一六話 人質
「実は私の孫をフェイト王に預けたいのです」
孫……孫ねぇ……。はぁ、やっぱりそうきたか。
自分の孫娘を俺に嫁がせる事で両国の関係深化を図り、なおかつ俺の機嫌も取ろうという魂胆なのだと思う。この世界では政略結婚など日常茶飯事なのだろうし。
おまけに俺は嫁を三人も侍らせている。俺を好色家とでも思ったのかもしれない。あと一人くらいはねじ込めるだろうと。
英雄色を好むとか言われるしな。
《え? 違うんですか? 響介さんはドスケベだと思っていましたが》
《いや、違う……とは言わないけど、そこまで断言されるとさすがに傷つくな》
心なしか、ディアナたちの表情も強張っている様な気がする。先程もカレナリエンを新たに嫁に加える話があったばかりだし。なんか、このままだと際限なく増えていきそうだ。
うむ。ここは何か適当な理由をつけて断ろう。
そうだ、それがいい。
「えーと……お孫さんですか?」
「そうです。これ、リュシアンや、こちらに来なさい」
「はい、お祖父様」
元気よく返事をして、アステローペ王の前に歩いてきたのは、金髪の髪を肩で切りそろえた利発そうな子。顔立ちは整っていて、なかなかに可愛い。
だが……ちょっと待て、何を考えているんだアステローペ王。
「こ、これが……お孫さん?」
この子、どこからどう見ても10歳行ってないぞ?
《ドスケベな上に、ロリコンだと思われているんでしょうか?》
《い、いや、俺のこれまでの行動の中で、ロリコンを思わせるようなモノは無かったと思うぞ》
相変わらずアストレイアの俺への口撃がひどい。まあ、確かに俺のストライクゾーンは多少広めであることは認めるけども、これはさすがに……犯罪だよ犯罪。あ、いや、でもこの世界では普通なのか?
《……まさか、光源氏計画とか考えてませんよね?》
《う……》
ジト目で睨むアストレイア。いや、本気でやろうなんて考えてはいないが、でも選択肢の一つとして一瞬くらい頭をよぎったりはするだろう? 男のロマンだよロマン。
ええい、一応、念のため、ひとまず確認が必要だ。
「えっと、アステローペ王。……そのお孫さんの年はいくつだ?」
「はい、今年で8になります」
俺は頭を抱えた。やっぱりそれくらいか。
年の割にものすごく幼く見える……というわけでもなかった。
「いや、さすがに……8歳は早くないか?」
「? 早い……とは?」
ん? あれ? なんか話が噛み合ってない様な……。急に訝しげな表情を見せるアステローペ王。
「それに、本人の意志も聞かずこのようなことは……」
「いえ、実はこの話、リュシアン本人たっての希望なのです。リシュアンは将来の我が国の王太子であります。ですから、人質として不足はないと思われますが……」
え? 本人もそれでいいの? というか、は? 人質?
それに……もう一つ無視できない単語が出てきたような気がする。
「へ? 将来の王太子ってまさか、その子男の子!?」
「いかにも。リュシアンは我が息子、そこにおるパウル王太子の息子ですぞ」
椅子から立ち上がったパウル王太子と見られる男が頭を下げる。俺もつられて軽く会釈してしまった。
前世サラリーマンの悲しい性だ。
顔を上げ、改めてリュシアン王子を見る。正装し、ズボンを召されているが、見た目はどう見ても女の子だ。こんな可憐な男の子がいていいのか? 仕草も女の子っぽいし。
もしかして、これは……いわゆる男の娘?
いや、俺にはそんな趣味はない。けっしてそんな趣味はないんだが、スカートを履かせて、リボンを付けてみたい衝動を抑えきれない……。
《響介さん。とうとうそっちに目覚めちゃったんですね》
《いや、そんなこと言うけどさぁ、お前の方こそどうなんだよ? こいつは反則だと思わないか?》
《う……いや、まあ……多少は興味が惹かれるというか……そんな気がしないでもないかもしれません》
……あるのか無いのかどっちだよ。
人を変態呼ばわりしておいてコレだよ。まったくこの堕女神は。
男の子と分かったからなのか、ディアナ達から発せられる無言のプレッシャーもいくらか緩んだような気がする。
「王子……人質……なるほど、そういうことか」
ちょっと待て、落ち着け。よし、一旦状況を整理しよう。
恐らくアステローペ王は、将来の王太子を人質として我が国に預けることで、逆らう意思はない事をアピールしたいのだと思う。そしてゆくゆくは将来誕生するであろう俺の娘と王子の間で婚姻を結び、両国の揺るぎない信頼関係を築こうという腹積もりなのかもしれない。
また、王子は我が国の状況を中から見ることができるため、将来国に戻った後も交渉事がやりやすくなる……か。我が国の中でも王子に情が移って味方する者がでるかもしれないし。
この王子、なんか頭良さそうだしな。それに、この愛らしさ……やべぇ。
政敵である教皇を失脚させた事といい、なかなかしたたかなヤローだな、この王様は。もう一度言っておくけどお前と使徒との繋がりは、かなり黒に近いグレーだったんだからな?
