九話 遠征
《ところで今更なんだけど、異世界モノ定番の無限収納とかアイテムボックスみたいなの無いの?》
《私の作った世界にそんなご都合主義なものがあるわけないじゃないですか》
《そんな力強く開き直られてもな……》
というのも今俺らは明日の遠征に備えて道具などを見て回っているのだが、野営のための道具はやっぱり嵩張る。そこで無限収納みたいのがあれば便利だと思ったのだが……堕女神に聞くだけ野暮だったようだ。
魔法で実現できないかどうかと考えてはみたのだが、無限収納なんて原理が分からないのでイメージ自体できない。現代科学で四次元ポケットは実現できないのだ。魔力でゴリ押ししたらできるかもしれないが、毎回物を出し入れするたびに大量の魔力を消費するのでは効率が悪すぎる。
ちくしょー。この世界にテンプレはないのか?
「フェイトと野宿。二人で野営……」
俺の横を歩くディアナはさっきから別世界に旅立ったきり戻ってこない。
さてどうしたものか。食料は現地調達かな。サーチで獲物を探して魔法で仕留めれば大丈夫だろう。調理も魔法でできる。問題は寝具かな? 今の季節、昼は比較的温かいとはいえ、朝方冷えるし毛布は必要かもしれない。あ、それこそ魔法で解決だな。暖かい空気を周りに纏う魔法を作ってしまおう。ついでに匂いや光が外にもれない様に認識阻害系の要素をプラスすれば安心して眠れる。よし、それで行けそうだ。
無いものは自分で作って工夫する。決して堕女神をアテにしてはいけない。
《ぐぬぬ……》
灯りも魔法で実現できるし、水も魔法で生み出せる。あれ? よく考えたらほとんど準備要らないや。馬車もギルドが用意してくれるみたいだし。あ、でもパンくらいは買っておこうかな。
というわけで、特に準備する物も無い事に気付いたので、仮設テント村に帰ることにした。そこで、オスカーさんとフェリシアさんに事情を話す。
「そうか、フェイトなら余程のことが無い限り大丈夫だと思うが、十分に気をつけてな」
「ああ、分かった。危ないと思ったらディアナを連れてすぐ引き返すよ」
「ディアナもがんばってね。色んな意味でこれはチャンスよ。隙をみて襲っちゃいなさい。既成事実を作るのよ!」
「ちょっとママ、何言ってるよ」
フェリシアさんも相変わらずだな。でもまあ、あれだ。家族っていいものだな。この世界では父さんがいないし、前世でも仕事ばっかりでこんな家族の団らんってほとんど記憶にない。……ちょっとしんみりしてしまったが俺も母さんのところに帰るか。
「じゃ、おやすみディアナ。また明日な」
「うん。おやすみフェイト。また明日ね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝になった。俺は起きて顔を洗い。いつものように朝食のパンを食べる。
さて……。
「じゃあ、母さん行ってくる。一週間くらい帰らないかもしれないけどよろしく」
「わかったわ。行ってらっしゃい。気をつけてね」
フェリシアさんもフェリシアさんだったけど、母さんも母さんだな。自分の息子がこれから危険な地に行こうというのに、いつもと全然調子が変わらない。母さんのこういうところ結構好きだな。変に気負わなくていいし、気合も入る。さて、ちゃちゃっと行って依頼終わらせてきましょうかね。
ディアナと合流し、集合場所である北の城門に行く。レイモンドと風神の斧一家は既に来て待っていた様だ。
その息子の方のトリスタンが俺たちに近づき話しかけてくる。
……なんだろう? こいつもドミニク同様、因縁をつけてくる気か?
「よう。昨日はなんか話しかけられなかったが、お前の噂は色々聞いている。これから一週間よろしく頼むよ」
疑っちゃってゴメンよ……案外気さくなやつだったんだな。これならうまくやっていけるかもしれない。
「ああ、こちらこそよろしく。というかその噂ってのが気になるんだけど。どんな噂があるんだ?」
「ギルドマスターを一発で沈めた筋骨隆々の大男とか、何人も女を侍らせているチャラ男とか、中二なセリフを吐く痛いやつとか、まあいろいろだな」
「一体誰だよそれは? 噂が独り歩きしてんのか?」
二人で苦笑いする。
《えー、最後のはまさしく響介さんそのものじゃないですか》
《俺はそんな痛いやつじゃないって》
《もう後戻りはできんぞ、巻き方をーー》
《それもうヤメテー!》
あの黒歴史が脳内で再生される。もう忘れかけていたのに……。
程なくして紅蓮の剣の連中が来たので全員が揃った。ちなみにギルドは馬車を3台用意してくれていた。良かった、あいつらと乗り合わせる必要はなさそうだ。目的地のネバラまでは片道2日間くらいの道のり。その間ドミニクのヤローが何してくるかわかったもんじゃないしね。
「おい、ガキ。足引っ張るんじゃねーぞ」
「ハイハイ、分かってますよん」
俺は生返事をしながら馬車に乗り込む。
「お前なら大丈夫だと思うが、くれぐれも気をつけてな」
レイモンドから声をかけられた。
