十話 舎弟が増えました
夕暮れになり野営の準備をする。と言っても俺らはほとんど手ぶらで来たので、特にやることがない。寝るのも馬車の中だしな。やることがあるとすれば食料の調達くらいだろうか。
「さて狩りにでも行こうか?」
「そうだね。晩御飯とりに行こう」
ディアナ一人を留守番させるのも不安なので二人で行動する。魔物というよりもドミニクのヤローが心配なんだよ。
俺は【サーチ】をかけて獲物を探す。ちょうど近くの林の中に鹿っぽいのがいた。
「見つけた。近くにいる」
「はー、その魔法やっぱり便利ね。フェイトが一緒で良かったわ」
二人で駆け出し、程なくしてターゲットである鹿を見つける。慎重に近付いたつもりだったが、さすがは野生動物。俺たちの気配に気付き、いつでも逃げれる体勢でこちらを警戒している。
「【エアカッター】で行ける?」
「やってみる。……いくよ【エアカッター】!」
無詠唱の【エアカッター】により鹿の首はあっさりと宙に舞う。いくら警戒していても不可視の風の刃は避けようがない。
うへぇ……。ディアナってこういうの平気なんだよな。躊躇もなかったし。さすがに、十歳の頃からゴブリン狩ってただけのことはある。
「お見事。だいぶうまくなったね」
「えへへ。もっと褒めて褒めて」
ディアナの頭をナデナデすると、目を細めて満足げな顔をする。前にも同じことを言ったかもしれないけど、獣を狩った事を褒められて喜ぶ女の子ってどうなんだろうか。
ま、かわいいから良いか。
俺はとりあえず仕留めた鹿の血抜きをすることにする。よく鹿肉は獣臭くて美味しくないという話を聞くが、それは死んだ直後に、十分な血抜きがされていないことが原因らしい。
だから俺は魔力でもって鹿の体から血を完全に絞り出すと共に、血が溜まりやすい内臓を捨てた。うぐ……これはなかなかスプラッタだな……。
「…………」
さすがのディアナも言葉を失う。
俺たちは気を取り直し、馬車を置いた野営地に戻り、早速鹿の調理に取り掛かる。
さて、ここからは俺が前々から考えていた調理魔法を実践してみよう。
イメージは電子レンジ。それも過熱水蒸気の機能が付いているあの高級なやつである。
鹿肉の中にある水の分子を振動させて熱を生み出し内部から加熱。そして肉の表面は300度以上に加熱した加熱水蒸気で炙る。これで鹿肉のローストの完成だ。辺りに香ばしい匂いが立ち込める。タレみたいなのが無いので厳密にはローストとは言わないのかもしれないが。
というかこれ、攻撃魔法としても使えるんじゃね?
《レンジ魔法は相手の体内に直接魔力を入れる必要があるので、多分相手にレジストされちゃいますね。対象が既に死んでいれば大丈夫だと思いますが》
《なるほどな。確かにそれができたら最強だもんな》
相手の体内で熱を発生させられるってどんだけチートだよと。
《でも過熱水蒸気は普通にいけると思いますよ。水蒸気を発生させるだけですからね》
《機会があったら試してみようかな……、人間相手にやるとかなり悲惨な感じになるだろうけど……》
過熱水蒸気魔法……こいつはヘル◯オと名付けようか。
《商標に引っかからないようにしてくださいねー》
《へいへい》
食事の準備が整い、二人は鹿ローストに齧り付いた。味付けは塩とコショウのみとシンプルだが表面を過熱水蒸気で炙っているので、焦げすぎて固くならずに、肉汁が中に閉じ込められている。噛む度に肉汁が溢れ出てきてめちゃくちゃうまい。
血抜きを徹底したおかげか、臭みもない。
「おいしーい。こんな美味しい鹿肉食べたの初めて」
「初めてやってみたがうまくいったな」
「これもオリジナル魔法?」
「そそ。たぶん俺にしかできない」
「はー、つくづくフェイトと一緒で良かったと思うわ」
頬に手を当て、恍惚とした表情でため息を吐くディアナ。
と、そこに匂いにつられてフラフラとやってくるヤツがいる。トリスタンだ。
