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二十話 レーニア防衛戦


 領主の館は街の中央部分、貴族街の中ほどにあった。領主だけあって庭も広い。ぐるっと塀に囲まれており、門の前に二人の警備兵が立っていた。


「む、止まれ! お前たちは何者だ?」


 警備兵の一人が槍を構え声をかけてくる。

 するとアリスンさんがすっと前に出てきて、


「私は冒険者ギルドの者です。領主様に呼ばれて参上致しました。ここに領主様から頂いた書状もございます」

「……ふむ、なるほど。確かに本物のようだ。それにそのような話も聞いている。よし通って良いぞ」


「ありがとうございます。さ、行きましょうフェイトさん」


 アリスンさんのお陰でスムーズに門をくぐることができた俺達は、領主の執務室に通される。中に入ると金髪オールバックの精悍な顔つきをした男が執務机に座っているのが見えた。あれが領主だろうか、想像していたよりも若い。40代くらいだろうか?


「ハルベルト様、フェイト様をお連れしました」

「そうか、ご苦労」


 ハルベルトと呼ばれた男は、低い声でそう言うと、席を立ちこちらに歩いてきた。


「君がレイモンドとオスカーが言っていたフェイト君か。なるほど若いな。その年でオークキングやミノタウロスを討てるとは……にわかに信じがたいが、まあいい。そこに座ってくれ」


 俺はハルベルトに促されてソファーに座る。俺の左右にアリスンさんとディアナ。ハルベルトは対面に座った。


「改めまして冒険者のフェイトです。早速要件を伺いたいのですが……よろしいでしょうか?」

「うむ。そうだな。要件については……端的に言うと、謝罪とお願いだ」


「謝罪?」


 なんだろう?


「そうだ、既にレイモンドから事情は聞いていると思うが、王都への応援要請の件。あれは反故にされてしまった。王都は今、辺境に兵を割いている余裕はないそうだ」

「な! それでは王都はレーニアを切り捨てる気ですか? 自分達の権力争いを優先して?」


《むー。国の乱れは女神として看過できませんね》

《惰眠を貪ってたお前が言っても説得力ないな》

《ぐぬぬ……》


 レイモンドの話だと、今王都は第一王子を立てる王族派と、第二王子を担ぎ上げた貴族派に真っ二つに分かれて、ドロドロの権力争いの真っ最中だそうだ。

 全くのんきなもんだぜ。


「うむ、まあそうなるな。俺の力が及ばなかった。許せ」

「あ、いや俺に謝れても……悪いのは王都の連中ですし」


 平民の俺に素直に謝るとは……この辺境伯、大した人物なのかもしれない。


「そこでだ、君に頼みたいことがある。誠に恥ずかしい話だが、王都の援軍なしにレーニアは魔族の侵攻には耐えられないだろう……」


 ハルベルトは一呼吸置き。


「すまないが、君のミノタウロスをも討てる力。その力をレーニアの民を守るために貸して欲しいのだ」


 なるほど、謝罪とお願いとはそういうことか。でもな、俺の腹はもうとっくの昔に決まってるんだよな。短い間だったけどこの街にも色々と知り合いができた。そいつらが魔物に蹂躙されるのを黙って見ていることなんて俺にはできない。


 そもそも邪神が絡んでいるのなら俺が戦わない理由はない。


「領主様に言われなくてもそうするつもりでした。俺もこの街で守りたい人がいますからね」

「ありがとう。いい返事だ。よろしく頼む」


 ハルベルトは笑って、右手を差し出す。俺はその手を取り握手をした。


「君が戦うにあたり、俺の方からもできる限りの便宜を図ろうと思う。もっとも君の邪魔をしないようにするのが一番なのかもしれないがな」


 うん。これは何気にありがたい。俺は広域殲滅魔法で魔物を一掃しようと考えていたが、敵味方入り乱れる混戦になってしまうと非常にやり難くなる。俺の魔法を考慮した作戦を考えてくれると非常に楽だ。ここの領主が理解のある人で本当に良かった。


 俺は次の戦いで使おうと思っている魔法についてハルベルトに説明し、その魔法を効果的に実行するための兵士や冒険者の配置、役割について話し合った。


 さて、これで心置きなく戦えるかな。いつでも来やがれ魔物ども!

 俺の妙な噂ごと蹴散らしてやるぜ!


