一話 王女来訪
今回から三章スタートです。
王女の来訪により物語が動き始めます。
はぁ、北方に来てからもう一ヶ月になるのか、来る前は初夏だったけどもう結構暑くなってきたな。まだここは北の地だからマシだけど、南の方、特に王都辺りはもう真夏の暑さなのかもしれん。
俺がリューゼに作られた仮設の拠点内でグダグダとそんなことを考えていると、伝令係の人が書状を持ってきた。
「ん? レーニアから知らせ?」
「はい、こちらです」
伝令から書状を受け取る。俺はあれから辺境伯に頼まれて、北方地域平定の総指揮官的な役目を押し付けられた。レーニアの英雄が指揮を取るとなれば兵や冒険者達も奮い立つだろう! なんて、もっともらしい理由をつけられ押し切られたんだが……まあいい。
その代わり報酬にはたっぷりと色をつけてもらうからな? 覚悟しとけよハルベルト。
おっと、思考が逸れてしまったが、早速書状を確認しよう。送り主は……う、ハルベルトか。また面倒事を押し付ける気だろうか? 嫌な予感しかしないが、見ないわけにもいかない。
俺は封蝋を切って、書状の内容を確認する。うーん。これは……。
「おい、トリスタン。荷物をまとめろ。今すぐレーニアに帰るぞ」
いきなり声をかけられたトリスタンは面食らう。
「は? なんだよいきなり。書状には何て書いてあったんだよ?」
「レーニアに王都から王女様が来られているみたいだ。それでその王女様が俺に会いたいんだとよ」
これは100パーセントの確率で厄介事だ。それは間違いないんだが、嵐竜の事もある。そろそろ北方から引き揚げて王都に向かわなければならないと考えていたところだった。
別に渡りに船というわけではないが、王都に入り込むためにも、できれば王女を利用させて貰おうと思う。
《そうですね。シグルーンちゃんが封印されているのは恐らく王都の中心部だと思いますので》
《王女の協力が得られればいいんだけどな》
「はぁ? 王女様がなんでお前に?」
「理由までは書かれていない。とにかくレーニアに帰れってさ。ディアナとエレーナにも帰る準備をしろと伝えてくれ」
「お、おう。分かった」
トリスタンはそう言って部屋を出て行く。
「辺境伯にはすぐ戻ると伝えてくれ」
「は! 畏まりました」
伝令係も部屋を出ていった。
さて、凶と出るか吉と出るか、王女様の顔を拝んでやろうじゃないか。
《くれぐれも王女様にフラグを立てる様な事はしないでくださいねー》
《お前そればっかりだな……変に意識しちゃうからやめてくんないかな?》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は急ぎ荷物をまとめてレーニアへと帰還した。俺が不在の間の北方の指揮については、オスカーさん達と、風神の斧のオーランドさんに任せている。共にAランクの高名な冒険者。問題は無いだろう。
辺境伯の屋敷の門に差し掛かるが、門番は俺の顔を見ると一瞬驚いた表情を見せた後、黙って門を開ける。俺もう顔パスかよ。すっかり有名になったもんだ。
玄関まで歩いていくとそこで待ち構えていた執事に案内され、辺境伯の執務室に通された。
「フェイト帰還しました。入ります」
「ああ、ご苦労。良く戻ってきてくれた」
辺境伯、ハルベルトはいつものように低く通る声で俺を迎え入れる。
「えっと、書状を見たのですが……王女様は今どちらに?」
「今は客間にてお休み頂いている。もう暫くしてから応接室で話を聞く場を用意しようと思う」
「分かりました。ところで王女様から要件は聞かれてますか?」
「いや、まだ要件は伺えていない。何しろここレーニアは王都から馬車で2~3週間程の道程になる。その道程を王女自らやって来られたのだ。余程の事があるのだろうし、気軽には聞けんよ」
だよな。王都から辺境のレーニアまでわざわざ来るくらいだからな。
「なるほど。では直接本人から話を伺うしか無いですね」
「そうなるな。フェイトには迷惑をかけっぱなしで申し訳ないと思っているが、よろしく頼む。それと迷惑ついでにな。娘のレティシアも貰って__」
「あー、ちょっと待って下さい。それは何度もお断りしているはずですよ」
こいつ、このタイミングで娘を押し込んでくるとか、油断も隙もあったもんじゃないな。というか、迷惑ついでって言い切っちゃってるけど、これいいのか?
