四話 交渉のゆくえ
レティシアによって、マイア王女との会談から強制退場されられた俺は、ため息をつきながらも二人で廊下を歩いていた。
「お前な、無茶苦茶過ぎんぞ、一応相手は王女様なんだからな」
「いくら王女でもあれはありませんわ。碌な見返りや確約もなしにただ協力しろだなんて、世の中舐めてますわ。それにレーニアを見捨てておきながら今更のこのこやって来て……虫が良すぎるとはこのことですわね」
レティシアの言いたい事は分かる。分かるんだけどな。
「まあ、俺だって正直腹が立ったけどな。でもな、王都の混乱はそのまま見過ごしていい問題ではないだろ」
「まさか、この話受けるつもりではありませんわよね?」
隣を歩くレティシアが鋭い視線を俺に向ける。ちなみに腕はまだ絡められたままだ。
「いや、それはない。だが、一度王都に行って状況を見極める必要はあると思っている」
「それは何か理由があって?」
「いや、目的や理由なんてものはないんだが……単なる勘だ。行かなければ何か大変な事が起きるような気がしてならない」
……とカッコつけて言いましたが、シグルーンを開放するという確固たる目的があるんだよね。でもそれをレティシアに言うわけにもいかないので、ちょいボカしました。
「…………」
レティシアは無言で俺を見る。なんだ? もしかして勘付いた?
「そうでしたわね。あなたは女神様の使徒でしたわね。つまりそういうことでしょう?」
げ……確かこいつ祝勝パーティの時にもそんなことを言ってたが、あれはカマかけたんじゃなくてガチでばれてんの?
「な……何の事でせう?」
いかん、動揺しちまった。
「ふふふ……神のお考えなど、私達常人には計り知ることなどできませんわね」
「あ、いや。神とかワケ分かんないから」
レティシアはいたずらっぽく笑いながら。
「今はそういう事にしておきますわ」
と言って俺の腕から手を離し、ハルベルトの執務室の扉を開けて中に入っていった。俺は廊下に一人とり残され呆然と立ち尽くす。
《なあ、バレてるってことはないよな?》
《うーん、あれだけではよく分かりませんよ》
《レティシア……絶対嫁にはしたくないタイプだよな。浮気とかしたら一発でバレそうだ》
《あー、それ完全にフラグですよ》
《げげ……マジで?》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で、結局どうするんだよフェイト?」
俺はハルベルトの執務室に帰り、トリスタン達に王女来訪の用件について説明していた。
「交渉は決裂……ではなくて、保留といったところかな」
「保留? なんかはっきりしねーな。ぱぱっと決めちまえよ」
「いや、単細胞には分からないと思うけど、そう簡単に決められるもんじゃないって」
「タンサイボー言うな。なんかそれムカつく」
はー、トリスタンと話しても埒が明かねー。
「要するに結論は王都に持ち越しというわけですわ」
と、そこにレティシアが助け舟を出してくれた。恩に着る。
「王都に持ち越しって事はこれから王都に行くのか?」
「俺はそのつもりだ。王都に行って直接状況をこの目で見て判断したいと思う」
「なるほどな。そういうことか。なら俺もついて行っていいんだよな?」
「ん? まあ同じエレメンタラーの一員だからな。パーティ全員で行くぞ」
「よっしゃぁ。一度でいいから王都に行って見たかったんだよな」
トリスタンはオーランドの親父さんに色々な所に連れて行ってもらっていると思ってたが、王都は初めてなのか。
「王都でフェイトとデート……したいなぁ……」
「王都のギルドで一攫千金」
ディアナは相変わらず自分の世界に行ってるし。エレーナは言わずもがなだ。
「いや、ちょっと皆。盛り上がっている所申し訳ないんだが、王都に行く前に一つ解決しなければいけない問題がある」
皆の動きがピタッと止まり、俺に視線が集中する。
「王女様の機嫌を取らなきゃならん……」
俺がため息混じりに言葉を吐き出すと、それに応接室から帰ってきたハルベルトが言葉を重ねる。
「その通りだ。レティシア、あの後王女様の機嫌を取りなすのにどれだけ苦労したか……、お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「もちろんですわ。わたくしは正論を述べただけですわ」
ハルベルトの叱責の言葉に全く悪びれることなく答えるレティシア。
