二十二話 炎竜
一章クライマックス、ちょい長めです。
ケルソが命がけで召喚したモノ、それは……。
《あれは、リディルちゃん!》
「え? りでぃる? ちゃん?」
俺は思わず念話を忘れて素っ頓狂な声を上げてしまった。アストレイアがリディルと呼んだそれは、赤い鱗を全身にまとった体長10メートルはある巨大なドラゴンだった。
……とてもリディルなんて呼べるようなかわいいツラしてないんだけど?
《どういうことだ? アストレイア。こいつを知っているのか?》
《この子は私の眷族です》
予想外の回答に思わず面食らう。
《え? なんでお前の眷族が邪神側にいるんだ?》
《それはですね……》
アストレイアの話によると、この世界プライアスには五体のドラゴンがいるらしい。そのドラゴン達はアストレイアがこの世界を創造した時に誕生させた眷族であり、それぞれが地脈を守護しこの世界を支えていたそうだ。
で、その地脈こそがこの世界を管理する神の力の源となるわけなんだが、アストレイアはその五体のドラゴンをすべて邪神に奪われてしまった。故に、アストレイアはこちらの世界へ干渉する能力と神通力を失う事になった。
ちなみにリディルとはアストレイアが炎竜を誕生させた時に付けた名前で、こっちの世界の人々からは一般にレッドドラゴンと呼ばれている。
《つまり、その五体のドラゴンを邪神の手から取り戻せばお前の力は元に戻るのか?》
《そういうことになります》
大体状況は分かったが。
《でも、取り戻すって具体的にどうするんだ?》
《それは……リディルちゃんを倒してください》
《え? いいのか? 殺しちゃうとまずいんじゃない?》
《大丈夫です。この世界のドラゴンは不死の存在ですので、倒して消滅しても地脈の力で復活します。その時に私はリディルちゃんの意識に介入して再び私の眷族に引き戻そうと思います》
一旦リセットするということかな。
《なるほど、了解。じゃあ、全力で行くけどいいか?》
《はい、思いっきりやっちゃってください。一旦倒して邪神の邪気を祓う必要がありますので》
そういうことなら手加減無しでやっちゃうよ。あ、ちなみにさっきの俺とアストレイアとのやり取りは【マインドアップ】で思考を加速させた状態でやってたので、実際にはそれほど時間は経過していない。
決してドラゴンが空気を読んで、俺達を律儀に待ってくれていたわけではない。
「グオオオォォォォォン!!!」
レッドドラゴンが翼を広げ咆哮をあげる。さすがにあの巨体だけあってうるさい、腹にビリビリくる。
「う、うわぁぁぁ! レッドドラゴンだぁ! にげろぉ!」
城壁の上にいた兵士たちが叫び声を上げてうろたえている。まあ、アレを目の前にしたら無理もないな。
さて、どうやって戦おうか、と考えているとドラゴンは大きく息を吸い始めた。ヤバイ、これはブレスの予備動作か? このレーニアを背にしている状況でブレスを吐かれると非常にまずい。俺はとっさに魔力でドラゴンの頭の回りの空気をゼロにし、真空状態にした。
「!?」
直接魔力を相手に作用させる魔法はレジストされるかもしれないが、周りの空気には干渉できる。急に吸い込む空気がなくなってしまったドラゴンは驚き、苦しげな表情を見せる。当然ブレスは中断される。
「悪いけどお前の攻撃ターンはもう無いから、【アブソリュートゼロ】」
俺はオリジナル魔法の【アブソリュートゼロ】を発動する。これは物質の熱振動、つまり原子の振動を魔力で強制的に止めて、物質の温度を絶対零度であるマイナス273.15℃付近まで下げる魔法だ。
それをドラゴンの周辺一体、特に上空にかけた。絶対零度まで温度を下げられた空気中の窒素と酸素は即座に液化しドラゴンに降り注いでいく。
「炎竜だから冷気には弱いだろう」
予想通りあっという間にドラゴンは凍りつき、巨大な氷のオブジェにその姿を変えてしまった。
「さてっと、仕上げにこれをくらえ、【ブリューナク】!」
俺はとどめにブリューナクを放つ。レッドドラゴンは光の軌跡に貫かれ、あっさりとバラバラに砕け散ってしまう。
《ひえー、まさかリディルちゃんまで瞬殺できるとは思いませんでした》
《え? あれでよかった? もしかしてやり過ぎた?》
《先程も言いましたが、ドラゴンは不死の存在です。大丈夫ですよ》
《そうか。じゃあここから先はお前の仕事って事になるな。後は任せるぞ》
《はい、任されました。リディルちゃんは絶対助けます》
リディルの意識(?)とやらに行ったのか、アストレイアからの念話はそれっきり来なくなった。うまくいけば良いんだけど。
はぁ、まだ城壁内の雑魚が残っているかも知れないが、一応これでレーニアの危機は去ったってことかな。それと、堕女神の願いの五分の一はこれで達成できたかもしれないというわけだ。一歩前進だな。
……でもなんか堕女神の思惑通りに動いているってのも、なんか癪な気はするが……俺は一体この世界で何がやりたかったんだっけ? 俺の日常を脅かす邪神を倒し、ドラゴンを開放する。これはまあ、女神とも利害が一致するしやっても良いとは思っているが、それが終わった後は俺どうしようか。
