十一話 トルカナの朝
フェイトとディアナがいい雰囲気になりますが……
夜が明けた。故郷トルカナで迎える久しぶりの朝だ。俺は眠い目をこすりながらテントから這い出る。魔力で生み出した水で顔を洗い、朝日に照らされた村の様子を眺める。そこにはやはり昨夜と同様、以前の懐かしい故郷の面影など一切ない、瓦礫の山が見えるだけだった。
「…………」
今日は以前トビーが魔物の群れに遭遇した街、リューゼに向かう予定だ。トビーは隣村であるこのトルカナに危険を知らせるためリューゼを離れた。だから命は助かったが、リューゼの住人、そしてリューゼを守るために戦った冒険者たちは恐らく、魔物の餌食になってしまった可能性が高い。
恐らくこのトルカナとは比べ物にならないくらいの凄惨な光景が待っていることだろう。
「トルカナも人的被害がなかっただけマシだったのかもな……」
俺はそう一言つぶやき、朝食の準備に取り掛かるのだった。
朝食は味噌汁……といきたいところなんだが、ダシのない味噌汁はさすがに無理だ。というわけで昨日のジャガイモと肉の残りと他の野菜を使ったポトフを作る。コンソメスープについては、事前に屋敷の方で野菜や鶏ガラを煮込んで作ったスープを固形化していた。本来なら乾燥させ固形化するのに相当な時間と労力が必要なのだろうが、俺の場合、魔力で水分をすべてさっと気化させてしまえばいいので楽ちんだ。
もっとも堕女神がアイテムボックスかなんかのチート能力を授けてくれれば、鍋ごと持ってこれるから、こんな事をしなくても済むんだけどなー。
《無能な女神で悪かったですね!》
《そうだよ、ちっとは仕事してくれよ》
もう一品はシンプルに目玉焼きだ。ただし味付けに醤油をかけている。俺はソース派ではなく醤油派だ。……ああ、でもやっぱりご飯が欲しいな。目玉焼き見ていると無性に卵がけご飯が食べたくなってくる。
コメはレーニアで探してみたんだが結局見つからなかった。麦飯でもいけるかなと思ったが、やっぱり日本人は白米だよな。アストレイアがこの世界でもコメはあるって言ってたので、絶対にいつか見つけ出してやる。
そんな事を考えていると、ポトフや目玉焼きの匂いに釣られたのか、ゴソゴソとディアナがテントから出てきた。あ、ちなみにテントは男女でちゃんと分かれましたよ? 今は任務中ですからね。そんな不謹慎な事はできません。
《二人っきりになっても襲わない、ヘタレの響介さんが何を言ってるんですかね?》
《だから、お前が見てる中できるわけねーだろ》
というか、転生して肉体的な年齢はディアナと同じなんだけど、中身の年齢は前世を加算して35+15歳だ。ディアナとは父娘くらいの差がある。下手したら孫だな。
もちろんディアナに対しては好意を持ってはいるが、どうしても娘みたいな感覚が前面に立ってしまい、なかなかそういった気にはなれない。なんか大事に育ててあげたいって感じ? 俺は前世で子供はいなかったが、これが親心ってやつだろうか。
うん。そうだな。ディアナは俺が育てた。
「おはようフェイト。いい匂いね。美味しそう」
「おはよう。まあそんなに手の込んだものじゃないんだけどな」
「ううん。野営でこんな美味しそうな食事が出るなんてまず無いよ。本当にフェイトが一緒で良かった」
そう言いながらディアナは俺の横に座り、俺の肩に自分の頭を預けてくる。
うおっ! いきなりそんなことやられるとドキッとするではないですか。なんかディアナめっちゃ近いし、いい匂いするし。というかこの女の子の匂いって何なんですかね? こっちにはシャンプーやリンスなんか無いのにな……、まさに生物学上の最大の謎、神秘とも言える。
俺がそんな感じに軽くパニクってると。
「トルカナ村がこんなになっちゃって悲しくなったけど、こうしているとなんか落ち着くな……」
ディアナがそんな事をつぶやく。
ああ、これは一種の吊り橋効果みたいなやつかな。家を壊されたその喪失感が不安となって今ディアナを襲っているのかもしれない。その不安の穴を埋められるのなら、この俺の肩なんかいくらでも貸してやろうと思う。
「ディアナさえ良ければいつでもいいぞ」
「うん。そうする…‥」
なんかすっごいいい雰囲気になってて、もう少しの間こうしていたい気はするんだけども……、既に俺は気付いているんだよな、【サーチ】があるからね。テントの中からこちらを覗き見している出歯亀野郎どもをな!
