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二話 出発

「すごいですね……」

「な、なんだこの巨大なものは」


 マイア王女は感嘆の声を上げ、シルヴィアはキャンピングホバークラフトを見上げて、思わず手に持っていた荷物を落としてしまった。


「これは俺が作ったキャンピングホバークラフトです。これに乗って王都に行きたいと思うんですが良いですか?」

「え? いや、でも我々も馬車を持っているんだが……」


 あれは、王族仕様なのだろうか、側にきらびやかな馬車が直ぐ側に鎮座している。

 幾つもの装飾が施されたその馬車はとてもではないが機能的とは言えない。馬三頭で引くみたいだが、あれでは何日かかるか分からないぞ。


「馬車だと王都までどんなに急いでも二週間かかるでしょう。でも、これだと四日か五日で王都まで行けますよ」

「な!? それは本当か? 冗談ではないよね?」


 まあ、そうでしょうね。実際に乗ってみないと信じられないだろうな。


「はい、そこにおられる辺境伯様も試運転で乗られましたので、聞いてみてはどうでしょうか」

「ん? ああ、俺も実際に乗ったが、馬車とは比べ物にならないスピードだった。それにこれは馬車とは違って疲れ知らずだからな。王都まであっという間に着くだろう」


 いや、運転手の俺は魔力操作で疲れるんですけど……。まあ、でも馬の疲労ほどじゃないか。


「王女様も急いで王都に帰らなければならないと思いますので、是非乗って下さい。馬車はお付の方に王都まで移動させて頂ければと」

「うん。分かったよ。シルヴィア、これに乗ろうよ。なんだか面白そうよ」


 相変わらず軽い王女。あっさり承諾してくれた。ちょろいちょろい。


「え、あ……マイア様がそうおっしゃるなら」


 あまりの急展開で狼狽えるシルヴィアに、はしゃぐ王女様。とりあえず了解得られたから良かったか。


「では、さっさと荷物積み込んじゃいましょうか」

「わ、分かったよろしく頼む」


 というわけで王女たちの荷物も積み込む。このホバークラフトは収納スペースも設けており、積載能力も抜群だ。やはりプロペラ、モーター、バッテリー、燃料タンクの類が無いのが大きい。魔法さまさまだ。


 ……って、あれ? 収納に俺達の物でもない、王女の物でもない見慣れない荷物が置いてある。これは一体誰の物だ? と思って座席の方を見ると、そこには当たり前のように座っているレティシアの姿があった。


「おい、レティシア。何のつもりだ?」

「何のつもりも何も、私も王都に行くのですのよ」


「え? なんで? 聞いてないよ」

「何をとぼけているのですかフェイト様。昨日婚約をするためにはもっとお互いのことを知る必要があると仰っていたではないですか」


 いや、あれは単に断る口実として言っただけなのだが……。


「確かに言ったがあれはそういう意味では……それよりもハルベルトの許可は良いのか?」

「アレの許可は別に取る必要は無くてよ」


 そう言いながらオホホホ……と笑うレティシア。俺はチラリとハルベルトの方に目をやるが、俺の視線に気付いたハルベルトはうなだれて首を左右に振るだけだった。……もうこいつには何を言っても聞かないだろうし、諦めるしかないのか。


 俺達はレーニアの人々に見送られながらホバークラフトを始動する。見送りにはギルドの面々と、サラさん、ロイドさんを始めとした屋敷の使用人たち、そしてハルベルトとあとはオスカーさん、フェリシアさん、オーランドさん、エレノアさん、それと母さんの姿があった。


 皆は最初ホバークラフトに驚いていたが、俺が作ったと聞いてすぐに納得。皆一様に「フェイトだからな」と呟いていた。俺の方が納得いかない。


「フェイト、王都で思いっきり暴れてらっしゃい」

 ……いや、暴れたら王都壊滅しちゃうよ母さん。


「ディアナ、ちゃんと避妊はするのよ?」

「マ、ママ! 何言ってるのよ!」


 フェリシアさん相変わらずというか、こんな大勢の人がいる中こんな発言できるって普通にすげーなと思う。


「レティシアはお前に預けたぞフェイト」

「いや、預かってませんから、勝手についてきてるだけですよ」

 ハルベルトも本当にしつこい。


 そう言えば……アリスンさんの姿が見えないな。専属の秘書なんだろ? どこに行っているのか……いや、いて欲しいと言う訳ではないんだが、姿が見えないのは妙ではある。……まあ、気にしても仕方ないか。


「それじゃあ行ってくる。ちゃちゃっと終わらせて帰ってくるからな」


 俺はそう言ってホバークラフトを発進させる。時速は大体80キロくらい。道行く馬車はホバークラフトが発する風で倒れてしまうかもしれないので、街道から少し外れた場所を走行、すれ違う時は出力を落として徐行する。