「はぁ、ただ正論を述べれば良いというわけではない。それくらい子供ではないのだから分かるだろう」
「子供なのはマイア王女の方ですわ。レーニアを見捨てておきながら良くもぬけぬけと……。でも、私のせいでフェイト様にご迷惑をおかけしたのは確かですわ。申し訳ありませんフェイト様。マイア王女については必ずわたくしがなんとかしてみせますわ」
え? レティシアが謝るの初めて見たよ。これは明日は雪かな? 今夏だけど。でも、俺以上に驚いているのがハルベルトだ。
「レ、レティシアが謝った……こんなレティシアは初めて見たぞ。やはりこれは……フェイトしかいないな」
口をパクパクさせ、手はワナワナと震えている。は? 何が俺しかいないんだよ? 続き言ってみろよハルベルト。
《はぁ、着々とフラグが構築されつつありますよ。もう受け入れるしかないかもしれませんね。響介さん、おめでとうございます!》
《やだよ。気疲れで絶対ハゲちゃうよ》
「いや、レティシア。なんとかするって一体どうするつもりなんだ?」
「なんとかすると言いましたが……こちらからなにかする必要はないかもしれませんわ」
「ん? どういうことだ?」
「追い詰められているのはむしろあちらの方。こちらはどっしりと構えていればいいのです。必ずあちらからアプローチをかけてきますわ」
……そういうもんなんですかね?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん。なんだかうまくいかなかったね」
ここはハルベルトの屋敷にある貴賓室。マイア王女にあてられた部屋だ。マイア王女は従者のシルヴィアと共に会談の場だった応接室から帰っていた。
「そうですね。しかし、あのレティシアという娘。いくらマイア様の従兄弟とはいえ。不敬過ぎます。今度会った時は私がきちんと王族の威厳と言うものを教えて差し上げますのでご安心下さい」
シルヴィアの怒りは頂点に達し、その握りしめる拳はギリギリと音を立て、今にも血が滲み出しそうだ。
「レティシアに怒っても何にもならないと思うよ。それよりもフェイト様の気を引く方法を考えて」
「あの準男爵ですか……お言葉ですがマイア様、あの男に今の戦況をひっくり返せる程の力があるとは思えません」
シルヴィアの表情に見えるのは明らかに嫉妬の念。長年王女に仕えていた自分を差し置いて、王女が期待を寄せるフェイトをシルヴィアはどうしても認めることができない。
「じゃあシルヴィアは他に案があるの? 無いのなら文句言わないで欲しいな」
そんなシルヴィアの想いなど微塵も理解しない王女は冷たく言い放つ。
「そ、それは……」
シルヴィアは言葉に詰まる。幼少の頃から剣技を鍛え、ただただ王女の従者として務めてきたシルヴィアに、政治の駆け引きなど分かる筈もない。
「そうだわ。レティシアはフェイト様をその気にさせるなら、その身を差し出せって言ってたわよね。フェイト様は英雄。よく昔から英雄色を好むと言いますから、フェイト様もそうなのでしょうか」
「そ、それは分かりませんが……」
「でも、私の身を差し出すのは嫌だわ。私はもっと高貴な方の元に嫁ぎたいもの……あ! それならシルヴィア! あなたがフェイト様のものになりなさい」
「え!? マイア様、今なんと?」
あまりにもひどいマイア王女の一言に思わず我が耳を疑うシルヴィア。
「聞こえなかったのですか? 今夜あなたがフェイト様の寝所に忍び込み、その体でフェイト様を誘惑するのよ。それならきっとフェイト様はこちらに靡くわ。あなたは鍛えているからスタイルもいいし、美人だし。うん、大丈夫よね」
「それは……私にあの男の妾になれと仰るのですか?」
「うん、そうよ。あなたにも少しは頑張ってもらわないと、アレックスお兄さまのピンチなのよ? この国のためなのよ?」
「しかし……私は……」
私の忠誠はマイア王女にしかない、あんな男のところになど行きたくない……と伝えたいのだが、言葉がうまく出ない。
「剣しか取り柄のないシルヴィアが、王家に貢献できるチャンスなのよ。期待してるわね」
「……はい。畏まりました……」
力無く頷く事しかできないシルヴィア。
確かにレティシアの予想通り、王女はフェイトにアプローチをかけてくる事になりそうだが、この様な形で来るとはさすがのレティシアも予想はできなかった。
果たしてシルヴィアは王女の命令に従うのか……
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