先の事をあれこれ考えても仕方がないか。とりあえず当面の目標がはっきりしたのは良かったのかもしれない。とりあえずはそれを一つずつクリアしていくことにしよう。
はぁ……それにしても今日はいろいろあって疲れたな。
「……とりあえず帰るか」
俺はそうつぶやき、城壁の上を見ると。
「ん? あれはディアナ達か?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
-ディアナ視点-
時間はレッドドラゴンが出現する前に遡る。ここはレーニアの城壁内。
「東門からマンティコアが数体来た。迎撃するぞ」
レイモンドの掛け声に冒険者たちが東門に走る。ちなみにマンティコアとは、人面に獅子の胴体、コウモリの翼を持ち、尻尾がサソリの有名な合成生物。ランクはB、レイモンド達なら大丈夫だと思う。
「侵入する魔物の数はだいぶ減ってきたな。とりあえず俺たちは持ち場を死守するぞ」
と、私たちに指示をするトリスタン。
「うん。フェイトが頑張ってくれているんだと思う」
「なんかすごい数の雷が落ちたり、轟音が鳴ってたりしてたけど外は一体どうなってんだ?」
「ん。分からない。でもフェイトなら大丈夫」
私とトリスタン、エレーナの三人で与えられた持ち場で待機して侵入してきた魔物達を倒している。と、そこに兵士が私達の方に走ってきて叫んできた。
「北の方にグリフォンが現れた! すまんが誰か応援に来てくれないか。俺たちでは押さえられない」
グリフォンは鷲の頭と翼、獅子の下半身を持つAランクの魔物、ネバダ村で苦戦したオークキングと同列だ。確かに並の兵士では相手にならないと思う。
「分かった。俺達が行く。ディアナとエレーナもいいな?」
トリスタンの言葉に、私とエレーナは黙って頷く。しかし、その兵士は、
「は? 何だお前たちは、まだガキじゃないか。グリフォンはお前たち子供が敵う相手ではないぞ、さっさと避難しろ」
と、私達の背格好を見て落胆し、非難の言葉を投げかけてくる。確かに私達は成人したばかりだけど、そんな言い方は無いんじゃない? この場にいる以上同じ戦士として見て欲しい。
「グギャアァ!」
私達三人が悪態をついた兵士を睨んでいると。
その兵士に向かって上空からガーゴイルが三匹舞い降りてきた。
「う、うわぁ! ガーゴイルが!」
ガーゴイルはCランクの魔物。並の冒険者では倒せないけど、フェイトから魔法の使い方を教わった私達なら問題ない。
エレーナは即座に弓を構え矢を放つ、風魔法に乗ったその矢は一匹のガーゴイルを捉えて撃ち落とした。それを見た残り二匹のガーゴイルが動揺する。その隙きを突き、私とトリスタンがガーゴイルとの間合いを詰め、それぞれ剣と槍でガーゴイルを切り伏せた。
「誰がガキだって?」
トリスタンが凄む。
「う……、すまん。た、助かった……」
「礼はいいから早く案内してくれないかな? 仲間の命が危ないんだろ?」
「う、分かった。こっちに来てくれ」
そう言って走り出した兵士の後を追い、私たちは中央の通りを駆ける。普段は馬車が走り、人混みで溢れいている通りなのだが、今日は私達の進行を遮るものはない。人々は比較的安全な南側に避難しているからだ。
通りを抜け角を曲がるとグリフォンの姿が見えた。体長は三メートルくらいあるだろうか結構大きい。周りには十数人の兵士が倒れていた。
「くっ! すまん、遅くなった……」
私達をここまで連れてきた兵士が苦悶の声を漏らす。まだ息のある兵士がいるかもしれない。助けるためには早くグリフォンをどうにかしないと。
「トリスタン行くよ!」
「お、おう!」
私とトリスタンはグリフォンに向かって駆け出す。それに気づいたグリフォンは私たちに向け炎のブレスを吐いてきた。
「ブレスはこれで!」
すかさず私の後ろにいたエレーナが無詠唱の【エアプレッシャー】、【エアハンマー】でグリフォンのブレスを散らす。私はその間にグリフォンの懐に潜り込もうとするも、グリフォンはそれに反応し右前足を横薙ぎに振るってきた。
「このおぉぉぉ!」
グリフォンの右前足と私の間に身体強化魔法を施したトリスタンが入り込みその攻撃を受け止める。
「行けえぇぇ! ディアナ!」
「うん!」
私は【リーンフォース】と【アクセラレート】を全開にし、グリフォンとの間合いを詰め、切りかかった。右前足をトリスタンに押さえられていてはさすがのグリフォンも私の攻撃に対応できないみたいだ。首、肩、そして左足に剣撃を浴びてしまい、血を撒き散らして仰け反る。
「グガァァァァッ!」
フリーになったトリスタンの槍もグリフォンの胸を捉える。さらに後方からもエレーナの風魔法に乗った矢が飛来し、グリフォンの体の至る所に深く突き刺さった。グリフォンはもう既に血まみれになり、満身創痍だ。如何なAランクの魔物と言えども、無詠唱魔法を当たり前の様に使いこなし、身体能力を魔力で強化した三人の冒険者を前に手も足も出ない。
「止めはこれで!」
私は全身の魔力を剣に通す。この技はフェイトもできない私だけのオリジナルの技。この技で私はフェイトの隣に並ぶの!
