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十五話 聖教国への対応

「よう、ユーヤ。気分はどうだ?」

「くっ……響介め。よくもぬけぬけと……」


 一瞬カッとなった様に見えたが、意外にもユーヤはすぐに冷静さを取り戻し、上げかけた拳を下ろす。


「フェイト様。お戯れはおやめください」

「ああ……すまない。悪かった」


 聖女エステルに嗜められてしまった。俺は軽く頭を下げる。

 うーむ、ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれない。

 ここは侍女に案内され通されたのは、広い会議室の様な部屋。中央にある長く大きな会議机を挟んで、いくつもの椅子が並べられている。


 ここにいるのはユーヤと聖女、そして国王を始めとした聖教国の重鎮たち。しかし、実質この国の実権を握っていた男……教皇フレドリックの姿はない。

 なぜなら彼は今、牢に閉じ込められているからだ。


「アストレイア様、フェイト様。あちらへどうぞ」


 官僚の上役っぽい人がそう言いながら手を指し示したのは、会議室の一番奥、会議机の一番端。いわゆる上座というやつだ。


 ……俺たち、あそこに座っていいの? 聖教国の国王を差し置いて?

 しかしよく見ると、聖教国側の者たちは全員顔を青ざめ、ガチガチに緊張している。……いや、緊張というよりも、恐怖に震え、立ちすくんでいると言った方が正しいか。


《ちょっと脅しすぎましたかね?》

《それもだけど、よく考えたらお前、この世界の創造神なんだからヒビって当然だよな》


 しかもその創造神を偽物呼ばわりしてたんだから。


《うう……なんか釈然としませんが、この家業……舐められたら終わりですからねぇ》

《神様やるのもいろいろと大変だな》


 まぁ、俺もアストレイアと似たようなもんだから、他人事じゃないんだけどね……。


 ちなみにアストレイアが言っていた『脅し』とは。アルマスに封印されたルカを開放する時に、ちょっとした見世物を披露したのだ。


 ルカを含めた守護竜三頭を出現させ、その三頭のドラゴンの前にアストレイアを降臨させたわけだ。そう、旧エレクトラ王国でやったアレを再度使わせてもらった。


 王国と違い、この聖教国はアストレイア教の総本山。効果は抜群だった。国民が一斉に地にひれ伏す様は圧巻だったな。


 ま、その一方で、国王は腰を抜かし顔を真っ青にしていたし、教皇は泡を吹いて倒れてしまった。

 そんな事もあり、俺の魔王疑惑は晴れて、アストレイアは本物の女神として迎え入れられているのだ。


「女神様をこのような場所にお呼び出しさせて頂いたこと。また、これまでのご無礼、どうかお許し頂きたい」

「いえ、良いのです。悪いのはすべて邪神の使徒なのですから」


 アステローペ王はアストレイアに謝罪し、深く頭を下げる。


「…………」


 しかし、聖女エステルはアストレイアの一言に、唇を噛んで俯いた。おそらく邪神の使徒を見破れず、アストレイアを偽物と断定した自分を責めているのだろう。


 だがなエステルよ。君が間違えたのは無理も無い。どこの世界にあんなちんちくりんで威厳のない女神がいるというのか。それにアストレイアは、あの詐欺まがいの銅像で自分の姿を偽っていたわけだからな。


 あと、この世界で邪神が跋扈したのは堕女神の怠慢が原因だろ?


 そうつまり、悪いのはすべてアストレイアだ。


《き ょ う す け さ~ん!》

《ふ……俺はただ単に事実関係を述べただけだ。てめー反省しろよ》


《うう……確かにそうなんですけどぉ。もっと言い方っていうのがあるんじゃないですか?》

《まあ、誰にでも失敗はあるんだから、あとはそれをどうリカバリーするのかが重要だ。俺はなにも協力はしないとは言ってないんだから、まあこれからも頑張っていこうぜ》


 まあ、やっちまったことはもうどうしようもない。後ろばかり見ても仕方ないんで、前を向いて進むしかないよなぁ。


《さすが響介さん。中身おっさんなだけあって、言うことがジジ臭いですね》

《中身おっさんは余計だコラ》


 いつものように一言多いアストレイアだが、もう5年以上の付き合いだ。俺の真意は伝わっているはずだし、アストレイアの俺への感謝の念もなんとなく分かる。これは一種の照れ隠しってやつだよね。素直になりきれないアストレイアちゃん可愛い。


《な、な……何を言ってるんですかね響介さんは》

《悪いな。これが俺流の意趣返しだ》


 怒ったり、微笑んだり、照れたりとコロコロと表情を変えるアストレイア。それを会議室に集まった面々が不思議そうに眺めている。俺をおっさん呼ばわりした罰だ。

 ただレティシアだけは「また念話で何か言いましたわね」みたいな顔をしている……。相変わらず鋭い。


 それはまあいい。とりあえず会議室の上座へと向かい、俺とアストレイアがイスに腰掛ける。その後ろにドラゴニュートの三人が従者の様に立ち、俺から向かって右側に王国関係者、左側に聖教国関係者が向かい合わせに机に着席する。


 俺は全員が席に着いた事を確認し、一つ咳払いをする。


「さて、もう一度確認しておきたいことがある。今この部屋にいる聖教国の方々は、邪神の使徒がこの国に入り込んでいることを知らなかった……という事で間違いないな?」

「は、はい。それは間違いございません!」


 聖教国関係者はお互いが顔を見合わせたあと、国王が代表して俺の問に答えた。


「それが真であることを女神に誓えるか?」

「そ、それはもう! 女神アストレイア様に誓って嘘は申しておりません!」


 アストレイア教の教え……というかこの聖教国の法では、女神に誓った事に偽りがあると判明した場合、死をもって償わなければならない。俺としては、お約束というか様式美というか……こういう儀式的なことはやっておかないと場が締まらない様な気がするんだよな。


