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四話 堕女神の個人魔法レッスン


「あー、そう言えばこの指輪の使い方、詳しく聞いてなかったな」


 俺は朝食を食べた後、一人つぶやいた。ちなみに今は自室のベッドの上だ。母さんには具合が悪いので少し休むと言っている。


 念話って言うからには強く念じると堕女神に届くのかな? 私の想いアストレイアに届けっ! みたいな感じで。……うわヤバイヤバイ、俺結構あいつに毒されてきてるな。たった一晩夢で話しただけなのに、堕女神の感染力恐るべし。


 ……さて気を取り直して。


《あーテステス。本日ハ晴天ナリ、本日ハ晴天ナリ》


 心の中で念じてみた。


《え? 今日は曇りですよ?》


 と、相変わらずズレた返事が頭の中に響く。これは耳から入ってきた声ではない。直接頭の中に入ってくる感じだ。そうか、これが念話か。


《お? 成功したか。念話届いたみたいだな》

《はい、バッチリです。あと響介さんの私への熱い想いも届きましたよ。ビビビッときました。ごちそうさまです》


 そして、ウザさも相変わらずのようだ。こいつ俺の思考が読めるのか? とんでもない指輪を付けられたもんだ。今後迂闊に変なこと考えられなくなってしまったな。


 しかし、この堕女神のボケにいちいち突っ込んでいたら話が進まん。スルーしてしまおう。


《昨晩の続きなんだけど、魔法の話が気になってるんだが、本当に俺にも魔法が使えるようになるのか? しかも邪神を出し抜けるほどの》

《むぅ……スルーするなんてひどいひどい、わーん》


《いちいちお前に構ってたら話が進まないんだって。邪神どうにかしないとお前もヤバイんだろ? 早くレクチャーしてくれよ》


 ホント頼むよアストレイア。


《あれ? 随分やる気になりましたねー。どうしたんですか? 何か心境の変化が? はっ! もしかして私への愛に気づいて、私のためにこの世界を救おうとか?》


 はっきり断言してやろう。それはない。何が悲しくてお前のためにあくせく働かなきゃならないんだよ。

 俺はあくまで自分のために行動する。


《……いや、さっさと面倒くさいこと終わらせたいだけだって。そもそも邪神が蔓延(はびこ)る世界を放ったらかしにするのはまずいじゃないか。よく考えたら俺もこの世界で生きている人間だ。思いっきり当事者だし》


《そういえばそうでしたねー》

《あのな? お前の方こそもっと当事者意識を持つべきだと思うぞ?》


 なんでこいつこんなに他人事なんだよ?

 あ、ダメだ。またヤツのペースにハマりかけてる。


《というわけで、魔法について続きをたのむ》

《分かりました。では改めまして、第一回女神アストレイア特別レッスンはじめまーす》


 ヤレヤレやっと始まったか……。


《ではまず出欠をとりまーす。では響介くん!》

《いいから早く始めろ!》


 始まる前からなんか疲れちまったよ……。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アストレイアの話によると、俺が魔法を使えないのは前世の記憶、つまり魔法がファンタジーであるという認識が邪魔をしているというのはその通りなんだそうだ。でも、俺がその対策として取った手段、中二全開でノリノリで呪文詠唱するってのは全く意味がないとのこと。


 ぐふ……また微妙に精神ダメージが蓄積する……。もうアレは記憶の彼方に封印しよう。


 それはさておき、俺が魔法を使うにあたって重要なのは魔力、魔素の存在をきちんと知覚、認識することらしい。この世界に生まれた人間は魔法、魔力を当たり前のことと思っているので、魔力の存在を再認識する必要がないらしい。なるほどなー。


 で、俺に与えられた課題は魔力の操作だ。周辺から魔素を取り込み、体の中心……みぞおちのあたりでコネコネと練り上げるイメージをする。あ、ちなみに魔素とは魔力の源となる目には見えない粒子みたいなもので、地球にはほとんど存在しないが、プライアスではかなりの濃い濃度で漂っているらしい。だから、地球では科学が発展して、プライアスでは魔法が発展したのだそうだ。ミノ◯スキー粒子みたいなものか?


《む、むむ……ぐぬーってこんなものか?》

《うん、そうですそうです。まだ荒いですけど、魔力が集まってきてますね。何か感じませんか?》


《ああ、なんかお腹のあたりで温かいふわふわしたものがあるような気がする》

《それが魔力ですよー。ではそのふわふわしたものが右手に移動するようなイメージをしてみてください》


《む……こ、こうか? って、うわ……なんか気持ちわりーな》

《慣れるまではちょっと違和感があるかもしれませんね》


 お腹に集まった魔力……のようなものを右手に移動させるようなイメージをすると、なんかほのかに右手が光っているような気がする。ただ、魔力を移動させる際に、なんかズズズって体の中を異物が通っているような違和感があって、気持ち悪いことこの上ない。


《お? お? なんか右手がちょっと光っているような気がするんだけど、これって大丈夫?》

《え? マジですか? 光るほどの魔力って……響介さんもしかしたらかなり素質が高いのかも……》


 ん? 俺って素質高いの? それは良いんだけどこれは……。


《ちょ、ちょっと、これヤバイんじゃね? なんかゴッ◯フィンガーみたいな感じになってるよ?》


 じょじょに輝きを増す俺の手のひら。これって一体どうなっちゃうの?