「行っけぇ! エクスカリバー!」
これは私の剣撃に風魔法の【ソニックブレード】を乗せて放つ技。フェイトの見立てでは威力は上級魔法を上回るみたい。ちなみにこの技の名前はフェイトが付けてくれた。何でも古い神話に出てくる聖剣の名前らしい。
勢いに乗った神速の風の剣撃がグリフォンを捉え、グリフォンの頭と胴体は泣き別れになった。
「すげぇ。このガキ共、グリフォンを殺りやがった」
「こいつら、あれは魔法なのか? ……なんて奴らだ」
「最後の嬢ちゃんの技は何なんだ? 早すぎて何が起きたのか全く見えなかったぞ」
周りで三人の戦いの様子を見ていた兵士たちが口々に感嘆の声を上げる。
「よっしゃ。俺たち結構いけるな。フェイトにも負けてねぇぞ」
「うん。そうだね。ちょっと前はオークキングに手も足も出なかったけど。確実に私達強くなってるわ」
「グリフォンの討伐報酬っていくらかな?」
若干エレーナがずれた事を言ってるけど、私たちはグリフォンを倒したその確かな手応えに打ち震えていた。もう何が相手ても怖くない。これでフェイトの隣に立てる。そう思ってたんだけど・・・
「た、大変だ! そ、外にレッドドラゴンが出た!」
そのように喚きながら別の兵士が走っていくのが見える。
「え? レッドドラゴン? なんでこんなところに? ドラゴンはランクSS級だったと思うが、いくらフェイトでもヤバイんじゃないか?」
と、トリスタンがそう言った直後、私は北門に向かって走り出していた。
「お、おい、お前が行っても……って、早っ。エレーナ追いかけるぞ」
「ん」
トリスタンとエレーナが追ってきているけど、私は構わず北の城壁を駆け上がる。するとそこに見えたのは……巨大な竜の氷のオブジェだった。
「な、なんだあれ?」
後ろから追いついたトリスタンが私に聞いてきた。
「良く分からないけど、フェイトがレッドドラゴンを凍らせたのかな?」
「なにぃ、あの炎竜を凍らせるって、いくらフェイトでもありえないだろう」
「あ、自分は一部始終を見てましたが、実際魔法の様なもので凍らせてました」
と、答えてくれたのは城壁の上にいた兵士。そして、次の瞬間、凍ったレッドドラゴンはフェイトの【ブリューナク】を受けて砕け散る。その信じられないような光景に唖然とする一同。
「……なんかすごいモノを見ちまったな。あのレッドドラゴンをあっさり倒すなんて、あいつもう人間やめてないか?」
その場にいた兵士達も言葉が出ない。
「ん。フェイトならこれくらいは当然」
「ここまで規格外だとどう突っ込めば良いか分からないな……」
それぞれが感嘆のセリフを口にする。すると、フェイトが振り向きこちらに気がついた。フェイトが私たちに向けて手を振る。その直後、
「うおぉぉぉ! あの冒険者やりやがった!」
「あの魔物の群れを一人で、なにもんだあいつ。すげぇ!」
「レッドドラゴンをあんなにあっさりと……俺たち助かったぞ!」
「英雄だ。レーニアの英雄だ!」
一斉に城壁の上の兵士達が歓声を上げ始めた。あちこちで英雄コールが巻き起こる。が、それに一番驚いているのは当のフェイトだった。キョトンとした顔でこちらを見ている。
ふふふ……やっと追いつけたと思ったらこれなんだから……。
フェイトすごい……すごすぎるよ。私ももっと強くならなくちゃ。
次は閑話を挟んで一章終わりです。
あと、ブクマありがとうございました。




