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三話 レティシアと王女

フェイトと王女の交渉。そこにレティシアが割って入ります。

「マイア王女のお話は分かりました。しかしその申し出を受ける前に確認させて頂きたいことがあります」

「はい、なんでしょう?」


「まず、マイア王女は私に協力して欲しいと申されましたが、具体的に私は何をすれば良いのでしょう?」


 そうなんだよな。俺は何をしたら良いのか、王女が何を求めているのか……それがさっぱり分からない。


「え、それは……そうですね。まずフェイト様、私達の王族派に加わって下さい。レッドドラゴンを討伐したレーニアの英雄様が加わって下されば、ダニエル兄さんの貴族派は勢いを失うと思うんです」


 うーん。つまり俺の名声を利用したいということか。それは理解できなくもないが……。


「それだけで王族派は優位に立てるんでしょうか?」

「いえ、ちょっとそれは難しいですね……」


 俺が加わったくらいで勢力図が塗り替えられるんなら世話ないよな。


「できれば、王族派と貴族派の勢力図について説明頂けませんか?」

「え? あ、はい。分かりました」


 というわけで、王族派と貴族派の勢力の構図についてマイア王女に説明してもらったのだが、王都の軍部は主に魔術師団と騎士団に分かれており、それぞれの団長、副団長はすべて貴族派側の人間に押さえられている様だ。あと教会と財務大臣も貴族派に占められている。肝心の王族派は僅かに内務大臣がいるだけなのだそうだ。


 これは貴族派に実力行使に出られたらひとたまりもないな。


「要は軍部はすべて貴族派に支配されていて、こちらの味方は文官が一人だけという事でしょうか? しかも財務大臣は敵方ですか……」

「そ、そうなります…‥」


「ところで、この国の宰相はどちら側なのでしょう?」

「……それが、その……シュヴェールト公爵自身が宰相です」


 うわ、マジかよ。これもう完全に詰んでないか?


「私の役目はその貴族派と王族派の軍事的な差を埋める事にある。そしてその勇名、武力によって政治的な権力の差も巻き返したい、と考えて良いですか?」

「端的に言うとそうなりますね」


 うーん。これは正直気が進まないな。魔物相手に戦うのは別に抵抗は無いのだが、相手が人となると単純に割り切れない。考えてみれば俺はまだ人を殺めたことがないのだ。はたして前世が日本人の俺が人を殺せるのだろうか、殺せたとしても精神的に耐えられるだろうか、かなり不安だ。


「……初めに言っておきますが、私は兵器ではありません。力を振るうのは最後の手段としてお考え下さい。それに……もし仮に私がこの力を持って貴族派を蹴散らしたとしても、誰もアレックス王子を王とは認めないでしょうし」


「え? そうですか? ダニエル兄さんが失脚すれは王位継承権を持つ男子はアレックス兄さんだけになります。アレックス兄様以外に王はいないと思いますが?」


「いえ、そんな単純な問題ではないでしょう」

「そういうものなのですか?」


 顎に指を当て、首をかしげる仕草をするマイア王女。 


 そりゃ、形式上はアレックス王子が次の王になれるだろうが、その後の政権運用が円滑に回るかどうかは別問題だ。マイア王女は世間知らず……、レティシアが言っていたのはこういう事か。


「そうですね。ただ単に王座に座ればそれでいいというわけではないと思いますが……これはまだ先の話なので。とりあえず中央の勢力図はなんとなくわかりました、それで地方の有力貴族たちはどちらの味方なのですか?」


 俺の問いにマイア王女はしばらく思案していたが……ハルベルトが口を開いた。


「それについては私から説明しよう。王国には四つの辺境伯があり、それぞれ王都の東西南北に位置している。そのうち東のホーエンツォレルン辺境伯、南のリプセット辺境伯は貴族派だ。特にリプセット辺境伯の息子は魔術師団の団長を努めている……。公爵の子飼いだな」


 うわ、地方も半分は貴族派なのか……。


「そして唯一王族派を宣言しているのが、西のモンフォール辺境伯だ。私、北のノイマンは申し訳ないが中立派、どちらにも付いていない。これが地方の現状だな」


 ハルベルトは中立だという事は知っていたが、味方は西だけなのか、かなり厳しい状況だな。というかこの王女はもしかして、今回ハルベルトには声をかけずに、寄子である俺に声をかけているんじゃないだろうな? それは筋を通していないというか、立て付けとしてかなりヤバイと思うぞ。


