十五話 魔剣ミストルティン
初のアリスンさん視点です。
私はアリスン。貴族派の不正の証拠を暴く為、今私はクルムバッハ伯爵の屋敷近くにいます。
敬愛するフェイト様の力になるため……そしてあの方のためにもこの任務は必ず成功させなければなりません。
今夜は港の方で大口の取引があるので、クルムバッハ伯爵自身と警備の兵士が多数出払っているという情報を得ています。警備は手薄のはずですので、今夜がチャンスなのです。
港の方はフェイト様が向かわれましたが、大丈夫でしょうか……。いえ、フェイト様の心配など無用のことですね。万が一ということもございません。そういうことであれば私は目の前の自分の任務に集中するとしましょう。
「ドミニク、準備はよろしいですか」
「はい、姐御。いつでもいけますぜ」
ドミニクの返事に、アーヴィン、ゴードンも頷く。
「目的はあくまで不正の証拠を掴むこと。それまで余計な戦闘は避けます。分かっているでしょうね?」
「もちろんです。警備に見つからないように忍び込みますよ」
今の私たちは黒い装束に身を包み、頭も頭巾で隠して、完全に闇に紛れている。
「まずは塀を越えます。アーヴィン」
私の呼びかけに、アーヴィンはコクリと頷き、鈎のついたロープを塀の上に投げる。鈎が塀の内側にかかった事を確認し、私の方を見る。
「ご苦労様アーヴィン。私が先に塀の上に登り状況を確認します。三人はその後続くように」
三人は頷く。私はアーヴィンからロープを受け取ると、軽い身のこなしで塀をするすると登る。塀の高さは約五メートル程。私邸の塀の高さとしては些か高すぎる。何かやましい物を隠しているので無ければですが。
塀の頂上まで来ましたが、やはり数日前偵察に来たときよりも警備の人数は少ないようです。しかもここの主であるクルムバッハ伯爵も不在ということもあるのか、警備兵から緊張が感じられないように見えます。あそこの兵士など居眠りをしていますし、これなら楽に侵入できるでしょう。
私は塀の下にいる三人に合図を送り、塀を登らせます。
三人が揃った所で、
「あそこで居眠りをしている兵士から鍵を奪い、中に侵入します」
「了解しやした」
私達は塀の内側に降り、他の警備兵の死角を通って、船を漕いでいる兵士の元にたどり着く。その兵士に持ってきた薬を嗅がせ、より深い眠りに誘った後、腰元にぶら下げられていた鍵の束を奪う。よし、これで中に入りましょう。私達はその鍵を使い、屋敷の裏口から中に潜入しました。
屋敷の見取り図は事前に入手していたため、証拠の書類があるとみられる、三階の伯爵の執務室までは最短ルートを通って行けます。警備兵の巡回ルートも把握しているので、見つかることなく辿り着くことができるでしょう。
私達は一階を抜け、薄暗い二階へ続く階段を登ります。
……おかしい。二階は警備兵の巡回があるはずなのですが、獣人である私の感覚をもってしてもそれらしい足音、気配が全く感じられません。
(ドミニク、何かがおかしいです。油断しないで下さい)
(わ、分かりました)
三人にも私の緊張が伝わったようで、顔が引き締まります。どうする? これは罠? 予定を変更し別ルートを通りましょうか。
……いえ。別のルートが安全であるという保証はどこにもありません。それにあまり時間をかけるのはよくありません。予定通り最短ルートを通りましょう。
私は後ろにいる三人に目で合図を送った後、音を立てずに早足で駆け出します。廊下を通り、次の角を曲がると三階への階段が見えてきます。私がその角に差し掛かった時……!? 殺気!
角の先から急にどす黒い殺気を感じた私は、とっさに横に飛び退きました。しかし、その殺気を発した者の攻撃を完全に躱すことはできなかった様で、私の頭を覆っていた頭巾がハラリと音を立てて、床に落ちました。少々痛みもあります……少しかすりましたか。
「獣人……しかも女か」
殺気を放った主がそうつぶやき、姿を現します。あれは、あの偉丈夫は……騎士団長のクヴァンですか。これは少々厄介なことになりましたね。
「何か妙な気配を感じて人を払っていたのだが……掛かったのは子ネズミか。くだらんな。大方奴隷にされた仲間の恨みを晴らすべく屋敷に忍び込んだというところか? だが、残念だったな。親父は今日はここにおらんぞ」
なるほど、これは私達の目的までは把握していない様子。正直助かりましたが、これで状況が優位になったというわけではありません。クヴァン自身もそうなのですが、それよりも厄介なのが彼が持つあの大剣。あれは魔力……いえ、邪気を帯びていますね。あれで切りつけられては私などひとたまりもありません。ドミニクでは一合も打ち合えないでしょう。ならば……
(ドミニク、ここは私が引き受けます。人払いをしているということですから、迂回ルートで目的の部屋に向かって証拠品を掴みなさい)
(いや、しかし……姐御)
(これは命令です)
(わ、分かりました……でも無茶はしないでくださいよ。姐御に何かあったら親分が悲しみます。もちろん俺もですが……)
私がドミニクの返事に頷くと、ドミニク、アーヴィン、ゴードンの三人は元来た廊下を引き返し駆け出した。ドミニク、あなたの気持ちは受け取りました。そしてフェイト様。もしかしたら私は約束を守れないかもしれません。その時はお許し下さい……。
三人が闇に消えたのを確認し、私はクヴァンに向き直ります。
「三人を逃がす時間稼ぎをするか、女だてらに見上げた度胸だな」
「騎士団長はもしかしてフェミニストなのですか? そうであれば見逃してくれるとありがたいのですが」
うまく勘違いしてくれました。この男、腕は立ちますが、あまり勘は鋭くないのかもしれません。脳筋タイプでしょうか?