「結構他の馬車交わすの面倒くさいな……」

「仕方ないよ、これ結構大きいし」


 かと言って、街道を大きく外れて走行するのも難しい。ホバークラフトは水陸両用で、どんな悪路をものともしないのだが、さすがに林や森は突っ切れない。


「そうだな。もう少し小型のやつも作っておこうか」


 障害物がなければそのまま一直線に行けるんだけどなー。それでも馬車に比べれば全然早いからまあいいか。それにしてもすれ違う人たちの驚く顔が面白い。


「そう言えばエレーナはジェシカとは会ったのか?」

「ん? どうして?」

「あ、いや。しばらくレーニアを離れるわけだし、お別れはちゃんとできたのかと思ってな」

「うん。それは大丈夫。ただボクが婚約したって言ったら驚いてたけど」


 まあ、そりゃそうだろうな。


「にゅふふ……玉の輿」

「……あのな。お前は俺じゃなくてカネが目当てなのかよ」

「もちろんお金」

「即答かよ!」


 分かってはいたが、こうもはっきりと言われると凹むな。


「大丈夫、ソフィはお金目当てじゃないから」

「え? な、何の話だよ?」


 まさか、この間のサラさんドッキリイベントの影響か? サラさんほんとに余計なことをしてくれたもんだ。


「フェイトお前すげーな。このままだとどんどん嫁が増えてくぞ」

「トリスタン、お前にも分けてやろうか?」

「い、いや俺は遠慮しとくよ」

「でもな、俺が出世して陞爵したら、お前は俺の従士、陪臣になるかも知れん。そうなったらお前の結婚相手の世話をしてやるのは俺の役目になるんだぞ」


「え? マジで?」

「ああ、そうだ。その時には俺がお前にピッタリの相手を見繕ってやるから楽しみにしとけ。それが嫌なら王都でナンパでもしろよ」

「お、おう……じゃあ、ナンパするぞ俺」


 まあ、成功を祈ってるよトリスタン。


「はぁ、またトリスタン弄って遊んでるのね……、ところでフェイト今日はどこまで進むの?」

「いや、特に考えてないんだけど、王都に行くのは始めてだからさっぱり分からん。レティシアは分かる?」

「私だってこんなもので行くのは初めてですわよ」


 ですよねー。ナビとかあればいいんだけどな。ん? ナビと言えば……


《なあ、アストレイア。お前ってナビできる? 上空から鳥瞰したりして》

《できないことはないですが、女神をナビに使うって……そんなこと考えるの響介さんくらいですよ?》

《つべこべ言うな。立ってるものは親でも使えって言うしな》

《親と神を一緒にするなんて……分かりましたよ。やれば良いんでしょやれば》



「まあ、どこか適当な場所で野宿すればいいか。野宿と言ってもこの中で寝てしまえば良いから楽ちんだけどね」

「ほんと、快適よねこの乗り物」


 ディアナがため息混じりにつぶやく。


「ああ、マジで反則だぜこれは。もう普通の馬車の旅には戻れねーよ」


 トリスタンお前は走ってもいいんだぞ? 魔力で身体強化すれば時速60キロくらいで走れるはずだ。頑張れトリスタン。


「ねえ、フェイト様、フェイト様」

「え? なんですかマイア王女」


 唐突に王女が声をかけてきた。


「こんな乗り物もお作りになられるなんて、本当にすごいんですねフェイト様」

「え、ああ、恐縮です」


 王女は運転席に座っている俺の腕の上に自分の手を乗せ、にこやかに微笑みかける。そのゆるふわな青い髪がふわりとなびいて、なんとも言えない甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「ぜひともそのお知恵とお力を王国のためにお貸し下さいね」

「え、まあ善処します」


 うーん。正直すごく可愛いんだよなこの王女。それにあざとい。何も知らないヤツならコロッといっちゃうんだろうけど、この間の事でこの王女の本性を知ってしまったからな……。

 おそらく、俺の関心を引くために声をかけて来たんだろうが、その仕草にも、この笑顔にも、言葉にも、もう俺の心は全く動かされる事はないと思う。


 しかし、王族ってこういうものなのかもしれないな。マイア王女は一人娘らしいから、王城ではさぞかし甘やかされて育ってきたのだろう。ある意味可哀想なやつなのかもしれないが、俺の目的達成のために利用させて頂くまでだ。


 そんなこんなでしばらく走っていると、前方に街のようなものが見えてきた。


「あ、街っぽいのが見えてきたな」

「あれは……クレモーンの街ですわ。まさか一日でここまで来れるなんて、とんでもないですわね」


 操作にもだいぶ慣れてきたし、結構スピード出したからな。


「とりあえず、あそこで休憩するか」

「そうだね。フェイトお疲れ様」

「ああ、ありがとう。というか、直接街に横付けしたら大騒ぎになるよな。少し離れた位置に停めるぞ」


 というわけで俺達はホバークラフトをクレモーンから数百メートル離れた位置に停め。街に向かった。



最後まで読んで頂きありがとうございます。


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