 俺はハルベルトの方を向く。ハルベルトはそんな俺の意図を察したのか、次のように述べる。


「いや、フェイト安心しろ、王女様からは昨日お誘いを受けていた。その上で中立を貫くことを伝えてある」

「なるほど、了解しました」


 ふぅ、王女様もそこまで浅はかでは無かったか。それともシルヴィアか、他のお付の人が進言したのかな。


 そんな俺とハルベルトのやり取りをポカンと見ていたマイア王女は、突然パンと手を叩いて。


「確かに、お味方の数は少ないですが、こうしてフェイト様が味方についてくれたのですからきっとうまくいきますよ」

「あ、いえ。ちょっと待って下さい。まだ協力するとは言っていませんよ。まだ確認しなければならない事があります」


「え? なんでしょう?」

「私が王女に協力する対価、報酬ですよ。これがはっきりしなければ交渉は成立しません」


「な! 貴様、不遜にもマイア様に見返りを求めるつもりか?」

 急にシルヴィアが割り込んできた。こいつ何をわけの分からないことを言っているのか。


「いや、対価を求めるのは当然のことだと思いますが、国民は王族に対して、無償の奉仕をしなければならないのですか?」

「当たり前だ、王族あっての民だからな」


 うーん、王女の世間知らずはこいつが原因じゃないのかな?


「いえいえ、王女様だって霞を食って生きているわけじゃないでしょう? パンを食べられるのは誰のお陰か分かっていますか? まあ、正当な対価が払えないというのならこの話は無かった事にさせていただきますが」


 とりあえず、王女の覚悟というか、どれくらい俺を買っているのかを確かめておきたい。上辺だけの言葉では信用できないし、利用できるだけ利用して用が無くなってポイ捨てされたりなんかされたらシグルーンを開放できないし。


 まあ、その時は力尽くで王都に乗り込むだけなんだが。


「え……急に対価と言われても、私に出せるものは何も……。そうだ、フェイト様に協力いただいて無事王族派が勝利した暁には、フェイト様に伯爵の爵位を与えるよう、お兄様にお願いしてみます」


 う、うーん。これってなんか、思いつきで言ってる感がありありだよな……。俺としては確約が欲しいんだけど、確実にシグルーンが封印されている王都の中枢に入れる確証が。


「えっと。マイア王女、お言葉ですがそもそもこのお話……私を王族派に引き込む件については、王族派全体の総意なのでしょうか?」


「いえ、これは、私が王都でフェイト様の噂を聞きつけて、フェイト様を味方にできれば勝てると思ったので、それで急いでこちらに参ったのです」


 うわぁ、これって姫様の独断による暴走だったのか。ちょっとこれは話にならないぞ。こりゃ、ハルベルトが断るのも当然だ。筋はまったく通ってなかった。


 俺がため息をつき、頭を抱えていると。


「はぁ……思った通りでしたわ。思いつきで行動するその癖。あの時から全く治ってないのですのね」


 レティシアは呆れ顔で話に割り込んできた。


「あ、あなたは、確かエヴァおばさまの……」

「そうですわ、私はノイマン辺境伯の娘レティシアですわ。あなたの従兄弟にあたりますわね」


 レティシアは王族の血を引いていると聞いていたが、王女と従兄弟の関係だったのか。


「対価の報酬も確約できない、王族派の総意でもないのではもうお話になりませんわ。あなたには真剣さが全然足りないのです。本当にフェイト様を引き入れたい、繋ぎ止めておきたいと考えているのなら、その身を差し出すくらいの覚悟が欲しいところですわね」


「な!? マイア王女を身売り娘のごとく……貴様!」

「状況を見る限り、既に王族派は崖っぷちの状態ではなくて? もう自分の身を切る覚悟くらいは必要な状況だと思いますわ。まだこの期に及んで自分の身は綺麗なままでいようだなんて虫が良すぎますわよ」


 今まで大人しくしていたので安心していたが、ここに来てレティシアの毒舌が炸裂してしまった。あ、ハルベルトも頭抱えている。


「レティシアちょっと待て、俺はそこまで求めてないって……でも、レティシアの言うことも一理ある。これまでの王女様の話を聞いて、俺もいまいち真剣さが足りないとは思っていた。今この場で判断するのは無理そうだな」


「え……そんな、それでは私達はどうなるのです……。それに覚悟って言われても」


 レティシアと俺に自分の覚悟を問われ困惑するマイア王女。やはりこれは思いつきによる行動だったのか。


「もうこれ以上話しても無駄ですわね。行きましょうフェイト様」


 レティシアはそう言って、腕を引っ張り俺をソファーから立たせる。そしてそのまま俺の腕に自分の腕を絡ませ、部屋の出口に向かって歩きだした。


「え? おい。ちょっと、レティシア」


 俺はそのままレティシアに引きずられ部屋を後にするのだった。


感想、初レビュー頂きました。

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