八話 勇者様の実力は?
「さて、仲間との別れは済んだか」
腕組みしてこちらを見下したような態度をとる勇者ユーヤ。どうでもいいことなのかもしれないが、完全に悪役が吐くセリフなそれ。
「いや、ここで別れるつもりはさらさらないんだけど」
「ふ……強がりを。だが、安心しろ。お前が死んでも、お前の妻たちは俺がきちんと面倒見てやるから安心しろ」
相変わらず人の話聞かねーなこいつ。それに面倒見るって……顔が完全にニヤけてんだけど。
こんな変態野郎に俺のかわいい妻たちをやるわけにはいかない。
「あ、そですか。それはどーも。……無駄話している時間も惜しいんで始めてもいいですかね?」
というかこれ、もうどっちが魔王か分からないな。
「ああ、良いぞ。いつでも来い」
余裕綽々で剣を構える勇者様。自分が負けるという事は微塵も考えていない様だ。こいつのこの自信は一体どこから来るのか分からないが、一応邪神の使徒が差し向けてきた刺客。
何か秘策があるのかもしれない。
油断だけはしないでおこう。
「じゃあ、始めるか」
でも、トリスタンたちを信じて任せるとは言ってしまったが、やっぱ不安なんだよな。どうしてもあちらが気になってしまう。
「こんなガキ三人が相手……ね。私も舐められたものね」
「女神様……大丈夫でしょうか」
「聖女エステルよ。ここは危ないから下がっていなさい」
「は、はい。畏まりました」
それでも心配そうな表情を見せながらも、後方に下がっていくエステル。
その姿を確認したトリスタンたちはそれぞれの武器を構えた。
「俺たちを舐めていると痛い目みるぜ」
「そうよ。フェイトだけじゃないってところ、見せてあげるわ」
「ん……楽勝」
「威勢だけは認めてやるぞガキ共! だがすぐに実力の差を思い知ることになるだろうがな!」
うーん。大丈夫かな? 相手は邪気を操る邪神の使徒だし……心配で気が気じゃない。
と、そこに強く地面を踏みしめる音と同時に、こちらに急接近する気配を感じ、俺は反射的に身をよじった。すると先程まで俺の首があったところを一筋の剣閃が通り過ぎる。
「よそ見とは余裕だな魔王響介!」
ちょっとさっきのは危なかったな。あと少し反応が遅れていたら無事では済まなかった。ディアナほど洗練はされていないが、案外こいつの太刀筋は鋭い。それにこの剣、聖剣アルマスと言ったか。形は日本刀に似ていて、刀身から冷気の様なものを発している。
冷気の魔法が宿った剣なのだろうか?
「「「な!? あれは!」」」
勇者ユーヤの持つ剣の刀身を見たアストレイアとドラゴニュートの二人が揃って声を上げる。
「ど、どうしたアストレイア?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。あの剣……間違いありません。あれは水竜ルカちゃんです!」
「ルカ殿……その剣に変えられて封印されているのか……」
ルカ? 水竜の名前はルカっていうのか。
なるほど。シグルーンは指輪だったけど、水竜ルカは武器で封印されているということか……。守護竜の力が宿った剣。食らったら俺でも無事では済まないかもしれない。
「アストレイア。呼びかけは……」
「返事なしです」
「そうか……」
やはり呼びかけにも応答なしか。
どうやったらルカの封印が解けるのだろうか……守護竜は不死の存在だから破壊してしまっても大丈夫だと思うが、やっぱ破壊するのはかわいそうだよな。
ここは先に残念勇者と使徒を叩くべきか。封印の解除方法は剣を手に入れてから考えよう。
「よそ見だけに飽き足らず、お喋りとは……どこまで舐めれば気が済む!」
「おっ! ちょっ! ほっ!」
残念勇者が次々に剣戟を繰り出してくるが、すんでのところで躱す。俺はあくまで魔法使い。武器を持たないことを信条としてきたが、懐に潜られると結構きついな。
