十二話 加護の力
「さっさとこいつ倒すよエレーナ!」
「……うん、殺る!」
いち早くフェイトの元にたどり着くため、気合を入れて敵を見据える二人。その一方でトリスタンは……。
「うう……この戦いをただ指を咥えて見てるだけだなんて……ちくしょう!」
「ここは我慢よトリスタンくん。あなたの活躍の場はこの先まだまだあるはずだから」
「……わ、わかったよ」
シグルーンに諭され、口では了承の意を示すものの、内心では納得のいかない様子のトリスタン。
「たった二人でオレに勝てるとでも?」
相変わらず下卑た笑みで二人を見下すユーヤ。この挑発じみた一言が戦いの火蓋を切る事になる。
「いい気にならないで、この化物!」
「オレは化物じゃねぇ!」
ディアナが鋭い剣撃を連続して繰り出すが、ユーヤは悠々とそれを受け流す。
「……じゃあ、変態?」
「変態でもねぇ!」
スキを突いて放ってくるエレーナの矢も叩き落とす。
「この人殺し! 死ねっ!」
「オマエ、言ってる事むちゃくちゃだぞ」
罵倒と剣閃と矢が交錯する激しい戦いが繰り広げられる。特にディアナの剣幕が凄まじい。その繰り出す剣撃には鬼気迫るものがある。
幼い頃から一緒に寄り添ってきたフェイトを殺されたのだから、当然である。
エレーナも表面上こそ飄々としているように見えるが、その内に秘めたる怒りは頂点に達してしていた。
「トリスタンくん……あの中に混ざりたい?」
「い、いや……遠慮しときます」
(罵り合いはともかく、ディアナたちのあの疾い身のこなし……今の俺についていけるかどうか……)
俺が行っても足手まといになるだけ……トリスタンは悔しさに歯噛みし、その戦いの様子を見守るしかなかった。
「くっ! 魔法剣が通らない!」
ディアナは先程から、かつてガルティモアでシメオンの剣を溶かし切った魔法剣。魔力でファルシオンの刀身を赤熱させる技を繰り出しているが、相手の剣は守護竜の力を持った伝説級の剣。更に冷気の属性を宿しているため、熱も中和されている様だ。
(火がダメなら風で)
「これなら!?」
ディアナは剣に宿す魔力を火から風に切り替え、全力でユーヤめがけ振り抜く。その剣閃から生み出される風の刃、ディアナの必殺技であるエクスカリバーがユーヤを襲う。
しかし、ユーヤはエクスカリバーを両腕でガードし、その魔力の塊を弾き飛ばした。
「くう……今のはちょっとヤバかったカ。だが、もうキサマの手の内は出し切った様だナ。キサマらに俺は倒せん」
自身の渾身の一撃を弾かれた事で、その顔に絶望の色が映り始めるディアナ。
「わ……私ではこいつを倒せないの?」
ディアナはこれまで連続して繰り出していた連続攻撃の疲れもあり、地面に剣を立て、肩で息をしながらユーヤを睨む。
そんなディアナにエレーナがそっと近づき、耳打ちする。
「……落ち着いてディアナ。さっきからあいつ……ボクたちの攻撃を防ぐと、あの黒いオーラが小さくなってる気がする」
「!? エレーナ、それはホント?」
エレーナの言葉に驚き、思わずエレーナの両肩を掴んでしまうディアナ。
「うん……多分。あいつの動きも少しづつ鈍くなってるし」
(……確かに、戦い始めた直後はエクスカリバーなんて大技を挟む余裕も無かったのに)
ディアナはそう思い直し、もう一度ユーヤを見る。
(言われてみれば、あの黒いオーラも前より小さくなってる……かもしれない)
「私達、勝てるよね」
「絶対勝つ。負けるわけにはいかない」
少し沈みかけたディアナの闘志に再び火が灯る。
「これだけの実力差を見ても、まだやるか?」
「その余裕もいつまで続くかしら!」
「ん……」
再びユーヤと対峙する二人。
エレーナは矢を連続で放ちながら、時折【エアハンマー】も繰り出し、ユーヤの動きを牽制する。
「むっ! くっ!」
そのエレーナの攻撃を捌くユーヤ。だが、その動きには以前のようなキレが失われていた。矢を弾く手が痺れ、【エアハンマー】受けた体に踏ん張りが効かず、後退る。
(オカシイ! 体が急に重く……力が入らない。一体何……が!!)