《多分、また別の悪名が立つだけだと思いますよ》

《うっさいわ!》



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺はあれから領主の館に何度か足を運び、レイモンドやオスカーたちと一緒に作戦会議を行っていた。


 その作戦は次のようになる。

 まず、兵士は打って出ない、完全に籠城する。これは俺の殲滅魔法を最大限に活かすためだ。城壁の外に兵士がいたら魔法が打てない。

 籠城したとしても、ガーゴイルやマンティコアなどの翼があって空を飛べる魔物は城壁を越えてくる。それらの魔物を城壁内に待機した兵士と冒険者で撃退する。

 また、住民の避難誘導も冒険者達と連携してやる。


 大雑把に説明するとこんな感じになる。要は俺が大魔法をぶちかますってだけなので、作戦と呼んでいいものか良く分からない。


 ある日いつものように領主館の一室で領主とレイモンド達と作戦の確認を行っていたところ、急に扉が激しくノックされた。


「領主様! 緊急のお知らせがあります!」


 と連絡兵らしき人物の声が扉の外から聞こえる。


「どうした? 入れ!」


 ハルベルトが入室を促すと、扉を開け兵士が入ってくる。


「報告します。先程斥候から連絡があり、北方から魔物の群れが押し寄せてきているとの事です」


「なに? ついに来たか」

「こちらに到達するのは後どれくらいか?」


 兵士の報告にレイモンドとハルベルトが反応する。


「は、はい。翌日の朝にはこちらに到着するかと」


 結構早いな。


「その魔物の数は分かるか?」


「は、はい。はっきりとした数は分かりませんが、少なく見積もっても2万はいるかと」


 2万か……、ノイマン辺境伯の私兵が約1000名、冒険者が約200名。絶望的とも言える戦力差だな。

 普通ならばの話だが。


「分かった、全員に通達! 戦闘態勢に入れ。作戦通りに行動しろよ」


「はっ! 了解しました!」

 ハルベルトの檄に伝令の兵士が走り去っていく。


「では、俺も持ち場を確認してきます」

「ああ、よろしく頼むフェイト君」


 俺はそう言って領主の館を出て、明日の持ち場に移動する。

 その場所は北側の城壁の上。明日俺はここから魔物の群れに魔法の雨を降らせる予定だ。


 日は既に暮れ、辺りは暗い。北の方向に目を凝らすがまだ魔物の群れの姿は見えない。


 本当にこちらに向かって来ているのだろうか?


《来てますね》

《分かるのか?》


 アストレイアが急に話しかけてきた。


《はい。なんとなく邪神の……使徒の気配を感じます》

《その使徒が魔物を引き連れて来ているということか。そいつは強いのか?》


《分かりません。邪神の加護がどれ程のものかに依ります。でもフェイトさんならば大丈夫でしょう》

《まあな、負けるつもりはない》


《はい、信じていますよ》


 持ち場は確認したし、そろそろ帰って休もう。俺はその場を後にし宿屋『安らぎの泉亭』に向かった。

 宿屋の前までくると、ディアナとトリスタン、そしてエレーナが立っているのが見えた。


「あの……フェイト。魔物が来たって聞いて」

「ああ、明日の朝、戦闘開始だそうだ」


 ディアナは俺の言葉に青ざめ、心配そうな顔を俺に向けてくる。


「フェイト……死なないでね?」

「俺の規格外の強さはお前が一番良く知ってるだろ? この世に俺より強いやつがいるわけないじゃないか」


「うん。そうだね。フェイトを信じてる」

「だよな、お前が負けるところなんて想像できねーわ」

「ん。フェイトは負けない」


 三人揃ってそう言われるとちょっと照れるな。


「ああ、でもせっかくパーティ再結成したってのに、一緒に戦えなくてすまんな」


 この三人はレーニアの城壁内を担当することになっている。

 あまりこういうことは言いたくないが、三人が近くにいると俺が本気を出せないのだ。


「それは仕方ないよ。それぞれに役割があると思うし。私達がフェイトの足を引っ張るわけにはいかないわ」

「すぐにお前の横で戦えるくらい強くなってやるぜ」

「ボクは孤児院を守る」


「そっか、住民の護衛についてはお前たちに任せるよ。それで俺も思いっきり魔法をぶっ放せるってもんだ」


「おう、任せておけ!」


 うん。頼もしい仲間がいてくれてよかった。これなら後方を気にせず前だけに集中できる。明日はいつも以上に力が出せそうだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 次の日、早朝。俺は自分の持ち場、城壁の上でその時を待つ。

 やがて、地平線の向こうにザワザワと黒く蠢くモノが目に入り、それが今は視界一面に広がっている。


「これは壮観だな」


 魔物がうじゃうじゃと押し寄せてきている。【サーチ】をかけてみると数は3万を超えていた。しかもゴブリンやコボルトみたいなランクの低い魔物だけじゃなく、グリフォンやマンティコア、キメラみたいなランクの高い魔物も混じっている。


 ん? あの奥にいるでっかいのはサイクロプスじゃないか? 確かSランクの魔物だと思うけど。あー、これは俺がいなかったらレーニアどころか、この国は滅ぼされていたかもしれない。


 というか、例の邪神の使徒とやらはどこにいるのだろう?


