三話 レーニアの英雄
「追い出されたのはトリスタンのせい」
「なんで俺なんだよ!」
俺らは今、辺境伯が用意してくれた馬車に揺られて、パーティ会場である辺境伯の屋敷に向かっている。まあ、服飾店は追い出されてしまったものの、最後に試着したドレスは買うことができたので、なんとか格好はついた形だ。
「フェイト、どうかな? このドレス似合ってるかな?」
「ああ、ディアナにぴったりだと思う。でもいいのか? 俺が選んだやつで」
俺がそう言うとディアナは頬を染め、若干上目遣いでこう答える。
「その、フェイトがいいのならそれでいい」
うーむ、ドレス効果も手伝ってこれはヤバイな。可愛すぎんぞディアナさん。
「……あのな、お二人さん。馬車の中で変な空気を作らないで欲しいんだけどな」
トリスタンが悪態をついてくる。女心が分からんやつは黙ってろ。
「あらあら、二人は本当に仲がいいのね。ディアナちゃん、もう何時でもうちに来ていいのよ?」
今日のパーティの主賓は俺なので、母さんも招待されている。ちなみに母さんは背中がバックリ開けた青いドレスに身を包んでいるのだが、俺はこんなドレスを今まで見たことない。一体どこに持っていたんだろうか。相変わらず謎が多い人だ。
まあ、俺たち以外に招待されたのは母さんだけなので、この間みたいな狂宴にはならないだろう。あれはもう二度と御免だな。
「え? ……レナおばさん。うちに来てなんて……」
とたんに真っ赤になるディアナ。
「あら、おばさんだなんて他人行儀ねディアナちゃん。お義母さんって呼んでいいのよ?」
「!? え……その……お、お義母さん?」
「はい、なあに? ディアナちゃん。こんな可愛い娘ができて母さん嬉しいわ」
「…………」
俺を置いて勝手に盛り上がる二人……。するとそれをジーっと見ていたエレーナがシュタッと手を上げる。
「お義母さん。ボクのこともお願いします!」
「あらあら、フェイトったらこんな可愛い子まで。いいわ、まとめて面倒見てあげる。うちは来る者は拒まずなのよ」
おい、ちっとは拒めよ! と心の中でツッコミながら俺は馬車が早く屋敷に着くことを願うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やっと屋敷に着いた。馬車に乗っていただけなのにめっちゃ疲れた。女性陣三人はキャッキャウフフな感じなのだが、俺とトリスタンはぐったりである。
「お前、なんかいろいろと大変そうだな。同情するぜ」
「ああ、そうだなトリスタン、お前が羨ましいぞ」
門をくぐると、玄関の前で待っていた執事っぽい人にパーティの会場まで案内された。すでに、パーティは始まっており、主賓の俺は後から登場する手はずになっていたようだ。
俺以外が先に会場に入り、俺一人が裏に残されいる。紹介されたら出てこいとハルベルトから言われているのだ。
「さて諸君、ここで今宵の宴の主役、レーニアを救ってくれた英雄フェイトが入場する。拍手で迎えてやってくれ」
ノイマン辺境伯、ハルベルトが会場に集まった来賓の前でそう宣言し、会場が静寂に包まれる。あ、これはなにか挨拶しないとダメな流れなのかな? 全然聞いてないんだけど……とりあえず適当に済ませてやるか。
俺は拍手の雨を浴びながらパーティ会場に入り、ハルベルトの隣まで歩いていった。パーティー会場を見回すと、小奇麗な礼服やドレスで着飾った人たちが100人程いる。この人達は全員が貴族かそれに連なる一族なのだろうか?
