一七話 聖女、勇者の贖罪
「さてと、貴国に対しての処分についてはすべて伝えたと思うし、もう我々はいいかな?」
俺がそう言って席を立とうとする、が……
「フェイト様。お待ち下さい!」
「響介、ちょっと待ってくれ!」
聖女エステルと、ユーヤに呼び止められた。二人とも席を立ち、必死に懇願するような顔を俺に向けている。
ふむ……。
「ん? いや、二人は特に俺から何も言うことは無いと伝えていたはずだけど……」
「いえ、そんなわけには参りません。私は聖女という身でありながら女神アストレイア様を偽物と呼んでしまいました。更に邪神の使徒の正体を見抜けず、あろうことかそちらを本物の女神様として崇めてしまう始末……聖女失格です」
エステルは顔を伏せがちに、胸に両手を当てて、自分の思いを吐き出す。言い終えた後、再び向けられた顔は青白く、反省の念が色濃く滲んでいた。
もしかして、アストレイアをぺったんこ呼ばわりした事を気にしているのかもしれないが、それは紛れも無い事実だからなぁ。まぁ、しゃーない。
《しゃーなくないですよ!》
「お、俺も同じだ。聖女様より話は聞いた。瀕死の俺をお前が助けてくれたそうだな……あんな邪神に踊らされて、お前の命を狙った俺を……」
うーむ、意外だ。クソ真面目そうな聖女ちゃんは分かるけど、あのユーヤ君がこんな殊勝な態度を見せるとは。てっきりまた突っかかってくるかと思った。
《まるで憑き物でも落ちたみたいですね》
《まったくだ。もっとこう……ディアナや聖女ちゃんを舐めるように見てたよなこいつ》
《うー、あれは気持ち悪かったですねー》
《なんだろ? あれは邪気がそうさせてたのかなぁ》
《かもしれません。響介さんの神気で浄化されちゃったかもです》
なるほどな。まぁ、それはいいとして。
「で? 二人はどうして欲しいんだ?」
俺はやれやれと、少々めんどくさそうな態度、口調で二人に問いかける。
先に答えたのは聖女ちゃんだった。
「フェイト様、アストレイア様。私を聖女の任から解いてください。私には聖女の資格はありません。教皇様を罰するというのなら私も同罪です。私にも……相応の罰をお願いします」
ぺったんこの事は気にしなくてもいいのに、と思いながら俺はアストレイアに視線を投げる。
もういい加減ぺったんこから離れろと、抗議の表情を見せたアストレイアだが、深い溜め息を吐いた後、慣れないぎこちない女神スマイルを必死に作り、言葉を捻り出す。
「聖女エステルよ。貴女のその心がけは見事だと称賛しますが、私が聖女として見初めたのはこの世界で唯一人、貴女を置いて他にありません。誰しも失敗はあります。初めから完璧な人間などいないのですから、その失敗を糧に成長した姿を私に見せて下さい。聖女を辞して逃げる事など、この女神アストレイアは許しませんよ」
多少口元がヒクついてはいたが、何とか噛まずに言い切った。えらいえらい。
『おお……なんと慈悲深い』なんて声が、会議に参加している者の口から漏れる。見る人によれば、今のアストレイアには後光が射しているのかもしれん。
まあ、本当のアストレイアを知らないってのはある意味幸せだよね。それにしても『誰しも失敗はある』か、アストレイアが言うと説得力があるな。
《響介さん。人がせっかく真面目な話をしてるのに……》
《いやいや、俺は見直したぞアストレイア。やれば出来る子だったんだな》
《ぐ……全然褒められてる気がしないです……》
顔はにこやかな笑みを浮かべながらも、他の者の視線が届かない机下で、握った拳をフルフルと震わせているアストレイアを無視して、俺はエステルに向き直る。
「だ、そうだ。聖女エステル。先程あなたは教皇と同じ罪と言ったが、教皇は故意。あなたは過失。両者は全く違うと思う。自身の責については、その後の自身の行動で果たすしかない。その生涯を女神への信仰に捧げ、汚名をそそぐしかないんじゃないか?」
「わ、分かりました。この様な未熟な私に過分なご配慮感謝に耐えません。この命尽きるまで女神様にお仕えしたく存じます」
「ああ、これまで以上の献身的な務めに期待しているぞ」
アストレイアと俺の言葉に少し驚いたような表情を見せたエステルは、謝辞の言葉を述べ、深く深くその頭を垂れた。
ま、もともとの原因はアストレイアが作ったんだし、聖女ちゃんには罪はないよ。たぶん。
《…………》
無言の抗議を軽く受け流し、今度はエステルの隣に立つ、ユーヤに声を掛ける。
「それで、ユーヤはどうしたいんだ?」
「お、俺は……俺を操ったあのクソ使徒に一泡吹かせたい。だから、頼む! 俺を連れて行ってくれないか?」
……は? 何を言っているんだこいつは?