だが、いきなりこの国の政治の柱である国王と、教皇がいなくなったら聖教国の混乱は免れない。トップの空白は内乱に発展する可能性もある。
そこんとこを考えた上での寛大な処置なんだ。ちゃんとそれをわきまえとけよ?
俺はアステローペ王を一瞥する。それなりに敏いと思われる王は、俺の視線の意図を察したのか、口をつぐみ冷や汗を額に滲ませる。
それにしても生まれる前から結婚相手が決まっている俺の娘って、不憫と思うべきか……なんというか。地球の前世の価値観を多少なりとも引きずっている俺の感覚ではちょっと複雑だな。
だが、考え様によっては、悪くないかもしれない。
俺の可愛い可愛い娘を、どこの馬の骨ともしれない男に嫁がせるなんて絶対に容認できない。もし、相手がブクブク肥え太った豚だったら、俺は例え全世界を敵に回してもその豚をぶちのめし、我が娘を守り抜いてみせる。
しかし、8歳のうちから我が家で預かり、俺がしっかりと教育してやれば……。
ふむ。俺の裁量が入り込む余地ができたと考えることもできるな。よし、ちゃんと俺が認める男に育てよリュシアンちゃん。
ばっちり、俺イズムを叩き込んでやるからな。
《生まれてもいない娘に対してもう親バカ全開ですか? それに、思いっきりちゃん付けで呼んでるし……妙な方向に育てるのはやめてくださいね》
《んなこたー分かっとるわい》
俺とアストレイアの発した不穏な気配を察したのか、リュシアンちゃんの表情が少し引きつっているような気がする。大丈夫だよ~、お兄ちゃん怖くないよ~。
あ、でも、俺が常に付きっきりというわけにもいかないから、誰か教育係を付けなければならないな。うむ……後で見繕っておこう。
「あの子可愛いわねぇ。ナデナデしてあげたいわぁ」
「うむ。妾が鍛えてやろう」
「それじゃだめよリディル。両国の橋渡しになるようたっぷりと愛情を注いであげないと」
俺とアストレイアの後ろでドラゴン娘どもがなんか言っている。まあ……こいつらに教育を任せるのは却下だな。人として必要な何かが欠落しかねん。
しかし、あれだな。そうと決まれば早速子作りしなければならん。だが、これは別にイヤラシイ事をしたいとかそういうわけではないのだ。子を成し世継ぎを残すは王たる者の勤め。責務。役得だ。
《響介さん。最後本音出てますよ!》
「いてっ!」
隣に座るアストレイアに足を踏まれた。この程度の冗談くらいスルーしてくれよ。
「フ……フェイト王?」
「ん? ああ……すまない。ちょっと考え事をしていた。アステローペ王の申し出は受けようと思う。そなたの孫は責任を持って預かろう」
しまった。今後の「幸せ家族計画」について考えていたら知らず知らずのうちに妄想の世界に旅立っていたようだ。この場の者全員が俺に訝しげな視線を向けている。ヤバイヤバイ。
「ん……えっと、リュシアンと言ったな。何も遠慮することは無いから何かあったら俺に言いなさい。これからよろしくな」
「う、うん。分かった!」
うむ、素直なええ子やな。
……おっと、見た目の可愛さに騙されてはイカン。この無邪気な笑顔の裏でどんなエグい性格を隠し持っているのか分からんからな。我が娘にふさわしいかどうか俺が見極めてやろう。
「……ジー」
「……?」
頭にはてなマークを浮かべ首を傾げるリュシアンちゃん。
ふむ、俺の眼光に物怖じしないとは……なかなかどうして。これは鍛え甲斐がありそうだな。
「何やってんですか、響介さん。はぁ……この調子だと先が思いやられますね」
アストレイアは小声で「リュシアンちゃんも響介さんに目をつけられて可哀想」とかつぶやいているが無視する。
「フェイト王。息子をよろしく頼む」
「そちらは……パウル王太子ですね。先程も申しましたが、ご安心ください。責任を持ってお預かりします」
リュシアンたんの父親であるパウル王太子が改めて深々と頭を下げる。
まあ、預かるからには責任を持って育てよう。将来俺の義理の息子になるかもしれない男だからな。
次回の更新は3/17を予定しています。
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