九話 それぞれの思惑
「それは本当? 良くやったわシルヴィア!」
ここは辺境伯屋敷の貴賓室。戻ったシルヴィアが昨晩の件について王女に報告している。ちなみに、王女の企みが既にフェイトにバレていることについては、フェイト達が口外しない事を約束した。だからシルヴィアはその事を王女に報告していない。
「はい、なんとか約束を取り付けることに成功しました」
「やったやったわ、やはり私の読みは間違ってなかったのね。英雄と持て囃されていても所詮は単なる男ということなのかな。シルヴィアの色香に騙されるなんてね」
事実を知らないマイア王女は、自分の策がうまくいったと勘違いし喜びはしゃぐ。その王女の様子をシルヴィアは複雑な想いで見つめていた。
「あの、あくまで最終的な判断は王都に行ってからという事ですので、まだ安心はできません。それに、あまりフェイト殿を甘く見られない方が良いかと思いますが……」
シルヴィアのこの諫言は王女を思ってのことだ。これ以上フェイトの王女への評価が下がってしまえば、王都で交渉が決裂してしまいかねない。
「どうしたのシルヴィア。随分とあの男の肩を持つんだね。もしかして昨晩一緒に過ごして好きになっちゃったのかな?」
「い、いえ……決してそのような事は」
王女の一言にシルヴィアは思わず顔をそむける。
「ふーん。シルヴィアも満更ではないみたいね。それならこれからも引き続きあの男を誘惑するのよ。レーニアの英雄を味方に出来れば私たちは勝ったも同然だよね」
「そ、そうですね……」
自分の諫言は王女に届かない。そのことにもどかしさや苛立ちを覚えるシルヴィアだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場面は変わり、ここは王都にあるシュヴェールト公爵の屋敷の一室。
豊かな顎髭を蓄え、頭髪は少し後ろに後退した初老の男性。現国王ヴィルヘルム=エレクトラの叔父にあたるグレゴリウス=シュヴェールト公爵がゆっくりと話し始めた。
「クヴァンよ、王女がレーニアに向かったと聞いた。何が目的か知っておるか?」
「は、公爵様。恐らくレーニアに現れたと噂されるフェイトという男に、助力を求めに向かったものだと思われます」
クヴァンと呼ばれた偉丈夫は、クルムバッハ伯爵家の嫡男にして、エレクトラ王国の騎士団長を務める男だ。顔や腕に大きな傷跡がいくつもあり、かなりの修羅場をくぐって来たことが窺い知れる。この国最強と謳われている騎士だ。
「おい、クヴァンよ。そのフェイトという男の噂は本当なのか? 三万の魔物を一人で倒したとか、レッドドラゴンを倒したなどと信じられん話ばかりではないか……」
次にクヴァンに問いかけた男はクヴァンの父、レイナード=クルムバッハ伯爵だ。筋骨隆々の偉丈夫のクヴァンに対して、レイナードは醜く肥え太っている。似ても似つかない容姿をしている二人。知らない人が見れば親子とは思わないだろう。ちなみにこのレイナードの娘エリーザベトが第二王子のダニエルに嫁いでいる。つまり、貴族派と第二王子とのつながりはこの男が握っているのだ。また、この男は財務大臣も務めているため、貴族派の財布も握っている。貴族派の実質ナンバー2だ。
「父上、噂はあくまで噂だ。大方、亜竜のワイバーンなどを倒したことが誇張されて伝わったのだろう」
「じゃあ、クヴァンはそのフェイトという男と戦ってみたいか?」
今度は別の男がクヴァンに問いかける。この男の名はデューク=リプセット。南の辺境伯、リプセット家の嫡男であり、魔術師団長を務めている。王国でもトップクラスの魔法の使い手と評価されている男だ。
「そのフェイトという男は、無詠唱で魔法を使ったという噂がある。その噂が本当なのか俺自身の目で確かめてみたいんだ。だから俺がフェイトと戦ってもいいだろ?」
「ふん、勝手にしろ。俺はそんなものには興味はない」
「それじゃあ、フェイトは俺の獲物って事で決まりだな」
指を鳴らしながらニヤリと笑うデューク。
「静まれ二人とも。しかし、妙な胸騒ぎがする。噂を噂で片付けてしまうのは少々危険だ。油断していると足元をすくわれる可能性もあるからな。レイナード、念のためフェイトという男に関する情報を集めろ。それから兵の方はどうだ? 順調か?」
「は、畏まりました。部下を使って情報を集めましょう。また兵については順調です。東のホーエンツォレルン辺境伯が我々の呼びかけに応じ、5000程の兵を集めています。南の方はーー」
「南は親父が7000集めているぜ。獣人奴隷どもをかき集めれば一万超えるかもしれないな」
レイナードの発言にかぶせるようにデュークが答える。レイナードは一瞬むっとするが、デュークの実力とリプセット辺境伯の権力の大きさを知っているため口を紡ぐ。
「ところでデューク、その獣人族の例のアレは確保できたのか?」
「ああ、それは問題ないぜレイナードのおっさん。親父が近いうちに引き渡すって言ってたぞ」
「そ、そうか。ならばいい。辺境伯にもよろしく伝えてくれ」
「ふむ。とりあえずは順調というところか、さて、そのフェイトという男。我々の障害となり得るか、その実力拝見させて頂くとしよう」
王族派、貴族派、そして邪神とその使徒達、それぞれの思惑が交錯し、フェイトを新たな戦いの舞台、王都へと誘うことになる。
これで三章終了です。次章からは舞台が王都に移ります。
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