俺は魔力を練って指先に集め、極小の【エアプレッシャー】を作り、指弾の要領でそれを後ろ手で放つ。
その極小の【エアプレッシャー】は吸い込まれるようにテントの隙間に入っていき、見事にトリスタンの眉間に命中した。
「あだっ!」
トリスタンの悲鳴とともに、テントの中からバタバタと物音が聞こえた。そして他のテントもなんかもそもそ動いている。
事態に気付いたディアナはサッと俺から離れて、
「も、もしかして見られてた?」
「多分な……」
ディアナは顔を赤くし俯いてしまった。
俺は「はぁ……」とため息をつきながら立ち上がり、テントの方を向く。
「もう分かってるから、全員出てこいよ」
俺の言葉に、バツが悪そうな顔をしながらテントから出てくる面々。なんだよ、俺の周りはこんな奴らばかりかよ。
《はぁ、折角いい雰囲気だったのに、なに邪魔してくれてんですかこの人達は!》
《お前が一番の邪魔だっての!》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ディアナが落ち着いたところで、皆で朝食を食べる。
「というか、また俺のに何か仕込んでないだろうな?」
昨夜のことがあったので警戒するトリスタン。
「安心しろ、同じ手は何度も使わない」
「てことは違う手ならやるって事かよ……お前ほんといい性格してるよな」
トリスタンもだいぶ俺のことが分かってきたようだな。くっくっく。
「んー! 昨晩もそうだけどこのスープも絶品ね! ねぇディアナ。フェイト君をママにちょうだいよ」
「だ、だめよママ!」
「ふふ……冗談よ♡ ディアナったら、そんなに必死になって妬けちゃうわねぇ。でもフェイト君は貴族になっちゃったから、ディアナは準男爵夫人ね。なんだか信じられないわ」
「そ、そんな……夫人だなんて」
なんか、勝手に話が進んでるがいいのかなこれ。俺はちらりとオスカーさんを見るが、オスカーさんは全く動じる様子はなく黙々と食事を続けている。反対というわけではないみたいだ。だが、ここで空気を読まない子、エレーナが爆弾を落とす。
「じゃあ、ボクは第二夫人?」
「あらあら、フェイト君モテモテね。ディアナも油断しているとライバルがどんどん増えるよ」
「え? ラ、ライバル?」
エレーナはお金目当てなんだと思うけど、本心がどうなのか良く分からない。いくらお金が必要だとしても、嫌いな奴に嫁ぎたいとは思わないはずだ……と考えるのは俺の驕りか?
「ちょっと待て、エレーナ勝手なこと言うな」
「んー、仕方ない。夫人がだめなら愛人の方がいい?」
「いや、それはもっと良くないって……」
「フェイト君。君は男、しかも貴族なんだからちゃんと二人とも受け入れる甲斐性を見せないとね」
え? 親としてそれは良いの? またちらっとオスカーさんを見るが、先ほどと同様に黙々と食べている。相変わらず表情が読めない。
「はぁ……まあ、そういうことはもっと落ち着いてから考えます。今は遠征中。少なくとも朝食を食べながら決めることじゃないでしょう」
「それもそうね。じゃあ婚約発表の時は私達も呼んでねフェイト君」
「あ、はい。分かりました……」
終始フェリシアさんペースで話が進んだが、もう決定事項なんですかね? というかディアナもエレーナもそれいいのか? 前世の地球だと三角関係の泥沼、修羅場な展開になるところなんだろうけど、このプライアスは一夫多妻も珍しくないからこれが普通なんだろうか?
それよりも気になるのがディアナの将来の姿だよな。フェリシアさん似という事だから、将来ディアナは今のフェリシアさんみたいになってしまうのだろうか……。
俺もしかして、尻に敷かれる?
ブクマ、評価ありがとうございますm(_ _)m
感想も頂けるとすごく嬉しいです。誤字脱字のご指摘など、お気軽にどうぞよろしくお願いします。