「ふん。冗談を。女子供とて関係ない。全力の剣をもって答える。それが武人に対する礼というものであろう。貴様も獣人の端くれならばその誇りを見せてみよ!」
クヴァンが大剣を構えこちらに踏み込んでくる。流石に見逃してくれるほど甘くはありませんか。仕方がありません。私は両手にナイフを持ち、構える。
「ふんっ!」
一瞬で間合いを詰めたクヴァンが大剣を振り下ろしてくる。思ったよりも疾い。それに重い。これをまともに受けていては私の腕が持ちません。私は振り下ろされる大剣に逆らわず、ナイフで方向を逸らすようにいなして攻撃を躱す。
金属同士がぶつかる高い音が屋敷に響き、発せられる火花が一瞬だけ屋敷の中を照らす。
「我が剣を受け流すとはな、なかなかの腕だ。殺すには少々惜しいな」
「それでも見逃すつもりはないのでしょう?」
「当然だ!」
クヴァンは今度は大剣を横に凪いできた。私はそれをバックステップで躱す。
暗闇の戦闘では感覚神経に優れる獣人に分があるはずなのですが、クヴァンの身体能力の高さはそれを苦にしないようです。あの大剣、もしかしたら邪気でクヴァンの身体能力を引き上げているのかもしれません。
……これは。手札を温存している余裕はありませんね。私は無詠唱で【アクセラレート】をかけ、スピードのギアを一段上げる。これでもうクヴァンの攻撃を受け流す必要はなくなりました。すべて躱してみせます。
クヴァンは私に次々と剣撃を繰り返すが、かすりもしません。もう剣筋も見切りました。
「む……貴様、まだ実力を出し切っていなかったのか。ふっ、これは面白い」
クヴァンはそう言って大剣を頭上に掲げる。まだ何かあるのでしょうか?
「魔剣ミストルティンよ! 俺に力を!」
クヴァンがそう言い放つと大剣……いえ、魔剣ミストルティンから黒く禍々しい邪気が生じ、クヴァンの体に吸収される。ただの人間がこんな邪気を纏って無事でいられるのでしょうか? このクヴァンという男、何やら秘密があるようです。それにこの魔剣は一体何なのでしょうか。
「またせたな。仕切り直しと行こうか」
クヴァンは閉じていた目を開く。その目は赤黒く輝き、顔は人間とは思えない様相を呈している。そして次の瞬間には……私は切りつけられ、弾き飛ばされて廊下の壁に激突してしまった。
く……今のは危なかったです。ほとんど勘でナイフを動かした所に剣撃がきました。また同じことをやれと言われてもおそらく無理です。この男、身体能力をまた引き上げたのでしょうか? このままでは私は持ちません。ドミニク急いで下さい。
「今の攻撃も防ぐか。ますます殺すには惜しい女よ」
「……それは、プロポーズか何かでしょうか?」
「ぬかせ、次は仕留める」
まずいです。壁に叩きつけられた影響で背中、脇腹を負傷しました。骨が折れていなければ良いのですが……間違いなく次の攻撃は防げません。フェイト様……申し訳ありません。
私が最期の覚悟を決めたその時、外からドンっ!という何かが爆発する音が聞こえ、赤い光が窓から見えました。あれは撤退の信号弾。ドミニクやりましたか。ならば私も長居は無用ですね。私は窓を突き破り外に飛び出します。クヴァンがいた事は想定外の事態でしたが、なんとか目的は達成できたのでしょうか。
しばらくして信号弾の光が収まり、廊下に元の静寂が戻る。
「……逃げられたか。どうやらあの男どもを逃がすための時間稼ぎではなかったようだな。またいずれ相まみえる時が来るだろう。その時は必ず仕留める」
そう呟いたクヴァンは魔剣ミストルティンを降ろし、踵を返して闇の中に消えていった。
魔剣もそうですが無詠唱魔法が使えるアリスンさんって一体……