「おのれ! ちょこまかと……」
【マインドアップ】があるので、剣筋を読むのは容易い。だが、躱しているだけでは倒せないので、ここらで反撃を試みる。
「ぐっ! ……くぅ」
大振りになったところの隙を突き、脇腹に【エアハンマー】を放ったのだが、肘でガードされた。どうも【プロテクション】もかかっているっぽい。やはり無詠唱での魔法の行使はできるようだ……。
だが、【エアハンマー】の衝撃で距離は稼げた。
「【フレイムランス】8連」
俺はすかさず8発の【フレイムランス】を繰り出す。青く燃え盛る8本の槍は、俺の魔法で体勢を崩されたユーヤにまっすぐ向かい、そのまま着弾するかと思われたが……。
「なっ!?」
ユーヤに触れる瞬間に白い蒸気の様な煙と共に、掻き消えてしまった。
「クックック……、貴様の魔法は俺には通用せんぞ!」
「…………」
俺は構わず無言で【ファイアアロー】を16発放つ。その16本の炎の矢もさきほどの【フレイムランス】と同様に、ユーヤに着弾する寸前に掻き消えた。
「フハハハ……何度やってもおな……ん? ぬおおぉぉぉ!」
アホか、俺がバカの一つ覚えみたいに、同じ攻撃を繰り返すわけないだろ。俺は【ファイアアロー】を放つと同時にユーヤの背後に魔力を送り【エクスプロージョン】を練っていた。それをユーヤが【ファイアアロー】を撃ち落として得意になっている間に起爆させたのだ。
【エクスプロージョン】の爆炎に背中を焼かれ苦悶に顔を歪める。そしてその爆風により俺の方に向かってすっ飛んでくるユーヤ。
「【エアロスラスト】」
そのユーヤに対して風系上級魔法である【エアロスラスト】をぶち込む俺。その結果、爆炎と暴風に挟まれる事になるユーヤ。如何な勇者とはいえ、これはさすがに効くだろう。
「相変わらず、容赦ないっすねぇ……」
「歯向かう奴に情けは無用だ」
でも、さっきので手品のタネが分かった。【フレイムランス】と【ファイアアロー】を防いだのはおそらく、酸素をゼロにして炎を消火したのだろう。俺がやっているのと同じだ。
それでも熱は残るから、その熱をあの剣……たしかアルマスと言ったか。その剣の冷気で消し去ったのだろう。だから蒸気みたいな煙が発生したのだと思う。
そうなると、あれだな。酸素の存在を知っているということは、ユーヤを通して地球の現代科学知識は邪神側に渡ったと考えて良いだろう。
「くそっ! 最悪だ!」
これは俺の邪神に対するアドバンテージが消失してしまった事を意味する。
今後の使徒との戦いは、かなりの苦戦を強いられることになるかもしれない。
「響介さん……ここはやっぱり愛と勇気でがんばるしか!」
「いや、だからアンパ○マンじゃねーって!」
んー、でもアストレイアの言うことも一理あると思う。ただ、愛と勇気じゃなくて知恵と工夫が必要なんだが……。
「ぐ……はぁ、はぁ……おのれ! 姑息な真似を!」
俺の攻撃の直撃を受けてふっとばされたユーヤが、瓦礫の山の中から姿を現す。
「な、なにぃ! お、俺の腕が!」
手応えはあったと思っていたが、ユーヤの左の二の腕から先を切り飛ばせていたとはな。これで、その自慢の剣もさきほどまでの様に振り回すことはできなくなったかな?
「落ち着きなユーヤ。それくらい回復できるだろ? ちゃんと教えた通りにしなっ!」
ニセ女神の一言で我に返るユーヤ。ちっ、こいつ【エクスヒール】使えんのか。それにしてもあのニセ女神さん、口調がだいぶ乱れてますよ。まぁ、トリスタンたちの攻撃を躱しながらだから、あまり余裕がないんだろうが。
トリスタン、ディアナ、エレーナ。悪いが俺がこの残念勇者を倒すまでなんとか持ちこたえてくれ。
次回の更新は1/20(土)を予定しています。
よろしくお願いします。