《こ、これは。響介さん! 家の中だとちょっとヤバイかもです。早く外に出て人気(ひとけ)のない所に移動してください!》

《げ! ちょっと待て、今すぐ出る!》


 俺は慌てて部屋を飛び出し。玄関に向かって走った。


「母さんちょっと出かけてくる!」

「あ、あれ? フェイト?」


 母さんが玄関を見た時には、既に俺は外に飛び出しており、半開きになった扉がキィキィと音を立てているだけだった。


「……もう具合は良いのかしら?」



 玄関を飛び出したあと、俺は全力で走り、村からちょっと離れたところにある草原にきた。息が切れそうだ……


「ハァハァ、ゼエゼエ……誰も居ないところに来たぞ。ゲホゲホ……どうしたら……いいんだ?」


 俺の右手の光は眩しいくらいに輝きを増していた。ちょっと赤みがさしている。勝利を掴めと轟き叫びそうな勢いだ。


《とりあえず頭の中で炎の槍を作り出すイメージをしてみてください》

《こ、こうか?》


 炎の槍をイメージすると中空に真っ赤に輝く投げやりの競技に使うような槍が出現した。めっちゃ熱いし眩しい。


《おおお……なんか出た、なんか出た》

《ではそれをあそこにある岩の塊にぶつけてみましょー》

《お、おう、そりゃ!》


 俺は槍を投げるイメージで右手を振ると、炎の槍はとんでもないスピードで岩の塊に飛んでいき、岩のど真ん中に突き刺さった。岩は槍が突き刺さったところから赤熱し膨らんでいき、轟音を響かせながら爆発。粉々に砕け散った。岩まで200メートル位の距離があったのにものすごい爆風が襲ってくる。熱いし、地面も震えてビリビリくる。


 俺はその爆風に歯を食いしばって耐え、叫んだ。


「ヒイイイト!エンドッ!」


 あ、やべ……。思わず叫んじゃったよ。


《…………》


 さすがの堕女神も若干引いちゃってるしなぁ……。それにしてもかなりの威力だったな。岩も完全に消えちゃったし、直径10メートルくらいのクレーターができている。


 俺は羞恥に顔を赤くしながらも「ゴホン」とひとつ咳払いをして。


《ええっと……、これが魔法?》

《そうですねー。おめでとうございます。魔法あっさり使えちゃいましたね。それにしても初めての魔法が中級の【フレイムランス】とは恐れ入りました》


《え? あれ【フレイムランス】なの? それにしては詠唱も魔法陣も出なかったけど?》

《はい、たしかに中級以上の魔法では詠唱と魔法陣を描く事が必須と言われてますけど、あくまでそれはこのプライアスに住む人の常識ってだけなんですよー》


 ふむ、なるほど。


《別に必要ないと?》

《はい、そうです。さっき説明したみたいに魔素を取り込み、魔力を操作して魔法を放つことができれば詠唱も魔法陣も必要ないんです》


《ふーん、そうなのか》


 さらにアストレイアは説明を続ける。


《詠唱は魔力操作が苦手な人用に編み出されたもので、何も考えなくても呪文さえ唱えれば魔力を集中できるってシロモノです。で、魔法陣は魔素を集めるための補助装置みたいなものですねー。魔力操作が出来ればこんなもの本来は必要ないんです》


《つまり……詠唱と魔法陣って最初は補助的なものとして開発されたけど、それがいつの間にか一般化して、いつしか魔法を使うのに必須のモノと勘違いされ……常識となってしまったということか?》

《その通りです! さっすが響介さん!》


 ちなみに魔法陣は魔法使用者の足元に出現する。確かに言われてみれば魔素を集めているようにも見えなくもないな。でもあれはあれでかっこいいんだけどな。なんかTHE魔法って感じで。


《補助輪つけた自転車に慣れちゃって、補助輪なしでは走れなくなっちゃったって感じですねー》

《なるほど、分かりやすいぞ》


 でも、ここまでなら邪神側も知ってるって話だったよな……。


《響介さん、ご安心を。ここまでは魔法の基礎中の基礎だったわけなのですが……お待たせしました! ここから先が私の魔法理論の真髄となりまーす》

《おお! 待ってました! どんどん来なさい》


《さー、ガンガンいきますよ~って、いきたいところなんですが、大丈夫ですか?》

《ん? なにが?》


《もうそろそろ先程の爆音を聞いて、村の人がこちらに来ちゃうと思うんですけどねー》

《あ、そうか……この状況……うまく説明できる自信ないぞ?》


 草原の真ん中に巨大なクレーター。一体何が起きたと説明すればいいのか……。


《さっさと移動して隠れましょー》


 そうと決まればダッシュだ。俺は走って茂みの中に隠れた。村人たちがやってきたのはその数分後、ちょっと危なかった。


 それからはまあ、あの爆発は魔物の仕業だとか、魔族だ、魔王が降臨したとか大騒ぎになったが、原因が不明なので結論が出ない。とりあえず、しばらくはあの草原への立ち入りを禁止しようって事で落ち着いた。


 幸い俺は疑われることは無かった。母さんはなんか怪しんでたけどね。


 一方アストレイアは……


(うーん。響介さんの魂は魔力が高そうだとは思ってたのですが、これははっきり言って異常ですね。私の加護は全く働いていないのに……おかしいです。でもまあいっか。強いに越したことはないですし、さっさと邪神を倒してもらえれば、私もまた元の自堕落ライフに戻れるわけですしね)


 と、「いい拾い物をした」みたいな感じで、黒い笑みを浮かべていた。



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