「おいおい、お前ら美味そうなもん食ってんな。それ、ちょっと分けてくれないか?」
「別にいいけど、タダではやらんぞ?」
「分かってるよ。こっちはスープを提供するからそれで手を打ってくれ」
「よし、取引成立だな。これ持ってけ」
俺は調理済みの鹿肉をトリスタンに渡す。代わりにトリスタンからスープの入った器を受け取った。
「サンキュー、助かるわ。うひょー、うまそー」
トリスタンは上機嫌で自分の馬車に帰っていった。
俺らはトリスタンから受け取ったスープを二人で別けた。二人での野営ということでどうなるかと思ったが、食事はなんとかなりそうだな。俺は安堵し、胸を撫で下ろす。
ディアナもほくほく顔で鹿ローストにかぶり付き、スープを飲んでいた。
で、就寝の時刻となる。
ちなみに他のパーティとは見張りについての取り決めは特にしていない。というのも一部協調性のないパーティがいる中で合同で見張り当番を決めるのはトラブルになると考えたからだ。
というかそもそも俺に見張りは必要ない。【サーチ】魔法があるからな。俺に近づく不審者を感知すればアラートが立つように設定しておけば問題ない。馬車にも認識阻害系の魔法をかけておく。光の屈折を利用したステルス迷彩的なシロモノだ。これで襲われる可能性が減る。
しかし、その事を知らないディアナは。
「見張りどうしようか? 順番に交代してやる?」
「いや見張りについては俺の魔法でできるので必要ないよ。一緒に馬車で寝よう」
「え? 一緒に? 二人で?」
言い方がまずかったかな。ディアナは明らかに動揺し、あたふたしている。別に一緒にごろ寝するってだけなんだけど。
「んー、そんなに気になるんだったら、俺外で寝ようか?」
「大丈夫。大丈夫だから、その……二人で、寝よ?」
いや、その言い方だとオジサンいろいろと勘違いしてしまいそうなんだけど……勘違いしちゃっても良いのかな?
《おまわりさん。こっちです!》
《いや、別になにもしないからね!》
そして何事もなく就寝。いやホントに何もしてないからね。
で、しばらく寝ていると【サーチ】魔法に何かが引っかかる。……反応が一つ、これはドミニクのヤローか。何しに来やがった。
ドミニクは俺らの馬車の回りをウロウロしていた。多分、馬車をステルス迷彩で隠していたので見つけられないんだろうな。
ここは一つ脅かしてやるか。俺は馬車から出て、気配を消して背後からドミニクに近寄る。
「よっ。こんな夜更けに何の用だ?」
急に後ろから声をかけれたドミニクはおどろき、体を跳ね上げる。
「あ、お前どこから出てきた? それに馬車はどこにやったんだよ?」
「質問に答えろよ。何の用だと聞いてるんだが?」
ところがドミニクは俺の再度の質問にも答えるつもりはないみたいだ。さっきからニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるだけである。
「お前の女、アレはお前にはもったいないと思わないか? 俺が頂いてやるからさっさとよこせよ。まあ、痛い目にあいたいのなら別にいいんだけどな」
んー、やっぱこいつ典型的な屑だな。ディアナに手を出すつもりならば容赦はしない。
「やなこった。【ゼロフリクション】」
「うお、なんだ? ぐほぉ!」
足を滑らせたドミニクが勢い良く転倒。頭を地面に打ち、悶える。
「……くっ、てめぇ! 何しやがった」
これは俺のオリジナル魔法【ゼロフリクション】だ。この魔法は対象の摩擦をゼロにする。人が立っていられるのは地面と足の間に摩擦があるおかげだ。これがないと氷の上にいるのと同じ様な状態になり、とてもじゃないが立ってはいられない。
俺はこれまで魔力の効率的な運用のみを考えて魔法を開発していたんだが、ふと逆に魔力を思いっきり投入して物理的な事象を無理やり捻じ曲げたらどうなるんだろうと考えた。それで生まれたがのがこの魔法だ。
