八話 メイドさんを雇おう
「うわぁ……なんかめっちゃ疲れた」
俺はアリスンさんが帰った後、客間を出て皆の待つリビングに帰ってきた。皆は帰ってきた俺の疲れきった表情を見て何があったのかと訝しげな表情を見せる。
「おいおい……何があったんだ?」
「フェイト、誰が来てたの?」
「んっとな。来てたのはアリスンさんなんだけど、なんか色々あって疲れた」
俺の口から『アリスンさん』という単語が出てきた直後、皆の口から『あー……』と、なんか『納得いきました』みたいな感じの声が漏れた。
一体アリスンさんは皆からどう思われているんだろうか。
「……それはともかく、内容は皆のランクアップの知らせと、新たな指名依頼の件だったな」
「ランクアップって俺達の?」
「ああ、皆1ランクアップだ」
それを聞いたトリスタンはソファーから立ち上がり、拳を突き上げる。
「よっしゃぁ! これで俺もBランク冒険者だぜ!」
「私もBランクになって良いのかな?」
ディアナは相変わらずだな。もうちょっと自信持とうよ。
「ディアナはグリフォンを倒したんだろ? Bランクでも低いくらいだと思うぞ」
「でも、私もフェイトと比べるとまだまだだし……一緒に戦えるくらい強くならないと」
「んー、ディアナも伸びしろあると思うから、もっと魔力のうまい使い方教えてやるよ」
「ほんと? フェイトありがとう」
俺の腕を取りながら、満面の笑みを浮かべるディアナ。オジサンそういうのあまり耐性ないんでやめて頂きたい。
するとその様子を半眼でじっと睨んでくる奴がいる。トリスタンだ。分かってるよ。こんなところで雰囲気作るな。いちゃつくなって言いたいんだろ? と言ってもな、ディアナはあの日以来、結構積極的になってきたんだよな。どうも、そっちの方については妙な自信を付けさせてしまったみたいだ……、まだあの爆弾抱えたままなんだけどな……。
《ディアナちゃんを泣かせたら私が許しませんからね》
《その前に俺が泣きそうなんだけど》
そう言えば堕女神のやつ、フラグの加護がどうとか言ってたな。それが本当ならこれから女性関係ではかなり神経を使う事になりそうなんだけど……あぁ、鬱になりそうだ。
俺が一人で頭を抱えていると。エレーナが袖をクイクイしてくる。
「フェイト、指名依頼の話は? 成功報酬は?」
こいつは相変わらず金の事ばかりだな。あまり悩みとかなさそうで正直羨ましい。
「ああ、指名依頼の内容は北方の地域の調査と、可能であれば魔物からの開放だな。報酬は詳細を聞かないと分からないが、依頼主が辺境伯なので期待はできると思う」
「分かった。ボク頑張る」
俺の説明を聞いたエレーナは目を輝かせてそう言った。
ま、何事も頑張ることは良いことだよね?