……というか俺もこの中の一員に加わることになるんだよな……でもあまり歓迎されているような感じではない。
値踏みするような目で俺を睨む者。下卑た目で見下す者。大半の者が平民が英雄として祭り上げられることを快く思っていない様に見える。
こんな中で俺に挨拶させるのか? 辺境伯も人が悪いよな。
「よく来てくれたフェイト。皆も既に知っていると思うが、先日魔族の王ケルソが3万以上もの魔物の大群を率いて、ここレーニアを襲った。だが、ここにいるフェイトが3万の大群をその強大な魔法で蹴散らし、魔族の王ケルソも打ち倒し、さらには突如現れたレッドドラゴンすらも退けた」
ハルベルトはここで一旦演説を区切り、参加者全員を見回した後、一呼吸置いて演説を再開した。
「もし、フェイトがこのレーニアに居なければ、我々は今こうして歓談することは叶わなかっただろう。フェイトは我々の命の恩人、延いてはレーニア全住人の恩人である。まさにレーニアの英雄と呼ぶにふさわしい人物といえるだろう」
ハルベルトが一瞬俺の方を見る。
「よって私は彼の功績に報いるために、彼に準男爵の爵位を授け、我ら貴族の末席に名を連ねて貰おうと思う。皆の者、私の決定に異論はないな?」
辺境伯は伯爵以上の権力と発言力がある上位の貴族だ。おまけにハルベルトは善政を敷いているため領地の経済も発展しており、住民の支持も高い。こんなハルベルトに意見できる者などここには居ないだろう。
「異論がないならば決定だな。ではフェイトよ、そなたに準男爵の爵位、エミリウスの家名を授ける。今後も我がエレクトラ王国のために誠心誠意仕える様に」
「は、確かにこのフェイト=エミリウス受け賜りました」
ちなみに家名については王国内での家名、爵位の数には限りがあり、空いたものを割り当てるようになっているそうだ。
「うむ。ではフェイト準男爵よ。皆に挨拶を頼む」
う……来ましたか。気が乗らないな。
「先程ノイマン辺境伯より紹介に与ったフェイト=エミリウスだ。本日より貴族の末席に名を連ねることになる。若輩者だがよろしく頼む。また、過分な事に先の戦いより英雄と呼ばれているが、命をかけて魔物の群れと戦った事に関しては自分もこの都市を守る一般の兵も変わりはないと思う。そういう意味では皆が英雄だ。あまり特別視をしないでもらえると助かる」
うう……、こんなもんでいいかな?
「うむ。ご苦労、エミリウス準男爵。皆もこの後も祝宴を楽しんでくれ」
ノイマン辺境伯のこの一言で、会場が歓談モードにもどる。
俺の仕事もこれで終わりかと思ったら、貴族の当主と思しき人物が順番に俺の元を訪れ挨拶をし、酒を注いでいく……。というかとてもじゃないけど全員覚えきれないんですが? まあ、どうせこの貴族の人達も一応体面だけは友好的に取り繕っておこう程度で近づいて来ている人たちだろうからな。無理して覚える必要もないか。
「フェイトおつかれ。大丈夫?」
全員の挨拶が終わり、ぐったりしている俺にディアナが話しかけてきた。うう……ディアナかわいい、癒されるぅぅ。
演説中とかにちょっと遠目でディアナの様子は見ていたんだが、貴族の子息っぽいやつが何人も声をかけているのが見えた。
まあ、今のディアナはドレスがキマっていて、そこら近所の貴族令嬢も裸足で逃げ出すほどの美貌を放っているからな。ちなみに声をかけたやつの顔は覚えた。俺のディアナに手を出そうとするとはふてえ野郎だ。
後で覚えていろよ。
「んー、あんまり大丈夫じゃない。ちょっと外の空気を吸いたいんだが、ディアナも付き合ってくれないか?」
「え? うん。いいよ」
ディアナを一人にするのは危険だ。そう考えた俺はディアナと共に会場外のバルコニーに移動した。移動する途中何人かの恨めしそうな視線は感じたけどな。ふふーん。
外は既に暗くなり、空に月が浮かんでいる。月は地球とほとんど同じだだ。まあ、ここはアストレイアが作った世界ということだから、環境などは地球をまんまコピーしているのかもしれない。そういえば一日も24時間だな。長さや重さの単位もそのままだ。
「フェイトが貴族って言ってた時は冗談かと思ってたけど、本当だったんだね」
「まーな。でもほとんど貴族らしい仕事はしなくていいって言ってたから、形だけの貴族になるんだと思う。ハルベルトのやつは、なんとか俺を手元に置いておきたいと考えているんだろう」
国難を救った英雄を寄り子として抱えていれば、それだけ辺境伯として泊が付くからな。
「それだけフェイトが必要とされているって事だよ。はぁ、フェイトの隣に立てるようにと思って頑張ってたけど、なんかどんどん遠くに行っちゃってる気がするな」
はぁ……とため息を吐きながら俺の肩に頭を預けてくるディアナ。
ん? これなんかいい雰囲気になってませんかね。
「それは別に気にする必要はないよ。俺の隣はディアナしかいないと思ってるし」
「え? フェイト、それって・・・」
ディアナが潤んだ瞳で俺を見つめる。
おお、これはこのままキスまでいっちゃっていい流れですかね? いつも邪魔してくる出歯亀堕女神もいないことだし。いきますよ。俺いっちゃうよ?
「あのですね……」
ん? ダレ? ディアナの声じゃないぞ。
「このノイマン辺境伯の娘レティシアを無視して、目の前でイチャつくとはいい度胸ですわね」
え、あれ? 先客いたー!? 全然気づかなかったぞって今、辺境伯の娘って言った?
「!?」
ディアナも羞恥に顔を真赤にしながら驚く。そういや居たな辺境伯の娘。完全に忘れてたわ。まさかこんなバルコニーに居るとは思わなかったけど。
どうなるんすかねこれ。
「ですわ」口調に挑戦しますが、中途半端な感じになるかもしれません…




