったら、今後奴隷の取引が萎縮するかもしれないだろ? これこそアストレイア教の教えに則った行為と言える。俺は白だ潔白だ」


《かなり黒に近いグレーですけどね~》

《コラ、お前のためにやってんだぞ。感謝しろよ》


「いや、まあ……結果としてはそうなのかもしれないけど、やり方ってもんがあるだろ?」


 甘い! 甘いぞトリスタン。


「あのな? トリスタン。手段に拘るのもいいが、手段を選んでいて肝心の目的が達成できなければ意味が無いだろう。そもそも俺達にそんな余裕があるのか?」

「う……まあ、それはそうなんだけど。なんか釈然としないんだよ……」


 まだトリスタンは納得いかないようだが、俺は目的のためには手段を選ばない男だからな。あらゆる手を使って貴族派を追い詰めてやるぜ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、俺の目論見通り、作戦は功を奏した。王都中に女神の使徒が遣わされたという噂が広がり、奴隷を扱っていた貴族派連中は肩身の狭い思いをすることになる。


 だが、俺の見込みは甘かった。いや違う……見込み以上だった。とんでもなく噂が広がってしまった為に、その噂に有りもしない尾ひれや背びれが付いてしまう事に……。どうやら大臣達をひん剥いてしまった事がまずかったようだ。そのせいで女神の使徒はそっちの気があるのでは? と囁かれるようになってしまったのだ。


「使徒様は攻めなのかしら、受けなのかしら?」

「きっと攻めの方よ。キャー!」


 町中を歩いているとたまにそんな会話を耳にすることがある。やばいな俺、異世界舐めてたぜ。地球と違って娯楽が少ないから、皆こういう話に飢えてるんだろうな……。なんか薄い本紛いの物も出回ってるし……こりゃ迂闊に女神の使徒だと名乗れなくなったぞ。


 一度広まった噂はなかなか消えない。俺はそんな噂話を聞くたび、人知れず身悶えるのであった。


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