俺も屋敷の維持費とロイドさんたちに払う給金のために、お金はあるに越したことはないし。
「私もトルカナ村がどうなっているのか気になるわ」
「まあ、確かに気になるな。オスカーさんとフェリシアさんとも一緒に行くか?」
魔物の群れに飲まれて無事に残っているとは思わないが、俺たちの生まれ故郷だ。確認しないわけにはいかないだろう。
「うん。そうだね。パパとママも気になってると思う」
「分かった。後で声をかけておこう」
「私が話してくる」
そう言ってディアナは両親の部屋がある二階へと上がって行った。オスカーさんとフェリシアさんは戦えるから同行して問題ないと思うが、母さんはどうしようか。どんな魔物がいるのか分からないし、できればこの屋敷で留守番してくれると助かるのだが……。後で相談してみようか。
「あの、ご主人様。ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? サラ、どうした?」
俺が母さんをどうしようかと考えていると、この屋敷のメイド長(と言ってもメイドは一人しかいないんだが)のサラから声をかけられた。
「はい、この屋敷も急に人が増えてしまいまして、申し訳ありませんが私一人では対応しきれなくなってしまいました。可能であれば人員の補充をお願いしたいのですが……ご検討をお願い致します」
「そうだな。俺も人手が足りなくなるだろうと思っていたところだった。アテも無いわけではないから、人員補充については前向きに検討しよう」
さすがにこの広い屋敷を一人では無理だよな。
「あ、ありがとうございます。ご主人様」
サラは俺に一礼してリビングを出て行った。あ、でもあれだな。孤児院の孤児をメイド見習いにと思っていたが、メイドの教育のために余計にサラさんに負担をかけたりしないだろうか……。ちょっと心配になってきた。この世界にはメイドの派遣サービスって無いのかな? 誰かに聞いてみよう。
でも、とりあえずは孤児院を当たってみるか。
「なあ、エレーナ。孤児院の子をメイド見習いとして雇いたいんで、マーシャさんに相談しに行こうと思うんだが、一緒に来てくれるか?」
「孤児たちをメイド? 分かった。ついていく」
「孤児院ってエレーナが昔いたところか? 俺も行っていい?」
そういえば、トリスタンは行ったことなかったか。
「まあ、別にいいけど。ディアナが戻ってきたら皆で行くか」
というわけで、俺達はディアナを待って孤児院へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここがエレーナが居た孤児院か。でも、それにしてはすげーきれいだよな。新築みたいなんだが……」
孤児院の外壁はシミや汚れ一つなく、神々しいまでの輝きを放っていた。まあ、俺が魔法使ってちゃちゃっと修復したからな。……でも、ちょっとやりすぎたかもしれん。ここはスラム街に近いので完全に孤児院だけが浮いて見える。次はもうちょい自重しよう。
「そんなことはどうでもいい。早く入る」
「お、おう。分かった」
エレーナに急かされ、再び孤児院に向かって歩きだすトリスタン。孤児院の庭が見えてくると、そこには孤児達が元気いっぱいに遊んでいる姿があった。
「あ! あの時の兄ちゃんだ!」
「エレーナ姉もいる!」
俺達はあっという間に子供達に取り囲まれてしまった。
「なあ兄ちゃん。またあの魔法見せてよ」
「兄ちゃんソフィ姉とはいつ結婚するんだ?」
またあのマセガキがいやがる。テメーはそれしか無いのか? 一方でエレーナは。
「エレーナ姉。玉の輿うまくいった?」
「ん」
との女の子達の問いに、サムズアップで応えていた。いや、うまくいったも何もねーだろ。女の子達はエレーナの反応を見てキャーキャー言ってる。
すると、この騒ぎに気づいて孤児院からマーシャさんとソフィさんが出てくるのが見えた。
「フェイトさ……、いえエミリウス準男爵様、お久しぶりです」
そのマーシャさんは畏まった態度で丁寧に挨拶をしてきた。
「いえ、マーシャさん。以前と同じように対応して頂けませんか? そう畏まられると、俺としても困ってしまいます」
また変な噂が立つかもしれないし……。
「いえ……、しかし……貴族様にそのような……」
「マーシャ、ボクからもお願いする。フェイトは堅苦しいの嫌いだから」
「私も硬いのは嫌だな」
「そうそう、フェイトに敬語は要らないって」
いや、トリスタン。お前はもうちょっと俺を敬えよ。不敬罪適用するぞ?