 俺は隣のアストレイアに視線を投げる。が、アストレイアはその俺の視線をジト目で受けた。こいつ……多分「相変わらず響介さんはテンプレ好きですね~」とか、そんなこと考えているんだろう。


「分かりました。あなた方の言葉を信じましょう。そして、邪神の使徒と繋がりがあったのは教皇と、その近しい者のみ……という事ですね」

「はい。ありがとうございます。教皇については……そ、そうですね。私の与り知らぬところで動いていた様です」


 これも教皇が数人の部下に、邪神との取引がある事を仄めかしている所をドミニクが押さえていた。ドミニクには認識阻害の装備を預けているので、この程度の潜入捜査など容易くこなせる。


 というか教皇のやつ、軽く脅したらあっさりゲロっちゃったしな。まぁ、相手は女神様。更にSSランクの守護竜三人を前に、シラを切る度胸なんかあるわけないよな。俺がカツ丼を出すまでもなかった。まあ、お米無いんだけど。


 それはさておき、王の言質はしっかりと取らせてもらった。


「アステローペ王よ。女神はすべてお見通しだ。そのこと、ゆめゆめ忘れないようにな」


 俺は含みをもたせた言葉をアステローペ王に投げかける。すると俺の意を察したのか、みるみる顔を青ざめていく王の姿が目に入った。


 当然ながら国王の身辺についてもドミニクに調べさせている。結論から言うと、かなり黒に近いグレーだった。どうも国王は教皇が使徒と繋がっている事を把握した上で、泳がせていたような節がある。


 もしかしたら、教皇の失脚を狙えるタイミングを図っていたのかもしれない。国王にとって教皇は目の上の(たんこぶ)。早めに排除しなければ聖教国の国政に関わる一大事だったのだろう。


 そのような内部の事情を差っ引いても、邪神の使途の存在を黙認し、俺やアストレイアを危険に晒した事は明確な背信行為と言える。聖教国の王として言い逃れはできない。当然、我が国に弓を引いたことは許されることではない。


 それを俺とアストレイアが見逃そうと言うのだ。

 この意味……賢明な王なら分かるよな?

 

「は、はい……それは、この胸に刻ませていただきます」


 まあ、そうやって己の罪の意識を背負いながらこの国を治めていけば良いだろう。俺としてもアステローペ王の言質が取れた事でこの国に対して優位に立てる。別に我が国に歯向かう気がないのであればそれで構わない。

 ここで下手に王を罰して、聖教国を混乱に陥れるのは下策中の下策だ。


 なんか最近俺……腹黒宰相(ハルベルト)に似てきた様な気がするな。不本意だけど。


《ずいぶん国王仕事が板についてきましたねぇ。上に立つものの辛さってやつですかね》

《まあな。理想や綺麗事だけじゃやっていけないよな》


「分かった。聖教国に女神の加護のあらんことを……」


 俺の一言にその場にいた全員が「ははぁー」と頭を下げる。

 別に俺、アストレイア教の信者じゃないし、前世でもなんか宗教やってたわけじゃないんで、こういうのはちょっとこっ恥ずかしい。


「あと、もう一つ貴国にお願いしたい事がある」

「な、なんで御座いましょう?」


 すっかり怯えて顔を引き攣らせている国王。声がちょっと裏返っていた。

 まだ何も言ってないんだけど……。


「貴国に我が国の大使として、このドミニクを置かせて欲しい」


 俺の指名を受けたドミニクが立ち上がり、礼をする。


「その者をですか?」

「ああ、この者は俺が最も信頼する部下の一人だ。以降、我が国への連絡や相談等ある場合は、すべてこのドミニクを通して行って欲しい」


 ドミニクは監視役だ。一応国王の言質を得たことでマウントは取れそうだが、それだけでは不十分だと思う。一部のスキも見せない方がいい。


《徹底してますね》

《別に聖教国を信用していないわけではないが、良からぬことを考える余地は潰しておくに限る。それで何か事が起こった場合、真っ先に被害を受けるのは国民なんだからな》


 隣国だから仲良くしよう……なんて幻想は捨てるべきだと思う。隣国だからこそこういうことは徹底しておくべきだ。

 それに、監視役が居た方が、アホな部下や貴族達を押さえ込む理由として使える。その方が国王もやりやすくなるんじゃないですかね。


「念のため言っておくが、ドミニクを排除しようなどという考えは捨てることだ。ドミニクはその辺の下手なSランク冒険者よりも腕が立つからな」


 俺の作ったチート級アイテムのおかげで、ドミニクの戦闘、隠密能力は桁違いに引き上げられているのだ。

 まあ、アリスンさんのシゴキによる影響の方が大きいかもしれないけどね。あの完全にチンピラだったドミニクも今ではすっかりガラの悪さが抜け、紳士的な振る舞いまで見せるようになったし。


「!? ……こ、心得ました」


 ドミニクの放つ優雅且つ、歴戦の猛者を思わせるような所作と雰囲気に圧倒され、思わず息を呑む聖教国側の面々。うん。やはり、アリスンさんの教育、ハンパねーわ。これでもう聖教国は我が国に歯向かうことはなくなったかもしれんな。


「さて、エミリウス王国からの要求は以上になるが、そちらからは何かあるか?」


 一瞬部屋がしんと静まり返るが、アステローペ王が意を決した様に口を開く。


「じ、実は、フェイト王にお願いしたい義がございます」


 ん? なんだろう? なんか嫌な予感がするんだが……。


次回の更新は3/10を予定しています。

よろしくお願いします。

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