「なあフェイトよ、俺の娘のどこが不満なんだ?」
お前も迷惑って思ってんだろ? と喉まで出掛かったがなんとか堪えた。
「いえ、お嬢様に不満があるというわけではありません。ですが俺には既に心に決めた女性がおりますので」
「!? フェ、フェイト!」
ディアナの顔が一瞬で湯気が吹き出しそうなくらいに赤くなる。いや、ここではっきり言っておかないと、このおっさん引かないと思うし。それにこれは俺の本心でもある。今更隠しても仕方ない。
「む……そこの娘か。確か幼馴染だったな。……いや、それでも構わん。お前はもう貴族なのだから妻が二人や三人いても問題はない。だからあのじゃじゃ馬を貰ってくれないか? たのむ。この通りだ!」
この人は普段レティシアからどんな扱いを受けているのだろうか……。自分の娘をじゃじゃ馬ってそりゃないだろ。俺は返答に詰まってしまい、執務室が静寂に包まれる。く、空気が重い。しかし、次の瞬間、その静寂を打ち破った声は、俺でもハルベルトのものでもなかった。
「よーく分かりましたわ、お父様。私はこの家の厄介者なのですわね」
凛と澄んだよく通る声が、執務室に響き渡る。俺は声のした方を見ると、そこにはドアの前で腕を組み、ハルベルトに鋭い視線を向けている金髪ドリルが立っていた。
あー、これハルベルト死んだな。南無南無。
当のハルベルトは口をパクパクさせ、血の気の引いた顔で俺に助けを求める様な視線を送ってくる。いや、でもな。これは完全にお前が悪い。俺にはもうフォロー不可能だ。
俺は首を横に振り。もう諦めろ的な視線を送る。するとハルベルトはその場に崩れ落ちてしまった。おいおい、こいつ本当に辺境伯か? こんなので当主が務まるのか?
「久しぶりにディアナさんとお話ができると思って来てみたのですが、まったくお父様ときたら……ディアナさん、ごめんなさいね」
「ううん。私は別にいいよ」
二人はお互いの手を取り、久しぶりの再会を喜び合う。この二人はあの祝勝パーティの夜以来、異常なほど仲がいい。本当に何があったんだろうか? まあ、仲が悪いよりは良いんだけどね。
《響介さん。もしこの二人をお嫁さんにしたら、気疲れでハゲちゃうでしょうね》
《あのな。そんな恐ろしい事言うなよ。マジでなっちゃいそうだから》
というか、このままじゃ埒が明かん。
「えっと、もうそろそろ王女様の件、話を進めて欲しいんですけど……」
「お、おう。そうだったな。そろそろマイア王女を応接室にお通ししようと思う。フェイトよろしく頼むぞ」
俺の問いかけに、これ幸いと飛びつくハルベルト。レティシアの目が怖い。
「マイア王女が来ているのでしたわね。そのお話、私も参加してよろしいかしら?」
え? レティシアも参加するの?
「む……、そうだな。お前はマイア王女とは従兄弟の関係になるんだったな。でも、しかしだな……」
「よ・ろ・し・い・ですわよね?」
声にドスを効かせて凄むレティシア。うん、めっちゃ怖いぞ。
「あ、ああ。構わん、許す……」
あぁ、もうハルベルトタジタジだな。これじゃどっちが当主なのか分からないぞ。
それからレティシアとマイア王女は血縁関係があるんだったな。話がややこしくならなければ良いんだけど……。
俺達は一抹の不安を抱えながら、応接室に向い、王女を待つのであった。
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