「皆さんがそこまで仰られるなら……」
「俺は全然気にしないから、ソフィさんもこれまで通りでお願いするよ」
「フェイトさん。ではこれからもよろしくお願いします」
「……とりあえず。ちょっとお話があるんで中に入れてもらえると助かるなーと」
「あ、そうでしたね。失礼しました。こちらにどうぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達はこの間と同じ、孤児院の食堂のテーブルについている。
「メイド見習いですか……」
「はい、叙爵して屋敷を貰ったのは良いんですが、メイドがまだ一人しかいなくて、全然人手が足りていないんですよ」
俺は今の状況をかいつまんで説明した。
「なるほど……分かりました。確かにこの孤児院にいる子供達も将来的にはここを出て、自立しなければなりません。それを考えると大変ありがたい申し出かもしれませんね」
「もちろん仕事に見合った給金は出しますので安心してください」
「いえ、フェイトさんにはお世話になりっぱなしなのに、そこまでしていただくには……」
ソフィさんが慌ててそんなことを言ってきたが……。
「きちんと働いて、きちんと対価を得る事が重要だと思いますよソフィさん。それにタダ働きでは責任が発生しないので、どうしても仕事がいい加減になると思います。でも、これではきちんとした社会勉強にならないじゃないですか。子供達のためにもならないと思います」
いかん。ついオッサン臭い正論を言ってしまった。
「!? 確かにその通りですね……」
「フェイトさんはお若いのにしっかり考えられてますね」
すみません。中身35歳のオッサンですから。
「というわけで誰か紹介頂けないでしょうか?」
「そうですね。ケイティとアイリスなら大丈夫だと思います。ちょっと呼んできますね」
マーシャさんがそう言って連れてきたのは、先程外でエレーナの周りでキャーキャー言ってた11~12歳くらいの女の子二人だった。
「マーシャさん、私達メイドさんになるの?」
「そうよ。この方があなた達のご主人となるフェイトさんよ」
ソフィさんに紹介され、ケイティとアイリスの二人が俺の方を見る。ケイティは金髪ツインテールの活発そうな女の子。アイリスの方は青いショート髪のちょっと大人しそうな感じの子で、メイド服が似合いそうだ。
「あ! お兄さんはエレーナ姉の玉の輿の人!」
「私もエレーナ姉と同じ? 玉の輿なの?」
俺を見た二人の第一声がこれである。エレーナお前なに教えてんだよ。
「エレーナは玉の輿とかそんなんじゃないんだけど、まあとりあえずこれからよろしく。うちにはメイド長のサラさんがいるから、その人から色々と教えてもらってくれ」
「「うん、分かった」」
ひとまずはこれで様子を見るかな。サラさんの負担がかえって増えるようならまた別の手を考えないと……。
「…………」
「ソフィ、どうしたの?」
「え? ちょっとね。二人だけで大丈夫かなと思って。フェイトさんに迷惑かけないかなと」
エレーナとソフィさんが何やら話している。
「それならソフィも来たらいい。フェイトは来るものは拒まない」
いや、俺は拒む時は拒むぞ。勝手なことを言うなエレーナ。
「えっ! でも。迷惑じゃない? それに孤児院のこともあるし……」
「孤児院の事は大丈夫よソフィ。フェイトさんのおかげで余裕ができたから。それにソフィは小さい頃から孤児院で育ってきたから外の事について何も知らないでしょう? いい機会だから少しの間お邪魔してはどうかしら? もちろんフェイトさんさえ良ければだけど……」
マーシャさんの言葉を聞いてソフィさんの顔が明るくなる。ソフィさんも自分でシスターになると決めたとはいえ、孤児院の中だけの生活にいろいろ思うことがあったのだろう。どことなくエレーナのことを羨ましそうに見ている節があったからな。
マーシャさんはその辺の心情を察してあげたのかもしれない。ソフィの育ての親だけあって、よく見ている。
「俺は別に構わない。というか、むしろ助かるかも。この二人が一通り仕事をこなせるようになるまで、うちのメイド長に負担がかかるとマズイと思ってたとこだったし」
俺はそう言ってソフィさんに視線を向ける。ソフィさんはハッとして、頭を下げた。
「そ、それでは是非! よろしくお願いします」
《まさか、自らフラグを立てに行くとは……響介さんもやりますね》
え? ちょっと待て、こんな事でフラグ立つわけ……ないよね?
ソフィのフラグはさておき、案の定フェイトが孤児院から幼女を拐ったという噂がレーニア中に広がっていくのであった。
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