摩擦という物理的な概念を知っている現代地球人にしかできない魔力の使い方だと思う。この世界の人間には何が起こっているのかも分からないだろうな。
「さてと、お前はここで朝まで踊っていてもらおうかな」
「な、なにっ! ぐべっ!」
あーあ、今のドミニクはズボンもパンツも脱げて、かなり悲惨な状態になっている。ズボンなどの衣服も摩擦によって体に固定されているからな。その摩擦がなくなるとこうなっちゃうよね。
「なっ、ドミニクどうした?」
ドミニクの声を聞いてアーヴィンとゴードンが駆けつけてきた。
「あ、あいつが……ぐえぇ。なにか……へぶっ! しやがっぐはぁ!」
ドミニクは無理やり立ち上がろうとするが、まともに立ち上がる事ができずに、のたうち回る。
アーヴィンとゴードンが俺を睨んでくるが、
「こいつが先にディアナに手を出そうとした。その報いだ。俺は俺と仲間に危害を加えようとするヤツに容赦はしない。覚えておく事だな。それでもやるというのなら、お前らにもドミニクと同じものをくらわせてやる」
アーヴィンとゴードンは冷や汗を流しながら生唾を飲み込む。
ドミニクはというと。あー、なんかもう失禁したり、よだれ垂らしてたり、モロ出しだったり、色々とモザイクかけないとヤバイ状態になっている。
《うわぁ……鬼畜っすね響介さん。これを女の子にもやるんですね?》
《いや、やらないからね》
かといって男にやる趣味もないんだけど。まさかここまで凶悪な魔法だとは思わなかった。
「ちなみにそいつにかけた魔法は数時間後には解ける。というわけでじゃあな。これからはもうちょっかい出してくるなよ」
「わ、わかった……」
アーヴィンとゴードンは恐怖に顔を引き攣らせて、ガタガタ震えている。
俺はその様子を確認し、自分に認識阻害の魔法をかける。相手から見ると俺の姿が消えたように見えるだろう。さて俺も寝るか。それから、このことはディアナには教えない方が精神衛生上いいかもね、知らぬが仏って言葉があるし。
そして翌朝。
「おはようフェイト。んーよく寝た」
「あ、ああ。おはようディアナ」
俺はやつに安眠妨害されたからな。ちょっと眠い。別に横で眠るディアナに悶々として寝られなかったワケじゃないからね!?
《そうやってわざわざ念を押すところが怪しいですね》
《うるさいぞ堕女神》
相変わらずウザい堕女神は置いといて。俺は朝食の準備をする。一応何個か持ってきていたパンをスライスして昨晩の鹿肉ローストを挟む、簡単なサンドイッチだ。
「朝からこんな美味しいものが食べられるなんて幸せ~」
ふ……ディアナの笑顔は俺が守るぜ、なんてキザなセリフを頭に浮かべながら、チラッと遠目でドミニク(バカ)の方を見る。
奴らはちらちらとこちらを見ながら不味そうな干し肉をかじっていた。ざまぁねーな。
で、朝食を終え、片付をしていると……
「フェイト親分! お荷物お持ち致します!」
と、ドミニクのパーティが整列して俺に声をかけてくる。
俺は一瞬思考が停止した、が、すぐに再起動し、
「……いや、特に荷物もないから大丈夫だ……よ?」
「そうですか、ほかに何かあったら声をかけて下さい!」
ドミニクたちは大声でそう宣言し去っていった。
《また舎弟が増えましたね若旦那》
《どうしてこうなった?》
「何があったの? 昨日まではあんなに絡んできてたのに」
「さあ? 何があったんだろうねぇ。ハハハ……」
改心……したのかどうか分からないが、どうやらあれが相当堪えたみたいだな……
【ゼロフリクション】……対人戦最強の魔法かもしれない。
俺らは再び移動を開始する。予定では夕方くらいに着くらしい。
結局二日目は特にトラブル、イベントもなく無事にネバラ村に着いた。
昼の休憩中、ドミニク達がまた俺達に世話を焼こうとしたのは言うまでもない。鬱陶しいので焼き鳥を与えてやったら涙を流して喜んだ。あーめんどくせー。
トリスタンも「なんでお前らそんなに仲良くなってんの?」と首を傾げるのだった。