《後ろの方で指揮を取っているのかもしれません》

《そっか、じゃあまずは雑魚を蹴散らして燻り出しましょうかね》


 俺は用意していた広域殲滅魔法の準備に入る。

 地表部分の空気を温め水魔法で湿気を供給、上層部分の空気を急激に冷やし上昇気流を発生させる。するとあっという間に超巨大な積乱雲が発生した。


 積乱雲の中では激しい風が吹き荒れ、氷の粒がぶつかり擦れあい、大量の静電気が溜まっていく。そろそろ準備はいいかな?

 戦いの前の口上とか魔物に対しては要らないよね?


「くらえ!【サンダーストーム】」


 俺がオリジナル魔法の魔法名を唱えると。魔物の群れの上空を覆い尽くす程に成長した巨大な積乱雲から、幾筋もの雷撃が轟音を立てて魔物たちに降り注ぐ。

 何百発もの雷撃を受け、体が焼け焦げ、または衝撃で四肢が千切れ飛んで絶命していく魔物たち。


 うわぁ、自分で考えた魔法とは言え、えげつないな。


 俺は【サンダーストーム】を継続しながらも、雷撃から逃れようとしている魔物たちに【エクスプロージョン】や【フレイムランス】、風系上級魔法の【エアロスラスト】や【ソニックブレード】を雨あられとぶちかます。


 城壁に待機している他の兵士たちは唖然としてその光景を眺めている。


 さてと、そろそろ仕上げと参りましょうか。積乱雲は成長すると、雨粒や氷の粒が上空にたまり、それが下降圧力を生む。その圧力は上昇気流と拮抗している状態だと落ちてこないんだけど、上昇気流がなくなると一気に地上に落下する。


 これはいわゆるダウンバーストと呼ばれる自然災害だ。


 ただ、通常のダウンバーストは徐々に上昇気流が弱くなってきて、上昇気流と下降気流の均衡が崩れて発生するわけなんだけど、この規模の巨大な積乱雲で、上昇気流を一気にゼロにしたらどうなるか? 地球で観測されているダウンバーストとは比較にならないほどの威力が出るに違いない。


「これで殲滅できるか?【ダウンバースト】」


 俺は猛り狂うように発生していた上昇気流を止める。その瞬間、轟音を立てて積乱雲の下から巨大な白い空気の塊、氷塊の群れが凄まじいスピードで地上に落下してきた。


 白い空気の塊は地上に達すると今度は四方に津波のように広がっていく。その塊に呑み込まれた魔物たちはその衝撃で吹き飛ばされるか、氷弾を受けて体をはじけさせる。また超低温の暴風に晒されて凍りつく。


 冷たい空気の嵐が去ったあとは、白く凍りついた荒野が広がるのみ。地上を這う魔物はほぼ一掃されて……ないな。一匹サイクロプスが残っている。もう息も絶え絶えだけど、さすがはSランクの魔物といったところか。


 俺はその瀕死のサイクロプスに【フレイムランス】を8発ぶち込み爆散させる。うん。瞬殺瞬殺。


「なんとかうまくいったな。でも空を飛ぶ魔物は結構生き残っているな」


 雷撃は空を飛ぶ魔物には当たりにくい。【ダウンバースト】から逃れたものも結構いる。俺はそれらの魔物に【フレイムランス】などをぶつけ落としていくが、さすがに数が多い。100匹ほどが俺の弾幕から逃れ東西に大きく迂回してレーニア内に侵入する。


 まあいいか、これくらいは想定内。中のことは仲間たちに任せよう。俺は俺のやるべきことをするだけ。目の前に現れた真の敵に集中するのみだ。


「やっと出てきたか、遅いよ邪神の使徒さん」


 さて、前座は終わりだ。これからが本番かな。


主人公には苦戦はさせません。

次回は一章のボスキャラが出てきます。

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