お前は俺に恨みがあるのではなかったのか? そもそも俺を殺しに来た相手の要望をなぜ俺が受け入れなければならないんだ。
《こ……これは、ひょっとして、まさかまさかのBL展開? 響介さんに浄化されて身も心も虜になっちゃったとか?》
《オイ、気持ち悪い妄想はやめてくれ。中身オッサン同士のBLとか、一体誰得なんだよ……》
俺がユーヤの言っていることを測りかねていると思ったのか、ユーヤが続けて言葉を紡ぐ。
「俺の願いは図々しい事だということは分かっている。でも、このままじゃ収まりがつかないんだ。いきなりこっちの世界に連れてこられて、良いように踊らされて……、これじゃ俺の人生、一体何だったんだって……」
率直に言えば不幸だなと思う。でも、そのきっかけは俺の不注意が招いたと言えるし……うーん。どうしたもんかなぁ。
「気持ちを切り替えて、普通にこの世界で第二の人生を歩もうとは思わないのか? せっかくそのための若い肉体もやったというのに」
「いや、それはそうなんだが……うまく言えないが、なんとなく気持ち悪い。踏ん切りがつかない。お前に施されてばかりじゃ俺の気が済まないというか、とにかく! 納得出来ないんだよ!」
なんじゃそりゃ。
「うーん。そんなふわふわした理由で付いてきたいと言われてもな。そもそもお前は俺に恨みを持っているんじゃなかったのか?」
まったく要領を得ないユーヤの主張に困惑してしまう。
「恨みは……もう一片もない。あれは俺の気の迷い、誤りだった。その事については謝罪する」
ここで一旦ユーヤは言葉を区切り、右の拳にぐっと力を込めて俺を真っ直ぐ見る。
「だから! 俺も聖女様と同じだ。俺にお前……いやフェイト様への罪を贖罪させる機会を与えてくれ! 頼む、この通りだ!」
まさに必死の懇願。このまま土下座までしそうな勢いである。
ユーヤの言いたいことを要約すると……
俺に迷惑をかけたから、その罪を償うために同行し、邪神討伐を手伝わせてくれ。
ということか。まあ、こいつはほとんど邪神に操られていた様な状態だったんだろうし、その気持も分からんでもない。
もう一度ユーヤを見る。
俺の視線に気がついたのか、ユーヤは机に額をつけんばかりに頭を下げた。
うーん、決意は硬そうだし、恨みはないという言葉も嘘ではなさそうだ。
その緊張感に会議室に集まった者たちがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえるような気がする。
しかし俺の回答は
「だが断る!」
俺の一言にユーヤがガクッと椅子からコケる。あ、こいつこのネタ知ってるな。ちょっとニヤリとしてしまう。
「な……なぜだ?」
ここまで恥を忍んで、頭を下げたのに……という抗議の意思を顔に張り付かせ、俺を睨むように見るユーヤ。
いや、だってなぁ。
「じゃあ、ユーヤに聞くが。お前に俺の手助けができるような、力や能力はあるのか?」
「……っ!」
言葉に詰まるユーヤ。
「お前の力は邪神の加護によるもの。その加護が切られた今のお前の力量は、普通の人間と大差がないはずだ。そんなお前が今後の邪神とその使徒の戦いにおいて役に立つと思うか?」
厳しいことを言うようだが、これが現実。
「はっきり言って足手まといだ。俺のメリットがない」
「…………」
気持ちだけでは何もできない。世の中そんなに甘くはないんだ。ディアナ、エレーナ、トリスタンの様に、俺が加護を与えて鍛えるという手もあるが、モノになるかどうか全くの未知数だ。
それに本人が恨みはないと言っているが、一度生死をかけた戦いを演じたことでシコリはできてしまっている。こんな状態でうまく加護が発動する保証はない。
そんな不確定要素が多い賭けに興じるほど、今の俺に余裕はないんだよ。
何も言葉を発する事ができず、椅子に腰を落すユーヤ。その表情には絶望の色が見える。
うーむ。ちょっとばかり、言い過ぎたかな。
……しかたない。少しだけフォローしてやるか。
「だが、その熱意は買おう」
俺は一言そう漏らすと、チラリとドミニクの方を見る。
「後で、ドミニクから俺が作った魔法の効果を付与した剣を届けさせる。お前の剣、アルマスを奪った事に対する謝罪と受け取ってもらって良い。俺への同行は許可できないが、その剣で何を成すかはお前の勝手だ」
俺は「この意味分かるよな?」と念を押す。
「あ、ああ! すまない。恩に着る」
ユーヤは目を輝かせて感謝の言葉を述べた。周りの者も「さすが使徒様」みたいな羨望の眼差しを向けている。
……俺の隣に座るぺったんこを除いて。
《一旦突き放して持ち上げるとか、これが響介さん流の口説きのテクニックですか?》
《いや、オッサンは攻略対象じゃないからね……》
次回の更新は3/24を予定しています。
よろしくお願いします。