そのユーヤの動揺のスキを突き、ディアナが斬り込んでくる。
「グオオオォォォ!!」
以前の感覚では楽に受け流せていたディアナの剣撃。だが、ユーヤの受けの剣が一瞬間に合わず、ユーヤの胴をディアナの剣がえぐる。
(なんだ? やつら急に動きが早く……何が起こった?)
ディアナとエレーナの攻撃に込められた神気によって、自分が纏う邪気が散らされている事に気付かず、混乱の局地に陥るユーヤ。
ディアナの攻撃を捌ききれなくなり、全身に無数の刀傷を作る。戦局は一方的となった。
「ぐ……しかし、こんな傷など…………」
どうせすぐ治る。ユーヤはそう楽観視し自身の胴の傷に手を当てるが……。
「ど……どういうことだ! 傷が、傷が治らナイ!? 血が止まらナイ!!」
「エレーナ、あいつだいぶ弱ってきたよ」
「ん、あとひと押し」
これまでユーヤの傷を再生させていたのは、無限に湧き上がる邪気の恩恵なのだが、その邪気の源は響介に対する怨念によるもの。
だが、その怨みの対象となる響介を自らの手で倒したことにより、恨みは晴れ、邪気が再生することが無くなってしまった。
邪気の供給源が無くなったユーヤは、ただただディアナとエレーナに圧倒されるだけとなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……もう勝敗は決したみたいだな」
「その様ですね。もうあの残念勇者に逆転する力は残ってないでしょう」
少し離れた位置でディアナたちの戦いを見守る俺とアストレイア。
ユーヤは完全に防戦一方となり、既に全身が血に染まっている。あれでまだ立ってるだけでも大したもんだ。
だが、その踏ん張りも時間の問題だろう。邪気もほとんど散らされ、動きも精彩を欠いている。次の瞬間にでもディアナの神速の剣がユーヤの命を刈り取ってしまってもおかしくない。
しかしまあ、あのユーヤもかわいそうなヤツだなとは思う……。俺に人生を狂わされたのは確かなわけだし。
「あれ? 自分を殺そうとした相手に同情ですか響介さん。相変わらず優しいんですね」
下から俺の顔を見上げにっこりと微笑むアストレイア。なんで笑うんだよ。
普通ここは、呆れるところじゃないの?
「う……むー、同情ってわけじゃないんだが……なんとなく後味が悪いだけだ」
ユーヤの事もそうだが、ディアナやエレーナが怒りに任せて相手を殺す姿を見るのは……ちょっと憚られる。
もちろん俺のために怒って、戦ってくれている。そのこと自体は嬉しいんだが……なんかこう……すっきりしない。気持ちが悪い。
「ふふ……。それで、響介さんはどうしたいんです?」
こいつ、俺の思考読んでるくせに……。わざわざ聞かなくても分かってるだろ。
「止めないのか?」
「止めたりしたら、響介さんの心にシコリが残って、今後の邪神との戦いに影響が出るかもしれません! それは女神として看過できない大事件ですよ!」
少々大袈裟な身振りをしながら、一気にまくし立てるアストレイア。
女神としてね……。それは本音なのか建前なのか……ここでそれを聞くのは野暮ってやつだよな。
「ああ………もう、分かったよ。ほんじゃちょっくら行ってくるわ。もうどうなっても知らん」
「はーい。行ってらっしゃ〜い!」
頭を掻きながら面倒くさそうに足を踏み出す俺と、それを満面の笑みで見送るアストレイア。
まったく……調子が狂って仕方がない。でも、普段ことある毎にチャチャ入れてきて鬱陶しいアストレイアも、なんだかんだ言って最後には俺の意を汲んでくれる。
「はぁ……こういうの、別に嫌いじゃないけどな」
さて、やると決めたからには急ぎましょうかね。もたもたしてると間に合わなくなっちまう。
次回の更新は2/17(土)を予定しています。
よろしくお願いします。