「ああ、大丈夫だ。無茶はしないよ。ディアナを危険な目に合わせたらオスカーさんに顔向けできないし」
「そうだな。よろしく頼む」
準備が整い出発する。ところが俺は道沿いに2時間ほど進んだところで…………飽きてきてしまった。
景色は代わり映えしないし、カッポカッポとリズム良い馬の蹄の音が眠気を誘う。これを二日間って……耐えられるだろうか。
トルカナ村からレーニアに移動する間は、馬車の御者をやってなかったんで平気だったけど。
「あー、これって俺ら走った方が絶対早いよね?」
「そうかもね。でも私達だけ走るわけにはいかないじゃない」
呆れ顔で答えるディアナ。
「まーそうなんだけどね。こう単調だと飽きるし、眠くなる」
「そろそろ休憩が欲しいところだね」
「同感。と言っても俺ら最後尾だから、勝手に停まって休むわけにはいかないし」
馬車の順番は先頭が風神の斧、真ん中が紅蓮の剣の連中、最後が俺たちだ。風神の斧の皆さん。そろそろ空気を読んで休憩してくれないかなーとか考えていると、【サーチ】魔法に何か引っかかった。
「ん? 前方に何かいるな。道を挟んで左右に7~8人くらい」
「それって野盗かなにかかな?」
にわかに馬車内に緊張が走る。
「このままだとあと十分くらいで接触すると思う。前の馬車は気づいているんだろうか?」
「うーん、流石にこの距離で気づけるのはフェイトくらいだと思うよ?」
んー、そうなのか? 確かに【サーチ】魔法とか反則臭いが。
「俺たちだけでも警戒しておこう」
「うん。そうだね」
ディアナは剣を手に取る。俺は油断なく【サーチ】で相手の動向を見る。
野盗が待ち伏せている地点まであと百メートルまでに迫った。
「野盗が動いたら俺が右側、ディアナが左側から強襲な」
「分かった」
「……よし、動いた。今だ!」
俺とディアナは馬車から勢い良く飛び出し、前に走った。が……
「おい、お前ら動くな! 命が惜しければ身ぐるみ……うわぁぁ!」
野盗のリーダーらしき者が口上を述べている間にものすごい風が舞い、野盗を吹き飛ばしてしまった。
「おおー、あれが風神の斧かぁ」
俺は思わずつぶやいた。
そして反対側ではトリスタンが槍で野盗を牽制し、エレノアさんが風と水魔法で野盗を蹴散らしていた。
「んー、これ俺ら要らなかったな」
「そうね。オーランドさん達強い」
二人でため息をつく。まあ何にせよ被害がなくてよかった。しかしさすがはAランク冒険者パーティだな。野盗の群れなど歯牙にもかけなかった。
オーランドさんたちとは対象的に紅蓮のなんちゃらさんは……
「おう、人が気持ちよく寝てたってのに、なんでこんなところで停まってるんだ? さっさと進めよ」
「いや、それがドミニクさん、どうやら野盗が出たようで」
「野盗? そんなものどこにも見えないじゃねーか。いいからさっさと進めろ」
悪態をつくドミニクとそれをなだめるゴードン。冒険者パーティというよりも、親分と手下だな。こいつらの方がよっぽど野盗っぽい。というか、あれだけの騒ぎの中、寝てたのかこいつ。
俺とディアナが訝しげな視線を送っていると。
「何だガキども。文句あるのか?」
「いや、別に何もありませんよ」
野盗の連中もこいつら狙えばよかったのに。
俺はドミニクたちを無視してトリスタンの方に向かった。
「大丈夫だったか?」
「ああ、問題ない。雑魚だったしな。それよりも二人共、野盗が動いてすぐに馬車から飛び出していたよな? あの位置から分かったのか?」
「んーまあな。なんとなくだったがな」
「そうか、なるほどな。そっちのディアナって子も動きが良かった。俺もランクが上だからってうかうかしてられないな」
こいつ、野盗と戦いながらも俺たちの行動を見ていたのか、なかなかやるな。恐らくオーランドさんに鍛えられているのだろう。
ちなみにトリスタンのランクはCで、俺やディアナより1ランク上となる。
「私はパパにいろいろ教えてもらったからね」
ふふんと胸を張り答えるディアナ。
「パパって剛剣のオスカーだろ? なるほどな。それなら納得だな」
腕組みしながらウンウンと頷くトリスタン。それにしても俺と同年代のトリスタンまで知ってるなんて、オスカーさんどんだけ有名なんだよ。
「そっちこそ、野盗の奇襲に見事に対応していたし、さすがはAランクパーティといったところか」
「褒めても何も出ねーぞ。まあ、お前らの実力が見られなかったのが残念だったけどな。さて、そろそろ先に進もうか?」
「だな、なんか後ろ手ギャーギャー言ってるやつが居るし」
「私あの人嫌い、目つきがいやらしい」
全く同感だ、野営の時注意しなければならないな。
俺らは再び馬車に乗り出発した。
あ、ちなみに襲ってきた野盗共はオーランドが始末した。南無南無。まあ野盗は捕らえて街まで連れて行ってもどのみち極刑らしいから、その場で始末した方が早いんだとか。この世界は地球と違って厳しいな。
無限収納やアイテムボックスって便利ですよね。主人公たちはもちろんですが書き手にとってもいろいろと考えなければならない事が減りますし。




